第二十話 ありふれた街で
都心のアーケードの入り口までは、中野雄二の車で送ってもらい、そこからは歩きになった。今は昼過ぎ。ここで夕方まで情報収集をして、今日はマンションに戻り、明日には装置に向かうという手筈になっている。
リシャンはベージュのカーディガンからくすんだラベンダー色のものに変え、団子に結っていた髪を解いて自然なボブカットにしている。
幸平は中野の服を借りたようだったが、サイズが合わないらしく、少し丈が足りない、帽子も似合っているとは言い難いが、顔をなるべく晒さない為には仕方のないことだ。
「じゃあ、俺は聞き込みをしている。また後で落ち合おう」
そう言って幸平は人混みの中に消えて行った。
「‥‥‥‥」
一人になったリシャンは改めて辺りを見渡す。
とりあえずは幸平を動かすことは出来たので、目的は達した。
明日になればとりあえずは何らかの答えを出してくれるだろう。
それがどのようなものになるのか‥‥。
リシャンは敢えて、予想するのを避けた。
「‥‥あれは‥‥」
商店街では道の軒先で何かを売っているようだった。
リシャンはその掛け声に引かれるように、近づいてみる。
並んでいるのは、野菜や果物だった。
「‥‥‥‥」
リンゴに顔を近づける。赤色が鮮やかで、隣の緑のものとの比較で目に眩しく映る。
「お嬢ちゃん、買い物かい?」
「‥‥‥‥」
そこでハっとして気が付く。
お金を持っているのだろうか。
ポケットに手を入れるとクロウが設定した衣装の中に、財布のような手ごたえを感じる。
がま口の財布を開くと、そこには何も入っていない。
《現地の貨幣経済を破壊してしまう可能性がありますから》
「‥‥やっぱり‥」
ちょっとぐらいはいいじゃない‥‥と、言いかけて、その言葉を飲み込む。
そう言えば、前も同じことを言った覚えがあった。
だからクロウに言っても無駄なのも知っている。
リシャンはため息をついてリンゴを置いて立ち去る。
それからは敢えて特定の店に近づかないように遠くから眺める。
後ろ手に歩きながら左右を見渡してみれば、魚屋の威勢、値切る声、釣り銭のやり取り。
乱暴で雑とも言えるそれは、生きている‥‥本物の肉体を持つ人々が、本当に腹を空かせ、本当に選び、本当に笑っているということを感じる。
人間のパターンをなぞるのとは、まるで違う。
「これが‥‥肉体を持つ‥‥人間」
感じるのは純粋な驚きと高揚だった。
しばらく歩くと遠くに、ビル街が見え始めた。ここからは大型のショッピング街に入るようだった。
リシャンはそこには敢えて向かわずに、細い脇道へと入る。
少し気温が高い。それは仮想世界ではそこに意識を向けることはなかったが、今はそれを感じる。
しばらく歩くと公園が見えてきた。
都市部の中にある整備された公園は、たくさんの人がそこに集まっている。
砂場で笑う子供たちの声が響く。
その子供達は、目的もなくただ笑う、無垢な存在だ。
「‥‥‥‥」
その反対側のベンチには老人が座っている。
その光景にリシャンの眼差しが翳った。
この子たちは生まれ、育ち、死んでいく。
一人の例外もなく、閉じて止まった籠の中で、それと知らずに。
微笑ましさと、やりきれなさに心を揺さぶられながら、リシャンは公園を後にした。




