二人で育てなければダメですよ!
ジルさんの奥さんマイラさんは、無事男の子を出産した。予定より10日早かったので、はじめはジルさんも陣痛だとは思わなかったようだ。
ジルさんの子どもが生まれた翌日、大きな道の雪はほぼ溶けて、日陰に作った雪だるまも、形が崩れはじめどこぞの世界のモンスターのようになっている。
悲しい。
翌日から普通に仕事に出てきたジルさんに、わたしは少しだけモヤッとした。しかし、その気持ちが爆発したのはその日の午後だった。
朝イチでやってきた白狼は、麓の村を襲う雪熊討伐依頼の報告と、雪熊から採取した肉や毛皮、コアなどの鑑定を窓口で行っている。
トリガーも、雪獅子討伐と雪の下に生息する薬草「サイレン」の採取報告に来た。
「レイトさんは風邪をひきませんでしたか?」
わたしが尋ねると、
「ボクの出身は最北部だから。」
と笑って答えてくれた。しかも噛まずに!
すごい、成長だ!
と感動の笑顔を隠しきれずにいたら、アークさんに気づかれて、
「すっごいだろう。オレたちの教育の賜物だよな。」
と言われた。うん、アークさんも「スッゲー」から「すごい」になっている。「だぜー」も「だよな」になっている。成長したね!
道の雪が溶けると、ギルドには依頼と冒険者が詰めかける。高齢者夫婦の家の薪割りに、雪で屋根が壊れたという家に行く大工職人の手伝い。金具職人からは、ナタ作りのための鉄の運搬。
相変わらず多いのは雪山の麓の村を襲う、野獣や猛獣、妖獣退治だ。
1番の依頼は、雪山を背負った3つ隣の街からの、大鹿討伐だった。山の大鹿が、エサを求めて大量に村を襲っているという。
これは白狼だけでは敵わないと、トリガーのほか、猛者揃いの黒虎や魔法師集団のゼルダがチームを組んで出かけて行った。
出かけに
「気をつけてくださいね。」
と、レイトさんに声をかけると、オレには?とケントさんやアークさんからも言われ、結局全員に声をかけることになってしまった。
おかげで、出発が10分も遅れた!
わたしのせいではないぞ!
「セリちゃん、愛されているねー。」
「そりゃあ、俺たちのマスコットだからなー。」
「いや、アイドルだろう。」
とベテラン冒険者揃いの、銀龍の人たちに揶揄われた。14歳と40歳の扱いって、言葉にしたらたいして変わらないのにこんなにも違うのだなー、とほんわかしてしまった。
どうでもいいが、「みんな=。ありがとう!」と手を振って言っておこう。
「で、ギルマス、どうよ。子ども生まれても、オレらやることないだろう。」
銀龍の中でも、昨年子どもが生まれたばかりのゼブラさんがジルさんに話かけている。
「ガキが泣いていてもやることないし、食事作れるわけじゃないし、なんか邪魔だよな!ってことで、今日、飲みに行かね?」
と誘っている。
わたしはその時、モヤモヤの正体がやっとわかった。
「なに言っているんですか!」
わたしの大声にゼブラさんやジルさんだけでなく、周りにいた冒険者やギルド職員の人も、シンとしてこちらに向いた。
「お産が終わったばかりの女性は、大きな事故に巻き込まれて、お腹の中に大怪我をしているのと同じ状態なんですよ!ただでさえ、慣れない育児に大変なのに、お父さんが手伝わなくてどうするんですか!事故に会った奥さんに何もも押し付けるんですか?2人の子どもじゃないんですか。赤ちゃんは、ちゃんとママとパパの声が、もう聞こえているんですよ!赤ちゃんをお風呂に入れたり、泣いてたら抱っこしたり、大きな手のお父さんの方が、安心するに決まってるじゃないですか!」
気がつくと涙も出ていた。スイッチが入ってしまったわたしの言葉は止まらず
「子どもは2人が仲良く育てて初めて、良い環境の中で育つんです。子どもは1人の人です。ガキなんて言わないで下さい。子どもは社会の一員です。子どもは良い環境の中で育てなくてはダメなんです。」
と、いつのまにか前世で毎年生徒に話していた、児童憲章の内容をこの世界の人でもわかりやすいように、叫んでいた。
さすがワーカーホリックだわ〜。と叫び終わった途端、青くなりながら、頭を抱えたくなった。
わたしが泣いていたからなのか、それとも言葉が響いてくれたのか、ジルさんがいつのまにかわたしの頭をポンポンと軽く叩いていた。
「ありがとうな。目が覚めた。」
その日、子どもがいる人は、お土産にしたのか子ども用のお菓子が、飛ぶように売れた。家族を持つ人はいつもよりも早く帰宅し、恋人がいる人は恋人と過ごし、飲み屋は閑散としていたらしい。
ごめんなさい。飲み屋さん。
次の日からジルさんは5日お休みをとった。ずっと休みが溜まっていたのだから、もっととっていいと、ギルド職員全員に言われだが、心配だからと、とりあえず5日にした。
さすが、ワーカーホリック。
その間はバンさんが代行、ゼロさんとルリアさんが補佐を務めることになった、あの2人も、早く結婚すればいいのに、とリシィさんが小声で教えてくれた。ゼロさんとルリアさんのことらしい。
わたしはというと、コナンパンの女将さんから感謝の印と、朝のメニューにスープのサービスがついた。八百屋さんも、お肉屋さんも、漁師の奥さんからも、色々とサービスされたが、食べきれない。
下町の女性たちは、旦那たちに相当不満が溜まっていたらしい。
逆に飲み屋のマスターからは嫌がられているらしいが、お酒を飲まないのでわからない。
白狼やトリガーたちは、無事依頼討伐を終え、全員無傷のまま帰ってきた。帰ってきてすぐの冒険者たちは回復師のバッグさんのところへ行く者、獲ってきた肉や素材を売りに行く者、飲み屋に繰り出す者とさまざまだ。
10人以上の大型討伐だったこともあり、それぞれのリーダーは、ベテラン職員のパンさんと報酬の振り分けについて話合っている。
そんな人混みの中、いつのまにかわたしの列にレイトさんが並んでいた。
「あれ?討伐終わったばかりですよね?」
すぐに新しい依頼を受けるのかと驚いて尋ねると、
「あ、いや、その、今回初めて1人で倒した魔獣がいて。」
「わ、すごいじゃないですか。」
「いや、あの小さかったから。」
「それでもすごいですよ。」
レイトさんは、このことを話したくてわざわざ並んでくれたのかと思うと、少し嬉しくなっていた。
しかし、それだけではなかった。
「で、その、コレ。」
レイトさんは右手に握っていた魔石を差し出して、わたしの机の上に置いた。
「あの、お土産?」
?なぜ疑問形?
「あ、いや、そのコレピンク色、似合うかな、って、だからセリナさんにお土産。」
待て待て待て!そんな恋人同士みたいなこと、サラッと、何してるの?この人。と、わたしは変に意識してしまった。が、よくよく考えててみると、意外とレイトさんに深い意味はないのかもしれない。
「初めて討伐の魔石なら、レイトさんの記念品じゃないですか。」
そう私が言うと
「トリガーさんと、仲間になれたの、セリナさんのおかげ、だから。」
とレイトさんが俯きながら答えた。
「だから、お礼。」
お礼、なるほど。それならいいかな、と手を出した。
レイトさんは、そっと手渡してくれた。
「オー、春だねー。」
いつのまにか、黒虎のメンバーがそばで冷やかしにきていた。
「セリちゃん、オレも白鹿の角あげるよ〜。」
(要りません。)
「じゃあ、おれは魔狐のしっぽな!」
(だから、要らないって。)
声に出しては言わないけれど、嫌がっている顔で気づけよ!先輩たちの邪魔にあい、レイトさんは魔石をわたしの机の上に置くと、脱兎のごとく、ギルドの外に出て行ってしまった。
わたしは、デリカシーのかけらもない、親父揃い、もとい猛者揃いの黒虎のメンバーを睨みつけた。
今ちょっといいところだったんだ。わたしの、楽しかった気分の邪魔をするな!




