第6話 リアルという世界
リシャンが黒板と呼んでいる、仮想世界内を自由に移動する為の門を潜ると、目の前には薄暗い‥‥と、言うよりは落ち着いた灯りに満ちる広い部屋が広がった。
漆黒の床は、流れる星々をそのまま映していた。窓の外では無数の光の筋が後方へ流れ去り、この場所が今も宇宙を進み続けていることを、音もなく告げている。
部屋の中央に、ひとつの球体が浮かんでいた。透明な光のドームの内側に、無数の灯りをともした都市がぼんやりと映し出されている。
見覚えのない都市で、恐らくそれが今回、クロウに呼ばれたものと関係あるに違いない。
そのクロウはコンソールの前に、腰を下ろしている。黒のスーツに包まれた背を丸め、淡く発光する盤面に指を走らせている。言葉はない。ただ静かに、何かの作業を続けている。
少し離れて、シュウが佇んでいる。白を基調に金を織り込んだ神官の装束、両の手には白い手袋。かつてこの世界を率いて冠を戴いていた頃の気品をそのままに、今はただ、新たな主、リシャンの傍らに静かに控えていた。
=お帰りなさいませ=
シュウはリシャンに向けて頭をさげる。正装しているシュウと比べてリシャンはセーターに飾り気のないスカートの普段着。リシャンはちょっとだけ場違い感を感じたが、すぐに正面の半球内に映された街に顔を向けた。
コンクリの建物と道路、そこを車輪を使用した旧時代の乗り物が走り回っている。画像がそこまで鮮明ではなく、人々の詳細までは分からない。
「さきほど言った人工物の内部をスキャンしました。何度か調整しましが、これ以上は無理のようです」
クロウは操作を続けながら口を開いた。
「相対距離を一光秒に維持しています。もう少し近づけばもっと多くのデータが取れるとは思いますが、遮蔽を使っているとは言っても、これ以上は発見されてしまう可能性があります」
「‥‥‥‥」
リシャンは半球に顔を近づける。
「‥‥‥‥何となく013と似てるかも」
輪郭だけだったが、何となく懐かしのようなものを感じた。
「そうですね。これは記録にある人類の西暦2000年代の街によく似ています。013より少しだけ昔と言ったところでしょうか」
「‥‥‥‥」
他の箱船世界と出会ったのは、シグマとガンマ‥‥その二つとも、敵対行動をとってきた。
仮想世界というものを廃して、一つの大きなAIとして効率良く運用を続けて出した答えは、他の世界を排除する‥‥ということだった。この写っている箱舟世界は、それらとは違うらしい。
「‥‥‥‥待って、内部スキャンって言ったよね?」
「はい」
「‥‥それってつまり‥‥」
「彼らは仮想空間に存在してはいません」
「‥‥‥‥」
「現実世界に体をもって暮らしています」
「‥‥現実に‥‥」
それはかつての人間。本来の意味の命がある者‥‥という事になる。
既にこの013にはそういう意味での人間はいない。AIとして人間のパターンを踏襲している者たちだけだ。
それはリシャンたちも例外ではない。
かつて統合政府という名の元で、013は管理されており、そこのエージェントとしてリシャンは任務についていた。そこで聞かされていたことは、自分の肉体はリアル世界で生きていくには不適すぎて、そこで仮想世界でなら自由に行動できるということ。
世界を壊そうとするテロリストも、それを排除する自分も同じAIだったという事実を知ったときの衝撃は今でも忘れない。
現実世界に肉体を持っている彼らこそ、本物の人類なのだろうか?




