16 真夜中の小さな訪問者
「透子様、申し訳ありませんでした!」
レオンは頭を下げた。
「やめてください。そんなこと必要ありません。私は大丈夫です。怒られて当然のことをしました。レオンさんにも迷惑をかけてごめんなさい」
「いえ、とんでもない。私のほうこそ申し訳ありません」
透子は謝るレオンをしばらく見つめ、ふっと笑うと言った。
「これでは切りがないので、この話はこれでおしまいにしましょう。私も、みんなに迷惑かけないよう今後自分の行動には気をつけます」
レオンは少し不満そうな顔をしたが、諦めたように言った。
「はい。わかりました。私のほうこそ気をつけたいと思います」
透子とレオンは屋敷へ入った。エントランスでは、留里が待ち構えていた。
「おかえり透子。カイ先生に怒られてたね。全部見ちゃった〜」
なんでここにいるの? どうせまたくだらないことを言いだすんでしょ。うんざり。そう思いながら透子は答える。
「はいはい」
「もしかして、カイ先生に追い出されて元の世界に返されるかもね〜」
「はいはい、そうねそうね」
「ちょっと、なにその態度。気に食わないんだけど」
透子は留里を無視してレオンに向き直った。
「今日は本当にありがとうございました。ここまで来たらもう大丈夫です」
透子は笑顔でそう言ったが、レオンはちらりと留里に視線を向けると答える。
「いいえ、まだ危険です。部屋まで送ります。ここで待っているはずのフィオナがいないことも気になりますし」
そう話していたとき、奥からフィオナが小走りでやってきた。
「透子様、お待たせいたしました。お出迎えが遅れて申し訳ございません」
「大丈夫ですよ、そんなに待ってませんから。じゃあレオンさん、フィオナさんが来たことですし本当に大丈夫ですよ」
するとレオンは透子とフィオナの顔を交互に見た。
「わかりました。では私はこれで戻ります。フィオナ、透子様を頼みます」
「もちろんです」
「では、透子様。また明日朝お伺いに参ります」
帰っていくレオンを見送ると、フィオナが心配そうに言った。
「あの、透子様? 留里様はどうされますか?」
「え? いいよほっといて。それより早く部屋に戻りましょう」
「そうですか、透子様がそうおっしゃるなら」
フィオナはまだ少し留里を気にしていたが、透子が歩きだすと留里に軽く会釈し透子に続いた。
留里は一人、透子の背中に向かってなにか叫んでいた。それはおたがいの姿が見えなくなっても続いたが、エントランスにむなしくひびくだけだった。
「あー疲れたー!」
透子は自室に入るなり叫んだが、はっとしてすぐにフィオナに向き直る。
「すみません。遅れて帰ったのに疲れたなんて。フィオナさんだって心配して待ってたのに!」
するとフィオナは苦笑する。
「いいえ、透子様。きっとなにか事情があったのでしょう? 私のことはお気づかいいりません。とにかくお疲れでしょうし、今日は早めにお休みになってくださいね」
フィオナさん、優しい、マジ神! ホントに好き! 心のなかでそう呟きながら早々に透子の寝支度を始めるフィオナを見つめた。
「透子様、夕食は軽食をテーブルに準備してございます。終わりましたらそのままで、ゆっくりお休みください。では、失礼いたします」
フィオナが部屋を出ると、透子はすぐにベッドへ寝転がり、先ほどのカイとの会話を思い出した。留里に言われたことはさほど気にしていなかったものの、カイに注意されたことには落ち込んだ。
期待を裏切ったかもしれない。遅れるとわかった時点で連絡すべきだった。きっとレオンさんに言えば、連絡を取るすべはあったはず。これからは責任を持って行動しなければ、レオンさんが言われてしまう。
そんなことをずっと考えてはため息をついていた。
そのとき、誰かが部屋をノックする音がした。こんな時間に訪ねてくるとはただごとではない。透子はベッドから跳ね起きると返事をしながら慌ててドアに駆け寄る。
「フィオナさん? どうしました?」
ドアに向かって問いかけると、かわいらしい子どもの声が返ってきた。
「フィオナじゃないよ。僕はルゥ。お話したいから遊びに来たんだ。入れてくれるかな?」
ルゥ? こんな夜中に子ども? 透子は迷子が迷い込んだのだと考えたが、昼間レオンに子ども相手でも警戒しろと言われたことを思い出し、少しだけドアを開く。
そこには二本足で立つ、四つ耳の黒猫がいた。その黒猫はワインレッドの燕尾服を着て、まんまるな瞳でこちらを見上げている。
透子はその姿に驚く。幼いころに家にいた黒猫のルゥにそっくりだったからだ。長毛でやや癖っ毛なところも、緑とブルーの左右ちがう瞳を持つところ、おまけにかぎしっぽなところまで全て一緒だった。
「ルゥってあのルゥ?」
透子が思わずそう口にすると、ルゥは目を見開いた。
「あのルゥって?」
透子は首を横に振った。
いいえ、私のルゥがここにいるわけがない。それに、ルゥは私があげた特別な鈴を着けてるけど、この子は着けてない。だからちがう。そう思いながら、気を取り直して尋ねる。
「なんでもないの、知っている猫ちゃんと同じ名前だったから……」
思わずそう言うと、その黒猫はむっとした顔でこう返す。
「猫ちゃんじゃないよ。僕はこの城の案内人なんだ。今日は君に挨拶をしに来たよ。入れてくれるかな?」
透子は一瞬入れるべきか迷った。そのとき、ルゥが王家の紋章が入った腕輪をしているのが目に入る。透子の視線に気づいたルゥは言った。
「これ、気になる? これで僕のこと信用してくれる?」
ルゥは戸口からそっとその腕輪を差し入れる。透子はそれを受け取り確認し、ルゥを信じることにした。なにより、ルゥの潤んだ瞳に見つめられそれに抗うことができなかった。
ドアを開け、ルゥを部屋に入れると、透子はとりあえず周囲に誰もいないことを確認し素早くドアを閉めた。そしてルゥにソファを勧める。するとルゥは嬉しそうにソファのうえによじ登り、ちょこんと腰掛けた。
「えっと、お茶は飲めますか?」
「うん、もちろん。僕はただの猫じゃないから」
透子は思わず苦笑し、これからルゥを絶対に猫扱いしないと心に決めた。




