17 真夜中の贈り物
透子はフィオナの見様見真似でお茶の準備に取りかかる。するとルゥがそれを制した。
「こういうのは僕に任せてよ」
「どういうこと?」
透子が問い返すと、ルゥは指を鳴らしあっという間にそこにお茶のセットを出してみせた。
透子はティーカップを手に取り、あっけにとられながらルゥに訊く。
「これどうやって出したの? もしかして、これも霊力なの?」
「うん。僕こういうの得意なんだ!」
「すごい!」
透子は感心してルゥの顔を見つめた。ルゥは得意げに答える。
「そうでしょ、すごいでしょ! えへへ」
ルゥは嬉しそうにティーカップにお茶を注いで透子に手渡した。そうして自分の分も準備すると、一口飲んで話を続ける。
「今日はね、君の様子が気になってここに来たんだ。さっき何度もため息をつくのが聞こえたからさ」
「えっ!? ごめんなさい。うるさかったですか?」
「ちがうよ、心配したんだよ。だって今日、カイに怒られてたよね。でもさ、僕見てたから言うけど、カイは一方的だよね。なんで透子遅れたのか理由も聞かないでさ」
どこから見てたんだろう? 気づかなかった。それに、今日のは私が悪い。
「確かに。事情聞かれませんでしたけど、カイ先生は間違ったこといってない。それに私、連絡もしなかったし」
「それはそうかもだけど、事情ぐらい聞いてほしいよね。で?」
「で? でって?」
「だから、今日はなんで遅れちゃったの? 僕は理由、知りたいな」
説明すべきか迷ったが、ルゥの好奇心旺盛な目に見つめられ、透子は今日あったことを思い出しながら話した。
「病気のお母さんを助けてほしいって、町で男の子にお願いされて、断れなくて」
「なるほどねぇ。それは断れないよね。それに透子は連絡できたはずって言うけど、その連絡方法を透子は知ってたの?」
そっか。そう言われると、どんな方法があるのか聞いたわけじゃないかも。
「知らないですけど、それも確認しなかったのは私だし」
「ちがうよ透子。レオンが連絡すべきだったんだと思うよ。だから気にしないほうがいいよ」
そっか、ルゥは私が落ち込まないようにそう言ってくれてるんだ。透子はそう気づくと微笑んだ。
「ありがとうございます。そうします」
ルゥは透子をじっと見つめて頷く。
「うん。透子はいいことをした。胸を張っていいと思う」
その一言で、透子は胸のつかえがすっとなくなる気がした。
「ありがとうございます」
「それと、僕には敬語禁止ね! 僕たちは友達。いいよね!」
ルゥはそう言うと、喉をごろごろと鳴らした。
か、かわいい。こんなこと言われて、断れるわけがないじゃない!
「うん。友達だね」
「よかった! じゃあ友達として、僕とこれから出かけない?」
透子は驚いて答える。
「こんな夜中に? 怒られちゃう」
するとルゥは目を細め、短いかぎ尻尾をゆらゆら揺らしながら答える。
「大丈夫。誰にも気づかれずにでかけられるから。それにこの時間じゃないとダメなんだよ」
「この時間?」
「うん! こっち」
ルゥはティーカップを置くと、ソファから下りまっすぐ窓に駆け寄る。
「え、待って。もしかしてそこから出るの!?」
ルゥは窓の前で立ち止まり、振り返る。
「そうだよ。ほら、来て!」
手招きすると、ルゥは窓を開けそこから外へ出た。
「ルゥ、危ない! 落ちる」
透子はそう叫んだが、ルゥは予想に反し落ちることなく、なにもない場所に立っている。
どうなってるの? 透子は目を凝らすが、どう見てもルゥの立つ場所にはなにもない。
不安そうな透子にルゥは言った。
「大丈夫だって、ここには回廊を作ってあるから。早く透子もおいでよ」
「回廊? 外に?」
「そうだよ」
透子は半信半疑で出窓に近寄る。
「ほら、早く出ておいでよ」
もう一度確認するが、やはりそこにはなにもない。そこに立つのはちょっと怖いかも……。
だが、なんとか勇気を出して窓の外に足を踏み出す。すると、なにもない場所に確かに床があるような感覚とともに、そこに波打つように光の波紋が広がる。透子はそれを確認すると、勢いに任せて外へ出た。
「立ってる?」
「うん。だから回廊を作ったって言ったでしょ? わかりやすいように、回廊の両脇に明かりをともしておくね!」
ルゥがそう言うと、手前から明かりが奥へ流れるように灯っていく。
「これで大丈夫?」
ルゥは森の奥へ駆けていった。透子はあまり下を見ないようにして、ルゥの残す波紋を目印にそれを追いかけた。
突然ルゥが立ち止まり、向こうを指さす。
「見て、城下街が見えるよ! ルスフが街を照らして綺麗でしょ?」
言われた方向を見ると、城下街が見えた。家々の明かりが灯り、煉瓦造の外壁が淡い光に照らされわずかにキラキラと輝いている。
「昼間みる光景と全然ちがって見えるね。それに、煉瓦がキラキラしてるように見えるんだけど、煉瓦になにか入ってるの?」
「さすが透子。よく気づいたね。あの煉瓦はここらへんの土を使って作られてるから、暁虹晶が含まれてて夜になるとキラキラ光るんだよ」
「暁虹晶?」
「そう。水晶の仲間なんだよ。今度結晶を見せてあげる。大切な人からもらった僕の宝物なんだ」
「いいの? ありがとう。楽しみにしてるね」
「うん」
ルゥはそう言ったあと、透子と一緒にしばらく街並みを見つめた。そしてはっとした様子で透子に言った。
「時間なかったんだった。急ごう。こっちこっち!」
そうして走りだすルゥの後ろを、透子は慌てて追いかける。このころになると、だいぶ回廊に慣れてきて恐怖を感じなくなっていた。
しばらく行くと、ルゥは突然立ち止まりポケットから懐中時計を取り出した。
「間に合ったみたい」
「間に合う? なにかあるの?」
ルゥは自信たっぷりに答える。
「そういうこと! とにかく上を見てて」
そう言われ上を見上げると、周囲はモミの木に囲まれ、その所々にヤドリギがあるだけで静けさに包まれていた。
透子はしばらく上を見上げていた。
あたりは静まりかえり、透子とルゥの吐く息だけがかすかに聞こえていた。
次の瞬間、ヤドリギから半透明の色とりどりのドロップが次々と飛び出し、ゆっくりと落ちてくる。
「透子! ほら拾って!」
ルゥに促され、透子はそれを慌てて拾う。
「ルゥ、これなに?」
「ミルトドロップだよ! この時期のこの時間じゃないと拾えないんだ」
そんな会話をしながら、透子はスカートを持ち上げそこにミルトドロップを入れた。
空を見上げると、小鳥たちもミルトドロップ目当てに旋回しているのが見える。
「みんな、ミルトドロップを楽しみにしてるんだね」
「もちろん。でもこの場所はみんなには内緒の場所だよ?」
透子は頷くと、二人はミルトドロップを拾うのに夢中になった。
「こんなにたくさん拾っちゃった!」
透子がそう言ってルゥに見せると、ルゥも持っている袋の中身を見せ満足そうに言った。
「僕も! こんなに拾えたのは初めてかも」
二人は笑い合った。
「これね、すごく美味しいんだよ?」
ルゥはそう言って一つ口の中へ入れる。透子も真似して口へ入れると、ふわっと花の香りが広がり、瑞々しいぶどうのような梨のような味がした。そして後味を残さず、跡形もなく舌の上でドロップは消えてしまった。
「美味しい!」
透子がそう言うと、ルゥは嬉しそうな顔でぱっと掌に瓶を出し、それを透子に差し出した。
「これに入れておくといいよ」
「ありがとう」
透子は瓶を受け取り、その中に色とりどりのミルトドロップを入れ、光に透かして眺めた。飴とは違い見た目はとても瑞々しく、ゼリーのように見える。
「これ、木の実なんだよね?」
「そうだよ。この時期、夜の十時ぴったりに実を落とすんだ」
「私、これすごく気に入ったかも。また連れてきてくれる?」
「もちろんだよ。よかった、気に入ってくれて。ちょっと元気になったみたいだし」
もしかして、ルゥは私が落ち込んでたから気晴らしに連れてきてくれたのかな?
「ルゥ、ありがとう」
「どういたしまして」
二人は微笑み合うと、しばらくミルトドロップが降る幻想的な光景を眺めた。




