15 救いの手と責任の重さ
少年の父親は亡くなったのだろう。透子は今の自分の責任の重さを感じ、絶対になんとかしなければならないと思った。
「レオンさん。具体的に私はどうすればいいですか?」
するとレオンは少し困った顔をした。
「すみません。この病気の治療は、ノルティアの方にしかできません。ですから、私も具体的には説明ができないのです」
「そうですか」
透子は気巡り病というだけあって、きっと気の流れを見ればいいのではないかと考え、とりあえずエリスのそばへ行き手を取り目を閉じた。
しばらく、頭の中で気が正常に巡る様子をイメージしてみたが、なんにも感じ取ることはできなかった。
次はどうするべきか考えながら目を開くと、エリスの胸のあたりで水のような空気のような、なにかが高速で渦巻いているのが見えた。
透子はそれを指さしながら、レオンに訊いた。
「レオンさん。これ、なんですか?」
レオンは透子の指さす先をじっと見つめ、不思議そうに答える。
「私にはなにも見えないのですが」
そう言われ、透子は改めてその渦巻いているなにかをじっと見つめ、あることを考えた。
「レオンさん、霊脈鬱滞症はそんなに重症になることはないって言ってましたよね」
「はい。そうです」
「これ、霊脈鬱滞症ではないかもしれません」
「透子様、なにかわかったのですか?」
「いえ、はっきりとわかったわけではありませんが、胸のあたりに高速で渦巻くなにかがあるんです」
「高速で渦巻くもの?」
透子は頷くと、その渦巻いているものをさらによく観察した。
「透明な液体のようなものが、渦を巻いている感じです。それと、中心になにかあるみたいです。えっと、正八面体? みたいな結晶が……」
レオンはなにか思い当たったのか、目を見開いて言った。
「それは恐らく、霊核というものではないでしょうか。私も実物を見たことはないので、断言はできませんが。そうだとすれば、その渦は霊核渦というものかもしれません。それにしても……」
レオンはじっと透子を見つめる。
「レオンさん、なんでしょう?」
「い、いえ。とにかく今回は、霊核渦が通常より速く回っていることが病気の原因かもしれませんね」
「やっぱり、そうなんですね。だから霊脈鬱滞症と病状がちがったんですね」
原因が見えているならなんとかなるかもしれない。
透子はそっとエリスの胸に手をあて、霊核渦を静めるイメージを浮かべた。
だが、霊核渦の回転は一時的に遅くなるものの、すぐに元の速さに戻ってしまった。
「もしかしたら他にも原因があるのかもしれません。それを見つけないと」
誰にともなくつぶやくと、もう一度、エリスの全身を観察した。すると霊力らしきブルーの光の帯が全身を循環しているのが見えてきた。
だが、その流れは滞り、蛇行している。なにが原因なのか探ろうとしたとき、霊力が体と反発し合いながら流れていることに気づき、振り返ってレオンの顔を見た。
「レオンさん。体が霊力と相いれないということはありますか?」
「体と霊力が相いれない、ですか? そういえば、かなり古い文献に、そんなことが書かれていたのを目にしたことはあります」
アレルギーみたいなものかもしれない。透子は視線を母親に戻し、それならば体質から改善しないと治らないと考えた。
そしてもう一度エリスに手をかざし、体全体を正常化するイメージを浮かべた。すると、エリスの全身からごく小さな泡が抜け出し、バチバチとはじけていくのが見えた。
数秒後、泡はすべて消え去り、エリスの体は一瞬オレンジの柔らかな光を放った。
もしかして、治療できたかもしれない! 透子は嬉しくてレオンに言った。
「今の見ました?」
レオンは申し訳なさそうに答える。
「申し訳ありません。私にはなにも……」
そこでエリスが起き上がると、口を開いた。
「先生、ありがとうございます! 今体の中でなにか弾けた感じがしたかと思ったら、体が軽くなってとても楽になりました」
それを聞いてランディがエリスに駆け寄る。
「母ちゃん、それ本当か?」
エリスはランディの頭を優しくなでた。
「本当よ。先生が治してくださったから、きっともう大丈夫」
透子とレオンは顔を見合わせ微笑んだ。
「まだ、本当に治ったか私には確証がありません。ですから、しばらく様子を見て、無理をなさらないようにしてくださいね?」
「はい。でも今まで感じたことがないぐらい、体が馴染んだようなそんな感じがするんです。ありがとうございます」
エリスが頭を下げると、それを見ていたランディも慌てて頭を下げて言った。
「ありがとう! 母ちゃんを治してくれて本当にありがとう!」
透子はランディの頭をそっとなでた。
気がつけば、日は沈み、外は夕闇に包まれていた。
エリスたちはなにかお礼をしたいと言ったが、透子たちはそれを断り急いで帰ることにした。
ランディは、家を出た透子たちの姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
「本当に治っているといいんですけど」
「そうですね。ですが、あの母親の様子を見た限り、治療は成功したように思います。頬にも赤みが差し、表情もまるでちがいました。本当に体調がよくなったのでしょう」
「そう言ってくれると私も少し安心できます。じゃあ、早く帰りましょう。フィオナさんが心配して待ってるでしょうし」
二人は足早に帰路についた。
城に着き、長い回廊を急ぎ足で進み屋敷の前に行くと、そこにカイが立って待ち構えていた。カイは不機嫌そうに低くはっきりとした口調で言った。
「連絡もなく、こんな時間までなにをしていた」
その一言で場の空気が冷えていくのがわかった。
カイ先生、すごく怒ってる。どうしよう。
透子が言い訳を考えていると、レオンが先に口を開いた。
「透子様は悪くありません。私の案内がいたらないばかりに、この時間に……」
透子は慌ててそれを否定する。
「ちがいます。私が寄り道をするようレオンさんに言いました。私の責任です。ですからレオンさんは悪くありません」
レオンは驚いた様子で透子を見つめた。
「透子様、それはちがいます。私は護衛なのですから」
「いいえ、ちがいません。レオンさんは私に逆らえない立場です。私に責任があります」
そこでカイが一度大きく手を叩き注目を集めると、二人を鋭い目つきで見つめた。その眼光に透子とレオンが口を閉じると、カイは口を開いた。
「透子、お前の言う通り責任はお前にある。お后候補だからといってなにをやっても許されるというわけではない。その行動には責任が伴うことを忘れるな」
「はい。申し訳ありませんでした」
透子は深々と頭を下げた。レオンは慌ててカイに訴える。
「ちがいます、カイ様。本当に私がいけなかったのです」
するとカイはレオンを一瞥して言った。
「レオン。お前のミスは透子の責任になる。それを肝に銘じろ」
それだけ言うと、カイは二人に背を向けた。




