14 少年からのお願い
やっぱり。久しぶりに近くで接した『異世界の女の子』だから、ちょっと浮かれて憧れを抱いてるだけなんだろうな。
そう考えると、まるで弟のような存在に思えて、ほほえましかった。
すると、レオンの顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、あの、透子様。そのようにずっと見つめられると……」
レオンは口元を手で押さえて目を逸らしていた。
ジロジロ見たりして、不躾だったかもしれない。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていました。レオンさんの気持ちはわかりました。ありがとうございます」
透子が微笑むと、レオンはさらに顔を赤くしそっぽを向いてつぶやいた。
「落ち着け、これまで冷静にできてたはずだ」
「はい?」
「いえ、なんでもありません。それで、その髪飾りにしますか?」
透子は手に持っていた髪飾りを改めて見つめる。
「はい。これにします。色もフィオナさんが好きな色みたいですし」
「はい。ではそれで」
透子はシジル・レゾナント候補として学ぶ間、報酬をもらっている。そのお金で髪飾りを購入することにした。
報酬を断わろうとしたけど、こんなことなら受け取っておいてよかった。
透子はレオンにお金の単位の説明を受けながら、なんとか自分で会計を済ませた。
「フィオナさんが心配するだろうし、もう戻りましょうか」
透子がそう言ったときだった。レオンは透子の背後に視線を向けると、透子の腕を取り、守るように自身の背後へ隠した。
「レオンさん、一体どうしたんですか?」
透子がレオンの背後から前を覗き込むと、そこには真剣な眼差しでこちらを見つめる十歳ぐらいの少年がいた。
少年は、透子と目が合うと口を開いた。
「あの、お姉さんはシジル・レゾナントですよね? 助けてほしいことがあるんです!」
この子、私がシジル・レゾナントだって勘違いしてる。でも、私はシジル・レゾナントじゃないし、私にはできないことを頼まれたらどうしよう。でも、放っておくこともできないし……。
透子が迷っていると、レオンが少年に言った。
「助けを求めていることはわかった。だが、こんな不躾な方法は許されることではない」
少年は申し訳なさそうに俯き、消え入る声で言った。
「申し訳ありませんでした」
レオンは透子の顔を見つめ、確認するように訊いた。
「どうされますか?」
透子はその少年が少し可哀想になった。必死で訴えてくるのだから、それなりに事情があるはずだ。
「話だけでも聞いてみたらどうでしょうか?」
レオンの表情は険しくなった。
「透子様、この少年をお許しになるんですか?」
「え? もちろんです」
それを聞いて、レオンはゆっくり首を横に振った。
「いいえ。いくら相手が子どもだとしても、これは赦されるべきことではありません」
「レオンさんの言いたいことはわかります。でも、国民の声に耳を傾ける。それも大切なことなのではありませんか?」
そう説得すると、レオンは難しい顔で少し考えてから答えた。
「透子様のおっしゃることも一理ありますね。ですが透子様、一つご忠告申し上げます。子どもの容姿には、まだ魂の影響が表れていません。ですから、見た目にだまされないようにしてください」
そう言われ、透子は驚き目を見開いた。
「まさか、疑えと?」
「はい。無垢な子どもを利用する者がいるんです」
透子は思わず言葉を失った。こんなに平和そうなヴァレンディアでも、やはり争いごとや犯罪行為はあるのだ。
子どもを大人の争いごとに巻き込むなんて……。透子は少年のまっすぐで澄んだ瞳を見つめ、信じてみようと決心して微笑みかけた。
少年は透子を見て頭を下げた。
「ごめんなさい。失礼なことをしました。でも、こうでもしないと母ちゃんが」
「お母さんがどうかしたの?」
「母ちゃん、気巡り病なんだ。それもすごい酷くて。先生はもう助からないって」
「気巡り病?」
レオンが説明した。
「正式な病名は霊脈鬱滞症といって、体内の霊脈を流れる霊力が滞る病です。原因はわかっていません。大抵は自然と治って、あまり命に関わる病ではないのですが」
レオンは疑いの眼差しで少年を見つめた。少年はさらに必死に訴える。
「嘘じゃないです。本当に気巡り病で起き上がることもできなくて……。母ちゃん死んだらおれ、一人になっちゃう」
少年はポロポロと涙をこぼした。
透子は悩んだ。
それが本当のことだとしても、私が本当に治療できるかわからない。もし治療できなかったら? この少年をがっかりさせてしまうかもしれない。
でも……、なにもやらないなんて考えられない。
透子は決心した。
「わかった。とにかく、君のお母さんに会わせてもらえるかな?」
少年は嬉しそうに頭を下げ、レオンは信じられないものを見るように透子の顔を見た。
「本気ですか!? あっ、いえ失礼いたしました。驚いてしまったもので」
「本気です。ところでレオンさん。確認なんですが、私にその気巡り病は治療できますか?」
少年はそれを聞いて不安そうにレオンを見つめる。レオンは気まずそうに答えた。
「透子様なら治療できるはずです。ですが、透子様はまだこちらに来られて日が浅いです。霊脈が安定していない状態ではうまくできるかどうか」
「わかりました。なら試さない手はありませんね」
少年は目を見開き、瞳を輝かせた。
「ありがとうございます!」
透子とレオンは少年の案内で、彼の家に行くことにした。家は山深い場所にあり、着いたころにはやや日が傾いていた。
「母ちゃん、ただいま。母ちゃんを治してくれる先生を連れてきたよ」
少年は家に入ると、透子とレオンに手招きした。レオンは透子を待たせて先に中の安全を確認すると、透子を招き入れた。
寝室へ行くと、痩せこけた女性がベッドに横たわっている。透子に気づくと慌てて体を起こし、か細い声で言った。
「わざわざお越しいただいてありがとうございます。私はランディの母親のエリスと申します。うちの息子がご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳ございませんでした。ランディ、ちゃんと謝ったの?」
「お母さん、ランディくんはちゃんと謝ってくれました。大丈夫です」
すると母親はほっとした顔をした。
「そうですか、私がこんな身体で何もできずすみません」
「いいえ、大丈夫です。こちらのことはお気づかいなく。体調が悪いようですし、横になってください」
そう声をかけると、母親は軽く会釈し体を横たえた。
透子は改めて説明する。
「ランディくんから病気のこと聞きました。私に治療できるかわかりませんけど、少しでも助けになればと思って」
すると母親はじっと透子を見つめた。その瞳には涙がにじむ。
「ありがとうございます。私が死んでしまって、息子が一人残されてしまうと考えると……」
透子はその様子を見て胸の奥がぎゅっと締めつけられ、つられて泣きそうになるのをこらえ、視線を逸らした。
そのとき、ベッドサイドテーブルに目が留まった。そこには少年の父親と思しき男性の写真があり、その前には花が供えられていた。




