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成功を焦っちゃダメですよ!

最初に言っていたよりも、長めに休みを取ったジルさんがギルドに戻ってきた。バンさんも、最近残業を減らして早めに帰宅している。前世なら男性でも、1ヶ月以上育児休業取れるのに、どうしたらいいものか、と少しだけ思ったけれど、すぐにやめた。

とりあえず身近な人からイクメン計画をしていこう。

この世界で法律を決めるのって誰だろう。王族?役人とかかなー。などと、手が届くことのない現実を考えてみたけれど無駄だと思ったからだ。

王族は絶対に接点なんてないし、役人になったらまた過労死しそうだし。

よく、前世のラノベとかで女性官吏が立身出世する物語があったけれど、ハッピーエンドの前に、アレ絶対過労死するよね。と思いながら読んでいた。

というわけで、わたしは絶対に役人なんて目指さないぞ!学院卒業したら、また受付嬢になるぞ!と拳をにぎり心に誓った。


「何意気込んでいるの?」

拳を握るわたしに、リシィさんが声をかけてきた。

「学院を卒業したら、またギルドの職員をがんばろ!って思って。」

わたしの決意を聞いて、リシィさんは一瞬驚いた顔をしたあと、お腹を抱えて前屈みになって笑い出した。

「何それ?」

「学院か、セリナも半分が過ぎたんだな。」

いつのまにかジルさんがリシィさんの背後で、わたしたちの話を聞いていたらしい。


そう、わたしがこのギルドにいるのは、学院入学までの1年間。もっとも学院の試験に不合格なら、ずっといられるけれど、アルカナの推薦権を持つわたしにそれはない。夏になればわたしは学院入学準備をしなければならない。今と同じように、月の大半をギルドで過ごすこともできなくなるだろう。


その日の午後、久しぶりにトリガーと白狼が依頼から戻ってきた。トリガーはここにきて全員がワンランク上がり、アークさんたちはCランクに、レイトさんは初心者ランクからEランクに上がった。

今年の新人の中で、1番最初のランクアップだ。素晴らしい。


白狼さんたちは、時々トリガーと一緒に依頼を受け、後輩指導の熟練度をあげている。これば、いずれギルドマスターになったり、冒険者指導者になるために必要なスキルになる。

これによってトリガーも、より熟練度があがる。


そんな中、トリガーの女性陣が受付に来てルリアさんに何か相談をしている。

「確かにねー。寒いと厚着するから動きは鈍くなるかも。でも雪山で薄着ってわけにいかないし。」

「とりあえず、服飾工房と魔導具工房に相談してみるよ。」

リリさんにルリアさんがそう言うと、白狼のミリカさんもウンウンとうなづいている。

冒険者は一般女性よりも筋肉があり、さらに魔法障壁などで寒さを防ぎながら戦うこともできる。


しかし、魔力は戦い用に少しでも残しておきたい。いくら筋肉があっても、1番体温を保つ働きがあるのは脂肪だ。むしろ脂肪の少ない冒険者の中には、体温が低下しやすい人もいる。冒険者であり、細身で魔法師のミリカさんやリリさんは、その良い例だろう。

「女の子は寒いのよ!」

ミリカさんが言うと、他のパーティーの女性冒険者も、そうだそうだ、とミリカさんに同意する。


普段騒がしい男性冒険者たちは、急に女性冒険者が声をあげたのに驚いている。中にはハア?という顔で、女性冒険者を馬鹿にしたような言葉を発する人もいたが、女性が話し出す声に揉み消されている。

「ミリカはオレたちよりも胸に贅肉あるんだから、寒くないだろう。」

珍しくニックさんが呆れたように、セクハラまがいのことを言った。それに対してライラさんたち、女性魔導師グループが対抗し、ギルド内がいつにも増して騒然としてしまった。

うう〜っ、うるさい〜と叫びたいが握った拳に力が入って頭の中が沸騰しそうになる。

「何が女の子だよ、おばさんのくせに!」

とか

「はあー、そんなんだから、奥さんに逃げられんのよ!」

とか

「彼女もいないくせに!」「お前だって、モテねーじゃん」

とか。もう、関係ない言葉が飛び交う。

騒ぎを聞いてジルさんが事務所から出てきて何か言おうとしたが、それよりも先に

「女性は冷やしちゃダメなんです!」

という、わたしの叫び声が轟いた。


わたしの言葉に、女性冒険者たちは「わかる!」と大きくうなづいたり、納得している。

「確かに、これだけは男にはわからないわよねー!」とルリアさんが大きなため息をつくと、アレほど文句や嘲笑で盛り上がっていた男性冒険者が、口を閉した。さすが冒険者から陰で女王と呼ばれているだけのことはある。

「とりあえずおさまったところで、服飾工房と魔導具工房にさっきの話を持っていきましょう。」

そうルリアさんがまとめた。


3日後、魔導具工房に行く時には、わたしも勉強のために連れて行ってもらえることになった。


王都一の魔導具工房は、ギルドから歩いて20分ほどの西区にあった。商店街を抜け下町を通り過ぎ、少し大きめの住宅が並ぶそのはずれに、小さな丘が見えた。その丘の上、林を背に赤い煉瓦の魔導具工房は建っていた。


石造の壁に鉄の扉が付く頑丈な作りの建物。鉄の扉は重く危険がないように硬く施錠されている。あらかじめジルさんが連絡を入れていたとのことで、わたしたちが時間に到着すると、鍵が開けられ扉が開いた。

「ようこそ魔導具工房へ。」

わたしたちを迎えてくれたのは、ライラさんのお母さん、ソフィーさんだった。」

ソフィーさんは以前目の調子が悪くなり悩んでいたところ、わたしが眼精疲労かドライアイを懸念してビタミンAやアントシアニンを多く含むベリーの摂取を勧めた人だ。

そんな縁もあり、ソフィーさんは今回の申し出を快く引き受けてくれた。


魔導具工房に入ると 不思議なものがたくさん置いてあった。あまりにも楽しそうなものばかりの部屋にキョロキョロしてしまい、ルリアさんから小さな声で叱られてしまった。

「普段見かけないものばかりでしょう?わたしの工房はスライムや冒険者が採取してくれた素材をたくさん使った道具があるのよ。」

ソフィーさんが説明してくれる。


玄関を入ってすぐは、わたしたちのようなお客さまが商品を見たり打ち合わせができるような、事務所兼工房になっていた。

奥のソファーには服飾工房のマリーさんも来ていた。わたしたちは、ソフィーさんの前の席に2人並んで腰掛ける。ソフィーさんが座ると、奥から弟子の1人がお茶とお菓子を持って現れた。


お茶とお菓子がセンターテーブルに置かれると、お弟子さんは下がり、ソフィーさんが話し始めた。

「さてと、雪の中でも動きやすい女性服の開発よね。」

とても端的にまとめられた言葉にわたしはただ、コクコクとうなづく。

「実は、ライラやミリカちゃんから以前にも頼まれていたのよ。でも開発するには元手と素材が必要でしょう?個人的にやるには無理があって。今回は、ギルドからの依頼だから大手を振って取り組めるわ。」

ソフィーさんは嬉しそうに話し出す。


今回はジルさんとルリアさんが、ギルドを直轄している、サイレント侯爵に話したところ、夫人が飛びつきすぐに侯爵の事業として可能になった。

冒険者だけではない。女性は雪が降るような気温4℃以下の真冬でも、社交の場ではドレスになる。

いくら袖や衿が詰まった形にしても、寒いものは寒い。広間に暖炉が置いてあったとしても、前世より気温は全体的に低いし、部屋全体を暖めるような暖房器具はなく、魔術師を雇ったとしても限界がある。


気温一桁の部屋にドレス一枚は、さすがに現世の頼子だってやらない。卒業式の時はスーツだったので、必ずヒート◯◯や、◯◯ダウンを見えない中に着ていた。


そして今回作りたいのが、そのどちらかに近いものだ。

そこで、まずはわたしたちの皮膚上の温度と、外気温の差を埋めるための方法が話し合われた。これを衣服内気候と言うんだよね。


前世では様々な化学繊維を駆使して、動きやすくフィット感もあり、伸縮性と保温性の高い素材が好まれていた。この世界で、その条件を可能にするのが、冬に強い魔物の皮になるが、皮は高価で希少だ。

そこでソフィーさんが考えたのが、保温性を持つスライムだった。

保温性を持つスライムを乾かして伸ばし、繊維にする。そのまでは1人分にならない上に、通気性が悪いから、繊維にして織物にし、生地にすると言う考えだ。

「でもそれだと、すっごく細く切らないとダメですよね。」

とルリアさんが言うと、ソフィーさんもそうなのよね。と頬に手を当てて考えていた。

「あのー、スライムって伸びると細くなるんですか?」


スライムの性質をよく知らないわたしが尋ねると、乾かす前なら伸びるらしい。それを聞いて思いついたのが、前世にあった伸ばして作る麺だった。

素麺は確か何度も何度も伸ばして、すっごく細い麺に仕上げていた。

もう一つ考えたのが、注射器の中にスライムを入れて、針の先から押し出す方法だ。

確か前世の化学繊維は、このような方法が用いられて作られていたものもある。

この2つの方法を提案すると、早速ソフィーさんが目の前で実験し始めた。


伸ばして伸ばして細くするのが1番良いみたいだが、ちょっと油断すると太さが変わってしまう。

なかなか難しい。それでも、注射器よりはやりやすいようなので、ソフィーさんはこの方法で、作ってみると言い出した。しかしこれを一日中1人てわやるのはなかなかにしんどい。


しかし、それ以上わたしたちが口を出せることはないので、とりあえずソフィーさんと工房の人たちで、頑張って作ってもらうことにした。

ただ、注射器の中にスライムを入れても、弾力がありすぎて針の穴から出てこなかった。液体ではない、と言うことだ。


後日、この方法で作られた糸と織られた生地をみたら、あまりにも太く、生地も分厚く、あまり希望のものができるような気がしなかった。

「まあ、成功を焦っちゃダメよね。」

ソフィーさんはあるか笑って、工房に帰って行った。





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