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そばにいなくちゃダメですよ!

よもぎ事件の翌朝、わたしは久しぶりにコナンパンで、ゆっくりと朝食をとることができた。

「うわっ、おはよう。ほんとに久しぶりー。」

と、なんとなく失礼?な挨拶をしてきた友人のシリカを軽く睨み、普通に挨拶を返す。

「で?そのうわって何?」

わたしの前の席に座って注文をしているシリカに、聞き返す。「いやいや、最近セリナが賢者として覚醒したって、街中でウワサになっているから。」

ハア?そんな噂わたしの耳には入ってはいない。と、訝しげな顔で、シリカを見返したところ

「ほら、冒険者のなんだっけ、トリガー?あのめちゃくちゃ明るくて人気のアークさんが。」

え?アークさんって、人気者なんだ。いや、うるさいだけだと思うけど。

「貴族お抱えのドクターを言い負かして、トリガー助けてくれたって、街中の人に自慢してたから。」


ちょっと待て。街中に自慢してる?なぜ、アークさんがわたしの自慢してるの?わたしはアークさんの?

その前に、アークさんって人気者なの?モテるってこと?


いや、突っ込むところはそこではなくて、大事なのは、賢者として覚醒って噂だけど。

「久しぶりにマチナカ情報を耳にしたら、わたしのことが噂になってるって、どういうこと?」

シリカに聞くと、噂の出どころはアークさんだけではなかった。


以前、目の調子が悪いと言っていた、お店の人にベリーを勧めたら改善が見られたので、今では街中の八百屋や果物屋で、ベリーが品切れ状態だとか。

野菜嫌いの子どもの脅し文句に「野菜を食べないと血が壊れる。」とか。徹夜続きで仕事と酒場を往復している旦那に対して、妻たちの脅しが「ちゃんとベッドで休まないと命が危ない。」とか、全部わたしが言った言葉が、さらに拡大解釈されて、王都の下町に広まっているらしい。


あー、中学生が家庭科ではじめに学ぶ、食と健康のところだよね。と、頭の中で、教科書に書いてあったところを思い出す。

健康は「バランスの良い食生活」「適度な運動」「十分な休養」によって成り立つと。

しかし、この世界では、そんな中学生でも知っていることがまだまだ意識にないのだ。


たしかに、なんでも食べてしっかり休むは、この世界の人に広めなければいけない大切なことだと、長寿大国で過労死したわたしは、身をもって知っている。

しかし、街の噂って怖い。まるでわたしがすごい人になっているよ。

白身魚のフライサンドを食べながら、シリカの話を眉間に皺を寄せながら聞いていた。


「でも、しっかりベッドで休むなんて、徹夜続きの受付嬢が言えるセリフじゃないよね。」

シリカは、嫌味たっぷりの笑顔で言う。

「最近は、そうでもないよ。白狼さんたちのことがあってから、ギルドも働き方改革してるんだ。ワークライフバランスだよ!」

満面の笑顔で、わたしが言い返すと、


「何それ?ワークライフバランスって。」

と聞いてきた。それはそうだ、この世界の人には馴染みがないだろ、と胸を張ってさらに言い返した。

「つまり、ワーク、仕事と、ライフ、生活のバランスが大切ってことだね。良い仕事は、健康な体がなくては、続かないってことだよ!えっへん!」


わたしの説明に、シリカも大きくうなづいた。

「わかる!うちの工房でも、この前無理して仕事をしていた職人さんが、仕事中居眠りして、お客様の大切なドレスを間違って縫って、大騒ぎだったよ!」

「そう言うこと!疲れていれば、間違いや事故を起こす確率が上がって、結果的に本人だけではなく、周囲にも迷惑をかけてしまうってこと。」

わたしが、シリカの話に答えていると、いつのまにかコナンパンの女将さんや、周りのお客様まで集まって聞いていた。

「さすが、セリナちゃん。良いこと言うねー。うちの旦那にも聞かせてあげたいよ!」


「ほんとほんと。うちの親方だって、人使いが荒いなんてもんじゃないよ。若いから休みなんていらないだろって、そんな無理ができるわけないよなー。」

「セリちゃん、今度うちの店に来て、旦那に言っておくれよ。」

いつのまにか、いろんな人の愚痴が始まり、食べ終わったのに席を立てなくなってしまった。

ちょっと待って!遅刻しちゃうよ。

「と、とにかくごちそうさまでした!わたしはもう出勤時間なので。言いたいことは、自分で言わなくちゃダメですよ!」

と叫んで、店を飛び出した。


前世の記憶を突然取り戻したのは夏の終わり。アークさんを助け、白狼さんたちを助け、レイトさんがトリガーに入り、いつのまにか季節は冬の色に変わり始めていた。

遠くに見える山は白く雪化粧。冒険者の中には雪の中も元気に、雪熊や雪獅子を討伐に行っているグループもある。白狼はその中でも一番張り切って出かけたパーティーの1つだ。

さすが白狼、雪の狼と名乗るだけのことはあり、寒い季節になればなるほど、嬉々として依頼をこなしている。


トリガーも負けじと、今回はレイトさんを連れた初の雪山討伐に出かけた。無理はするなよー。無事に帰って来いー。と他のパーティーに見送られて。

「セリちゃん、寒いねー。」

寒さが苦手なリシィさんに声をかけられたが、わたしが祖父母と一緒に暮らしていた森は、北の国境付近にあるので、寒さには強い。

王都でも、空はどんよりとした雪雲がかかり、青空は見えない。

「雪降るのかなー。降ったら帰り道が大変〜。」

寒さが苦手な南部出身の受付嬢、サラさんが外を見ながら顔を顰める。

「雪かき対策しておかないとだめかな。」


と言うのは、ギルド職員のバンさん。そしてそれにうなづいて、物置小屋へと走ったのは、同じく職員のゼロさんとヴィルさんだ。

数日前から雪山系の依頼が増えたためか、依頼を受けに来る冒険者は少ない。

ギルドにしては比較的暇なため、みんなそれぞれが溜まっていた事務仕事をしたり、雪が降った時の対策に走ったりしている。


わたしはゼロさんと一緒に物置小屋へ行き、暖房用の薪を取ってきた。雪が積もればギルドの周りも歩きにくいため、多めの薪を建物内に運ぶ。

「そういえば。」とゼロさんが口を開いた。

「今日は珍しくギルマス休みなんだよね。」

言われてみれば、今日は朝から見かけていない。昨日までの間に、今日休みを取る、と言った話も聞いていない。

「何かあったのですか?」

と、部屋に入りながらわたしがゼロさんに聞くと、その声が聞こえたのか、リシィさんが答えた。

「奥さんが具合悪いらしいよ。この前の医者に貸しを作ったから、今日診てもらうって言っていた。」


ギルドマスターのジルさんは、昨年の冬、幼馴染の女性マイラさんと結婚したそうだ。わたしはまだギルドに入っていなかったので、マイラさんに会ったことはない。マイラさんは以前、この近くのアクセサリー工房で働いていたので、古くからギルドで働いている中には顔見知りの人もいる。

「お腹に赤ちゃんもいるから、心配よねー。」

と言ったのはルリアさん。

それを聞いたら、えーっ?妊婦さんを流産させかけた医者に診せて大丈夫なのか?と、心配になる。


医師、と言っても外科や内科、産婦人科と専門があった前世と違い、この世界は限られたお金持ちのお抱えしかいない。

それでもわたしは、歯が痛い時に外科医に診てもらいたくないなー、と思ってしまう。顎にメスを入れられそう。

「赤ちゃんいるから、回復師に下手に頼めないしな。」

と、バンさんが言う。バンさんも妻帯者で、子どもが2人いる。家族に妊婦さんがいる気持ちがわかるのだろう。

わたしも前世でお腹の赤ちゃんを失っているから、大事にしたい気持ちが痛いほどわかる。もちろんこちらでは、まだ14歳のピチピチ?の乙女だけど。


そんなまったりとした時間を過ごしているうちに、外は静かに雪が降り出していた。

翌朝目を覚ますと、雪は止んでいたけれど、街中は銀世界になっていた。昨日の帰りアパートの前に作った雪だるまは、まだ溶けていない。わたしの雪だるま製作に近所の人も手を貸してくれたので、かなり大きなものができた!満足!

次の機会があったらカマクラを作ろう。


雪道をお気に入りのブーツを履いてギルドに行くと、ジルさんがもう中で仕事をしていた。

「おはようございます。」

と中に入ったが、ジルさんの様子が少しおかしい。

「あの、奥様は大丈夫ですか?」

と尋ねると、ジルさんが驚いたように立ち上がった。

「あ、ああ大丈夫。というか。」

と言って黙り込んだ。そこにルリアさんが飛び込んで来た。

「ちょっとギルマス!なに呑気に仕事してるの?赤ちゃん生まれそうなんでしょ!」

と、ジルさんの腕を引っ張って、外に連れ出そうとした。


「えっ?赤ちゃん産まれるんですか?仕事なんか来てる場合じゃないです!」

とわたしも一緒に引っ張る。非力だけど。

「いや、男のオレがいても邪魔なだけだし、生むのはマイラだし。」

と、動こうとしない。違う、違う、違う!

何度も頭の中で、叫んだあと

「ちがーうっ!」と、大声が出た。


わたしの大きな声に、ジルさんもルリアさんもびっくりしているが、気持ちはそれどころではない。

「頑張ってる奥様をそばで応援したり、手を握ったり、優しくしたり、やることいっぱいです。赤ちゃんは、2人の赤ちゃんです!生まれてきたら、すぐに挨拶しなくちゃダメです!パパだよって、抱っこしてあげなくちゃダメです!こんなところにいたら、絶対絶対、ぜーったい後悔します!早くいきましょう!奥様のところ行って、早くそばにいてあげましょう!邪魔って言われても、近くにいて安心させてあげましょう!」

途中から、なにを言っているのかちょっとわからなくなったけれど、頼子がやって欲しかったことを全部言葉に出して叫んだ。


はじめは目を丸くしていたジルさんだったけれど、そっか、と小さくうなづいて、ルリアさんに「あとを頼む」というと、ギルドの入り口を飛び出て行った。

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