13 翡翠色の髪飾り
透子はカイが指さす花を見つめる。そこには小さな白い花が咲いていた。
「スズラン、ですよね?」
「そうだ。スズランには色々な意味がある。お前にぴったりだと思うが?」
透子は驚きカイの顔を見た。スズランは透子が好きな花だったからだ。
「カイ先生すごいです。私スズラン大好きなんです。でも地味だし、フルール・サリエンテには向いていない花なのかと勘違いしていました」
「そんなことはない。それにしても」
「なんでしょう?」
「自らこの花を好むとは、やはりお前にはこの花が相応しい、ということなのだな」
カイは透子をじっと見つめた。
「そういうことになるんでしょうか。そういえばカミラ先生も、自ずと合う花を見つけられると言っていました」
「そうか」
「見つけていただいてありがとうございます」
「構わない。私は居合わせただけだ。では用があるから失礼する」
それだけ言うと、カイは静かにその場を去っていった。
透子はその背中に向かって頭を下げた。
カイ先生はもっととっつきにくい先生だと思ってたけど、あんなふうに話したりもするんだ。
「カイ先生ってとても不思議な雰囲気を持っている方ですよね」
透子がそうつぶやくと、レオンもそれに同意した。
「そうですね。確かにあまり人との関わりを持ちたがらない方ですよね。では、透子様、遅くなるとフィオナが心配します。行きましょう」
「それもそうですね」
透子たちは中庭を後にした。
城下街には王城を中心に道が放射状に伸び、その道沿いには露店が並んでいる。店主と客とのやり取りや他愛のない会話、笑い声などで活気にあふれていた。
すれ違う人々は視線が合うと挨拶を交わし、通りを行き交う誰もが笑顔を絶やさず生き生きとしていた。
透子は通りに出ると、ゆっくりと周囲を見渡してその様子を眺めた。
「とても活気のある街ですね!」
「はい。ここはヴァレンディアの中心ですから、すべての物が一度はここに集まることになります」
建物も、透子が知っているどの街のものともちがっていた。煉瓦造でパステルカラーを基調とした丸みを帯びたフォルムの建物が多く、壁にはモザイク細工の細かな装飾が施されている。ふと見上げると、色とりどりの球体がいくつもふわふわと漂っている。
「レオンさん、あの球体はなんですか?」
レオンは透子の指さす方向を見つめた。
「あぁ、あれですか? あれは養蜂箱です。またはルミナススフィア、略してルスフとも呼ばれています」
透子は驚きさらに質問する。
「養蜂箱……。あれがですか?」
「そうです。ルミナスのことはご存じで?」
「はい。フィオナさんから聞きました」
レオンは頷く。
「ルミナスと蜂は共存しています。ルミナスが花の咲く場所を教え、蜂はお礼にそこで得たハチミツを少しルミナスに分ける。そして夜、ルミナスは光を放つ。その住まいを提供しているのが我々、といったところでしょうか」
「なるほど。でも、蜂は光を嫌がりませんか?」
その質問にレオンは透子の顔をまじまじと見つめた。
「さすが透子様、よくご存じですね。そうなんです。蜂たちは、巣の中が照らされることを嫌うので、スフィアの中はその棲み分けがしっかりできるようになっています」
「すごい仕組みなんですね。理にかなっているうえに、街の装飾としても役割を果たしてる」
「そうですね。特に城下では温暖な気候が年中続きますから、だいぶ活躍してくれます」
その説明を受けた後、透子は地面に視線を移す。道は美しい鉱物が使われた石畳で、綺麗な模様が刻まれ、ごみ一つ落ちていないように見えた。
よくよく見ると、ごく小さなつむじ風が落ち葉やごみを集めている。きっと霊術で絶えず清掃をしているのだろう。
透子は感心しながらそれを見つめ、おもちゃ箱のなかにいるような気分になった。
「本当にかわいらしくて素敵な街並みで、感動しました」
そう言いながら露店を覗くと、見慣れない道具や野菜、果物が並んでいた。レオンからそれらについて説明を受けるだけでも、楽しい時間を過ごすことができた。
しばらくそれらを見て回ったところで、レオンが透子に訊いた。
「フィオナにプレゼントする物は決まっているのですか?」
「それがまだ決まっていなくて」
「そうですか。なら女性が好みそうなお店を何軒か知っています。案内しましょう」
透子は、レオンがそんな店を知っていることを意外に思いながらその後ろに続いた。
四軒ほど店を回ったところで、花の細工が精巧に施された翡翠色の美しい髪飾りを見つけた。
「これ、すごい素敵じゃありません?」
レオンに訊くと、レオンは優しく微笑んだ。
「透子様、フィオナの好きな色を知っていたのですね?」
「え? いいえ。ただ、この髪飾りが目を引いたので」
「さすが透子様です。それも透子様のお力の一つなのでしょう」
レオンさん、いつも大げさだなぁ。透子は苦笑しながら言った。
「それより、レオンさんこそフィオナさんの好きな色をよく知っていますね。そういえば、魂の形がよく似ているルーカスさんは、フィオナさんのこと好きみたいだし、もしかしてレオンさんも?」
すると、レオンは焦ったように首を横に振る。
「まさか、ちがいますよ」
透子は首を傾げる。
「そうなんですか? じゃあなぜ、フィオナさんの好みを? 女性向けのお店もよく調べてあるみたいですし」
そこでレオンは観念したように言った。
「今日のために、色々調べたんです」
「え?」
「いえ、ですから透子様のために下調べをしたんです」
レオンは頭に両手を当てた。
「あー、本当はもっとスマートにやるはずだったのに!」
透子はそう叫ぶレオンを見て呆気にとられる。
「あの、レオンさん?」
透子のその声にレオンははっとするといつもの穏やかな表情を見せた。
「あ、すみません。驚かせてしまって」
「いえ。大丈夫です」
するとレオンは自嘲気味に笑った。
「申し訳ありません。その、今日は透子様と二人きりで買い物だったので、私なりに色々と手を尽くしたのですが、裏目に出てしまいました」
そこで透子はレオンの意図を理解した。
「そういうことだったんですね? 私も勘違いしてしまってすみません」
「それに、透子様のような方をお守りしていると、自然と意識が全部そちらに向いてしまいます。他の女性のことなんて、考える暇もないくらいで」
「え? あの、どういう意味でしょう?」
レオンははっとする。
「いや、え? あの、これは透子様に恐れ多い気持ちを持っているというわけではなく、いいえ、確かにそうなんですが、憧れと言うか尊敬と言うか。透子様はとても尊い方なので」
しどろもどろに答えるレオンを見て、透子はあることを思いつき、質問する。
「レオンさんは、私の護衛になるまで厳しい訓練を受けてきましたよね? 同じ志を持った女性は周囲にいましたか?」
レオンは一瞬不思議そうに透子を見つめた後答える。
「騎士全体で見れば、志願者の半数は女性です。ただ、私が配属されている隊は女性の希望者が少ないので、ほとんどいません」
レオンの顔を見つめながら、透子は考える。




