お日様浴びなくてはダメですよ!
新しい繊維作りはソフィーさんの工房を中心に、たくさんの魔道具師や服飾工房が参加して、より良いものを生み出していった。
中でも、この繊維の最大の弱点「アルコールに弱い」を克服すべく改良が一番に重ねられている。何と言っても冒険者たちはお酒が好きだ。下着ならまだしも、女性冒険者がアウターやボトムとして身につけている時、アルコールを間違ってこぼしてしまったら‥大惨事だ。スパッツやスキニーパンツとして穿いていたら、溶けてしまうかもしれない。
ということで、この点の改良を一番に進めた。
冬が終われば春、そしていずれ暑い夏が来る。冬が長いこの国では、暖かい服の方が重宝されるが、暑さ対策が不要ではない。そこで、ソフィーさんとマリーさんは早くも暑さ対策の服作りに取り組み始めている。
魔導具工房の仕事が一段落し、わたしはまたギルド内での仕事だけに戻った。春の風を時折感じる日々の中、この世界では花粉症がないことを涙が出るほどありがたく思う。本当に前世では、どれほど花粉症に苦しんだことか。
などと思い出し涙がこぼれそうになっていたわたしに、ルリアさんが嬉しいお知らせを持ってきた。
なんとゼロさんと結婚するそうだ!本当にめでたい。
唯一気がかりに思っていたこと
「ギルドの仕事は辞めちゃうんですか?」
と、わたしが聞くと
「大丈夫。続けるわよ!だいたいゼロのお給料だけじゃしばらくやっていけないもの。」
と答えてくれた。
この話はその日のうちにギルド内はもちろん、冒険者たちにも広がっていった。
「えーっ、ルリア結婚しちゃうの?また、わたし取り残されるじゃないー。」
と悲惨な声をあげたのはベテラン冒険者のミリカさんだ。
「大丈夫。まだわたしがいる。」
ミリカさんは、後ろにいたライラさんに、ポンと肩を叩かれて抱きついていた。
「受付の仕事はどーするんですか?」
と聞かれ、わたしに話してくれたことと同じ返事をした。しかし、その後アークさんが余計な一言を。
「そっかー、ルリアさんは受付嬢じゃなく、受付バアになるのか。」
と言った途端に、ルリアさんはもちろん、ミリカさんにもボコボコにされた。
おバカだ。
最近、雪山の大型依頼が多かったため、白狼とトリガーが一緒にいることが増えた。前線は若いトリガーの特攻部隊担当。リリさんとスピカんはミリカさんに色々な魔法について学んでいる。
レイトさんはケントさんに作戦指揮の仕方を学んでいるようで、先輩後輩の連携が楽しいようだ。
トリガーのみならず、10代の冒険者たちからミリカ姉さんと呼ばれるミリカさんは、本当に後輩思いの面倒見が良い人だ。ある意味みんなのマドンナ。冒険者たちとしては、それが手を出しにくいのか、確かにコレと言った特定の人がいない。ケントさんやニックさんはどうなのだろう。
冒険者たちは新しい依頼を受けて迷宮に出かけると、逆に依頼を続けて受けていた冒険者たちの報酬の支払いが行われる。
報酬を受け取った冒険者たちは、サッサと帰る人もいれば、ギルドの中にあるテーブルで分配しているところもある。
白狼とトリガーは合わせると大所帯なので、いつも2階の会議室を借りて分配しているらしい。
報酬分配が終わったあと、ミリカさんが後輩女子3人を連れ受付に戻ってきた。
「セリちゃん、リシィちゃんたちと後でお茶しない?」
「わかりました。ルリアさんに伝えます。」
「あー、ダメダメルリアには内緒で。」
ミリカさんにそう言われ、わたしはなんとなくピンときた。しかし、ルリアさんに知られず、リシィさんたちに声をかけられるだろうか。苦手だ。
そんなわたしの気持ちに気づいたのか、スピカさんが、少し大きめの声で、
「リシィさーん、結婚決まってない独身わたしたちで、慰め女子会しましょ!」
と上手にリシィさんを誘ってくれた。
うー、申し訳ない。
その日の午後、白狼やトリガー、他にも若手女子冒険者や受付嬢が集まって、ルリアさんへのお祝いの話し合いがもたれた。勘のいいルリアさんには、なんとなく気づかれたかもしれないけれど。
ジルさんやバンさんの奥様に会ったことはないが、ルリアさんはわたしが王都に来てから、ずっと憧れている女性の1人だ。
それはわたしだけでなく、他の人も同じように思っている。男性冒険者の中には、密かに好意を抱いていた人も少なくないはず。
これは、しばらくゼロさんが大変そうだ。でも、そんな女性と結婚できるのだ。周りから羨ましがられても、仕方ない。
女性陣が、ルリアさんたちをお祝いしようと計画を立てている一方、男性陣はというと、素直にゼロさんを祝う者と、ショックに打ちひしがれる者とに分かれていた。
それでもさすが、王都の冒険者たちだ。ゼロさんを僻んだり、嫌がらせをする者はいない。みんなルリアさんが他人と幸せになる悔しさを、飲んで騒いで、大声をあげて、さっぱりと流したということだ。
ただし、そのお酒で流す会が10日近く続き、ギルドの依頼の一部が滞った。さらに飲み屋のツケをギルドの報酬払いにした者もいて、ギルド側が立て替えることになった。
そのため、1週間も経つと、流石にジルさんから
「仕事しろ!」
と怒られていたルリアさんとゼロさんが教会で式をあげたのは、街中にアーモンドの花が咲く季節だった。アーモンドの花は桜によく似た花で、咲く季節も3月頃だ。
花びらは桜よりも細長く、色は桜より白いものと、鮮やかなピンク色がある。
王都にあるのは鮮やかなピンク色。その下を真っ白いウエディングドレスを纏ったルリアさんが幸せそうに歩く姿は、とても綺麗だった。
2人は3日ほどギルドをお休みし、すぐ仕事に復帰してくれた。
「ルリアさん、本当に続けてくれてオレたちはすごく嬉しい!」
男性冒険者に手を取られるたびに左手に光る、指輪が眩しい。
「ハイハイ。」
何人かの冒険者からそう言われ続けると、ルリアさんも一人一人相手をするのがバカらしくなったのか、だんだんお座なりな受け答えになっていた。
「もうすぐセリちゃんがいなくなるからねー、ルリアさんもなかなかやめられないよね。とりあえずは、新しい受付嬢をも募集しないと。」
そう言ったのは、リシィさん。
「えっ?セリちゃんやめちゃうのか?」
ちょうど依頼の受付をしていたケントさんに聞かれた。
「はい。秋から学院に入学が決まっているので、ここのお仕事は夏までです。」
わたしがそう答えると、周囲にいた冒険者の皆さんがわたしの方を見る。
「そうかー。やっぱりお祖父さんみたいな賢者さまを目指す感じ?」
「賢者を目指すかはわからないですが、まだまだ勉強しないといけないこと、たくさんあるので。」
ケントさんとわたしの会話を聞いていた他の冒険者は、急に寂しそうな顔になっている。
まだ、ギルドでお仕事を始めて半年ちょっと。なんだかちょっと嬉しい。
そんなわたしたちの前に、ジルさんが深刻な顔で現れた。今日の午前はギルド長会議だったはず。もしかしたら、問題のある案件でも任されたのかしら?とわたしたちは、顔を見合わせた。
「何かあったんですか?」
ルリアさんが尋ねると、
「あ?ああ、隣町のギルドマスターの息子さんがなー。」
と言うと、あとは何も言わずに、ギルド長室に行ってしまった。
気になったわたしたち。ルリアさんが、わたしにお茶を出すように小声で言った。つまり何か心配ごとがあったら、相談に乗れと言うことだ。
お茶の用意をし、扉をノックするとすぐに返事があった。わたしがポットとカップのお盆を持って入ると、こちらの考えにすぐ気付き、ソファーに座るように手だけで指示してきた。
「隣町のギルマスと言うと、ガレンさんですか?」
「そう、ガレンさんの息子は真面目で賢くてな、今学院の2年生なんだ。」
カップにお茶を注ぐと、ジルさんが話し始めた。
「数ヶ月前、ダンスの授業の時、隣で踊っていた男爵令嬢とぶつかってしまった。その時にご令嬢が倒れて足を骨折してしまったらしい。」
「え?学院ってダンスの授業があるんですか?」
わたしは骨折よりも、そちらの方に驚きの声をあげてしまった。
ダンスなんて、小学生の時のフォークダンスと、盆踊りくらいしかやったことないぞ!あ、大学生の時に、チアはやっていた。でも、絶対に違う気がする。
「まあ、それは置いておいて。そのご令嬢、そのあとも骨折が治らなくて、学院を休学することになってしまった。親はガレンさんの息子のせいだ、と責任を取れと迫っているが、相手は男爵とはいえ貴族だ。どうしたものか、悩んでいて息子さんは、責任をとって学院を辞めるとまで言ってるんだ。」
なるほど。しかし、転んだだけで骨折するなんて、どんな激しいダンスなのだろう。と、聞いてみると、ただの社交ダンス、しかもワルツ。チアに比べたら、骨折する要素がわからない。
「あの、そのご令嬢って、もしかしたら小柄で痩せていませんか。で、あまり運動とか好きじゃない、とか?」
わたしがそこまで言うと、ジルさんはでかした?と言ったふうに立ち上がり、わたしの腕を掴んで、出かけるぞ!と一言。
ちょっとそんなにグイグイ引っ張られたら、わたしの方が骨折する!
翌日、わたしはジルさんに連れられて、ガレンさんとガレンさんの息子ルッツさんと一緒に、男爵邸に行くことになってしまった。
男爵邸の屋敷は領地にあるが、今は学院に通う子どもたちのためのタウンハウスにいるとのこと。
わたしたちが中に案内されると、男爵は娘のシェリーの部屋で待っていた。
シェリーの部屋はカーテンが閉められて薄暗く、いかにも病人の部屋という感じだった。しかし、その部屋を一目見て、あーコレなら骨折治らないかもーと思ってしまったわ、
男爵はわたしとシェリーを2人にするのは心配というので、仕方なくそのまま話しをすることになった。
わたしはまず、食事についての質問をする。やはりシェリーは脂っぽいものはほとんど食べていない。
魚も肉も、口にするのはわずか。ドライフルーツは苦手。さらに、趣味は読書と刺繍、それは良いとして、外で活動することはほとんどないらしい。
前世なら骨密度検査や血液検査ができるので、正確なことを言えるが、疲労骨折の可能性が高い。
本当は、それを決定づけることを聞きたいのだが、男性の前では聞きづらいし、本人も話しずらいだろう。
そこでわたしは、まずカーテンを開けた。
「キャッ」
と小さく悲鳴をあげる娘を庇うように、男爵が怖い顔をしたが、そんなことは関係ない。
「日光、つまりお日様の光は骨を強くするのですよ。お日様に当たらないと、新しい骨が作れません。」
まずは一言。
娘と男爵は、何を言い出したのだ、と睨みつけてくる。でもわたしは関係なく言葉を続けた。
「骨を作るのは、ミルクやチーズのような乳製品、小魚、それに大豆食品です。でも、それはあくまでも骨の材料で、組み立てるためには、コレステロールから作られるホルモンと、ビタミンになります。」
ガレンさんと、ルッツさんも、唖然とした顔になっている。最初の頃のジルさんのようだ。
「ホルモンは骨芽細胞、つまり骨を作るために必要な細胞の元になり、ビタミンDは、骨を組み立てるための力になるのです。馬車の材料があっても、組み立てる人がいなければ、馬車にならないことと同じです。」
そういうと、ルッツさんはなるほどと言う顔になった。
「わたしたちの骨は一生のうちに7回も新しく作り変えられます。ところが、今お話した要素が欠けると骨は弱ってしまうのです。ビタミンDは、コレステロールつまり脂を原料に!日光を浴びることで作られます。日光を浴びないと、いくら材料があっても骨にならないのです。さらにホルモンは年をとると減ってしまいます。老人の背が縮むのはそのためです。お嬢様の骨折が治らないのは、コレステロール不足、紫外線もとい、日光不足です。」
ここまで一気に言うと、一番この場所で聞きにくかった質問をする。
「もしかして、まだ生理がないのではないですか?」
そう、16歳になればあって当然のものがない、と言うことは、女性ホルモンが不足している、と言うことだ。それによって、骨芽細胞が作られていない可能性をわたしは考えた。
シェリーは顔を真っ赤にし、男爵はものすごい形相になった。しかし
「一生、骨折が治らなく歩けなくても良いのですか?」
とわたしが畳み掛けると、さすがに怒鳴りたい気持ちを抑えて、わたしをただ睨んだ。
「日の光を浴びて、脂を取れば治るのか?」
男爵に尋ねられ、
「すぐにと言うのは難しいでしょう。骨や筋肉は日々の積み重ねで作られるものです。ただ、今からでもミルクとチーズ、緑色の濃い野菜、小魚を骨ごとたくさん摂ってください。脂というよりも、乳脂肪、チーズやバター、ヨーグルトで充分です。そして日光をしっかりと浴びて下さい。お嬢様が骨折したのは疲労骨折。ルッツさんとぶつかって転んだことが直接の原因かもしれませんが、転んだくらいで骨折するのは、お婆さんです。今のお嬢様の骨はお婆さん並みだということです。」
それを聞くと、シェリーは愕然とした顔になった。
「まずは年齢相応の骨を作ることから始めましょう。あとは、もう片方の足が弱らないように、毎日杖をつきながら歩いて下さい。片方の足も弱ってしまいます。きちんと重力を与えてあげることも、骨を丈夫にするためには必要なことです!」
わたしがそこまでいうと、男爵は何を思ったのかわたしを突き飛ばした。思い切り転んでしまったわたしが骨折するとでも思ったのだろうか?
「いたたた!何をするんですか?」
お尻を思い切りぶつけたものの、さくっと立ち上がったわたしを見て悔しそうな顔をする。
「コレが、年齢相応の骨です!」
と、わたしは男爵を睨みながら言い放つ。
「平民の小娘が!」
と再度わたしの肩を掴もうとするが、その手はジルさんによって阻まれた。
「失礼、男爵。あなたの名誉のためにお止めしました。セリナの祖父は大賢者アルカナ様。つまり伯爵になります。」
この国には、領地を持つ貴族の他に、魔法師や賢者、武官など国に対して大きな功績をあげた者を名誉伯と言い、伯爵位を賜る。祖父はその1人だ。
その言葉を聞くと男爵は青くなった。
あー、また。
結局大人は身分で人を見るのだ。そう思うと、わたしは複雑な気持ちになる。ジルさん、祖父の名はどこぞの時代劇の印籠ではないのだが。
でも、そういった現実を突きつけられると、やはり自分は無力なのだと思い知らされる。
「とりあえず、お日様は浴びなくてはダメですよ。」
そういって、わたしたちは男爵の家を後にした。




