第4話 目的地のない旅
「詩音は今日は読書?」
「ええ、お店はお休みだから」
詩音は微笑んで、その顔をリシャンに向けた。
例えAIであっても彼女は彼女の人生を歩んでいる‥‥そう思ったリシャンは、自分が彼女と運命を別ったことが正しかったことだということを、一抹の寂しさを感じながらも納得することができた。
「で、ユズリハちゃんは、今日はどうしたの?」
「‥‥うん‥‥ちょっとね」
遠野楪‥‥トオノ、ユズリハというのは、この仮想世界でのリシャンの名前だ。
リシャンは詩音の隣に座った。木目の感触が伝わってくる。
「‥‥‥‥」
リシャンは遠くに視線を移した。
どこまでも続くこの桜並木の遊歩道の向こうにはマンションが見える。その先には青空だけど現実じゃない‥‥この景色の全ては大型コンピューターが作っている仮想現実だ。
そして、今もこの世界を作り出している013というサーバーごと宇宙空間を高速で移動している。
他の攻撃的な仮想世界から逃げる為に。
当面の目標はそれでいいかもしれない。
だが、逃げ切った後、その後をそうしたらいいのだろうか。
このまま永遠に宇宙を放浪し続ける?
仮想世界は風化することはないが、この013は現実の物理法則によって時間的制約を受け続けるだろう。維持することは可能かもしれないが、その先に何がある?
目的もなく旅を続けることに意味はあるのだろうか?
「‥‥‥‥」
リシャンはため息をついて地面に視線を移した。
「ねえ、詩音は、旅が好き?」
「急ね」
詩音は少し目を細めて、本を閉じて膝に置いた。
「好きよ」
「目的地がないときも?」
「そうね、どこへ行く、っていう目的地があるときも、ただ歩くだけのときも‥‥どうして?」
「‥‥‥‥」
リシャンは桜の花びらが一枚、ゆっくりと地面に落ちるのを目で追った。
「じゃあ、目的地がわからない旅って、意味があると思う?」
「‥‥ん?」
詩音はすぐには答えなかった。風が吹いて、裾が揺れた。
「旅に意味があるかどうか、って考えたことはなかったわね」
「‥‥‥‥」
「‥‥でも」
詩音は川の方へ視線を向けた。穏やかな水面が春の光を受けてきらきらと揺れている。
「歩いているうちに、自分がどこへ向かいたいのかが、わかることはあるわよ」
「目的地は、最初からあるものじゃないってこと?」
「最初から持って出る人もいるけど」
詩音は小さく笑った。
「歩きながら見つける人もいるわ。私は、そのタイプ」
「どっちが正しいの?」
「正しいとか間違っているとか、そういうことじゃないんじゃないかな」
「‥‥‥‥」
リシャンはしばらく黙っていた。
確かに、答えを知っているから歩くのではなく、歩くことで、何かが少しずつ見えてくるのかもしれない。
「‥‥‥‥そうかも」
「ユズリハちゃんは何処かに旅行に行きたいの?」
「まあ‥‥ちょっとね」
リシャンはまた空を見上げた。
彼女が言う事が正解とは限らない。けれどもリシャンの心の指針に多少の方向性を示したのは確かだった。




