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街中で暴れちゃダメですよ!

お日様の光が少しずつ強くなって行く。

「日光かー。」

先ほどのわたしの話を聞いていたルッツさんが、突然言った。

「身体って色々なもので作られているんだな。もっと勉強しなくては。」

ルッツさんは、隣町のギルドマスターの息子さん。いずれはギルドを引き継ぐのだろうか?と疑問に思っていたら、ガレンさんがそんなわたしの考えを読んでか、答えてくれた。

「コイツはオレと違って賢いから、医者になりたいんだそうです。」

父親に言われ、ルッツさんは顔を赤くして反論した。

「だから、それは夢だって言ってるじゃないか!オレはただ、貴族ばっか診てる医者じゃなく、普通に町の人を助ける医者になりたいだけなんだ。」


後で聞いたところ、ガレンさんの奥さんは、下の子、つまりルッツさんの妹を産んだあと出血が多く、亡くなったということだ。

ガレンさんから、その話を聞いたジルさんは、わたしがマイラさんと一緒にいるように言ったことを納得したそうだ。


奥さんが亡くなったとき、ガレンさん親子は街に医師がいないことを、すごく悔やんだ。だから、ルッツさんは医者になりたいと思ったそうだ。

こんな人こそ医者になるべきだ。自分の栄養不足で骨折した貴族の娘のせいで人生を狂わされていいものではない!わたしは知らないうちに拳を握っていた。

ガレンさんたちと別れたあと、わたしたちはギルドに戻った。


わたしが学院に行くことで、ギルドを辞めてしまう。それを知った冒険者さんの中で、一番複雑そうな顔をしているのはレイトさんだった。レイトさんは学院でイジメにあった経験があるので、あまり良い思い出はないのだろう。

わたしだって、たくさんの貴族の令嬢の中に飛び込むのは正直怖い。淑女教育なんてたいして受けた記憶はないし、祖父は名誉伯だけど、亡くなった父は服飾工房の経営者とは言っても平民だ。


しかし、コミュ障だったわたしが、それ以上に怖くてうるさい冒険者の皆様と、なんとか半年過ごせたのだ。きっとなんとかなるだろう。と、最近思うようになってきた。まあ、怖さの基準がかなり違うが。

とりあえず、イジメというのは学校だけでなく、社会でも、親同士でも、教員同士でもあることだ。その中で、自分がどう生きるかは、自分で決めるしかない。

冒険者の人はみんな怖そうだけど優しい。今はすごく居心地はいいけれど、いつかは自分のやりたいことのために、学院に行くことも大切なのだ。あれ?そういえばわたしがやりたいことってなんだろう?祖父母はわたしが社会の人に慣れるように学院に行く前にこのギルドを紹介してくれた。

それなら学院を卒業したら、わたしはどうしたいのだろう。


それから2日後の午後、依頼を終えたトリガーがギルドの受付で報酬の受け取りをしていた。

「セリナ、さん。」

報酬の受け渡しの事務処理が終わると、レイトさんが声をかけてきた。

「あ、の、学院行くって。」

わたしも、レイトさんに学院のことを聞き立ったのでちょうどよかった。

「はい。レイトさんは学院の卒業生ですよね。」

レイトさんは、何も言わない。

「ぼくは、卒業生だけど、ただ毎日勉強していただけだから。」

レイトさんはそう言って自信なさそうに俯く。しかし、わたしはその言葉に疑問を抱いた。レイトさんは他の人よりも一年早く入学して、卒業している。他の人が15歳で入学するところを14歳で入学し、他の人が20歳で卒業するところを18歳で卒業した。

コレってすごいことなのでは?

「レイトさんは他の人より1年も早く卒業したのですね。すごいです。」

わたしがそう言うと、レイトさんは目を大きく見開いてわたしの顔を見つめた。

「す、ごい?」

「はい、すごいです。学院は学ぶところですから、勉強するのは当たり前です。そこで誰よりも早く卒業するなんて、すごいです。」

わたしがそう言うと、レイトさんははにかむように小さくうなづいた。

「ありがとう。」

と小さな声で。


「冒険者は、どうですか?」

と、わたしが聞くと

「楽しい。」

と小さく答える。

「ずっと冒険者をやっていくのですか?」

「ううん。やりたいこと、見つけたかも、なので、お金貯めたら、アカデミアに行こうと、思う。まだ、誰にも言ってない。」

アカデミアは、学院を卒業した人が、さらに専門の研究をしたり、国家資格をとるために行くところだ。

「この前、セリナさんに守ってもらった、けど、今度は自分で、みんな守りたいから、医師免許、取りたい。」

今度はわたしの方が目を大きく見開いた。

「今のお医者さんは、町の人があまり利用できないし、冒険者も、利用するの難しい。だから、そういう人がかかれるお医者さん。」

「お金に、ならないですよ?」

「そしたら、冒険者もやりながら。」

レイトさんは、今まで見せたことがない笑顔を見せてくれた。ここにも、町の人の健康を考えてくれている人がいる。そう思うと顔が綻んだ。冒険者の医者なんて、前代未聞かもしれない。でもおもしろい。

わたしが学院のことを相談するつもりだったのに、レイトさんの夢を聞いてしまった。なんだか嬉しい。

それを聞くと、学院に行って何になるか、まだ決めなくてもいいんだ、と将来のことを夢のように思った。


しかし、その日の帰り道、わたしはまたもや現実に引き戻された。

「お嬢様。セリナお嬢様。」

夕方の町の通りを歩いていると、後ろからわたしに声をかけてくる人がいた。

「テイル様。」

祖父の弟子の1人、テイルだった。

学院に行くのは秋。まだ春。どう考えても祖父の弟子が迎えに来るには早すぎる。

テイルは王家が最も重用している識者の家系。王立図書館や王立アカデミアなどは、テイル実家ブライトン侯爵家一族が担っている。

テイルの父親、現ブライトン侯爵も、学院を卒業したあとアカデミアに通いながら、祖父のでしをしていた。テイルもだ。そんな侯爵家の嫡男にお嬢様などと呼ばれるのは、裏がありそうで気味が悪い。

おそらく、他の弟子がみんなそう呼ぶから、真似ているだけだろう。


まあ、とりあえず祖父の弟子ということて、わたしはテイルのことも他の弟子と同じようにしか思っていない。

別にブラントン家が傲慢チキなわけでも、テイルが嫌なヤツなわけでもない。でも、今会いたいか、と言うと正直あまり会いたくなかった。

それは

「あの、学院に行くのは秋からです。まだわたしは祖父の言いつけを守って、社会勉強中です。」

と言ったわたしに

「それは結構。ただ、わたしは久しぶりに婚約者の顔を見に来ただけですよ。」

と答えた。

婚約者などと言っているが甘さのかけらもない。それはわたしも同じだ。

元々、識者の家系ブライトン家と家格が釣り合い、さらに教養の高い、何より書物を愛する女子という条件で侯爵が決めたものだ。

家格が合うご令嬢たちは皆ダンスやお茶会、刺繍、楽器といったものに興味があっても、書物への愛着は少ない。

1年半前、学院を卒業したテイルがさらに知識を広げるために侯爵と共に祖父の元を訪れた。その時、侯爵と出会ったのが、祖父の図書館の蔵書を全て読み尽くし新しい書物に飢えていたわたしだった。


本以外に興味がないわたしは、王立図書館の書物に釣られて、侯爵の申し出を受けてしまった。

まだ13歳になったばかりのわたしと、20歳のテイルでは、歳が離れすぎでは?と思ったが、貴族の結婚なんてそんなものだ、という侯爵の話にあまり疑問を持たなかった。

正直、その申し出に乗り気ではない祖父母は、結婚はわたしが学院を卒業後、ということで納得してもらったらしい。今となると、子どものわたしにブラントン家は一体何を期待しているのだろう。


肝心のテイルは、と言うと、こちらも興味はないのか、わたしがギルドに入ってすでに半年以上過ぎたのに、今の今まで、わたしに会いに来たことなどなかった。それだけに、なぜ今突然?

なんの心境の変化だろう。

もしかして、婚約破棄とかだったら良いな、なんてことを考えたりして。


立ち話もなんだから、とシリカと時々行くカフェに入り、テイルはコーヒーを、わたしはミルクティーを注文した。

「今日は王城でアカデミアの学会があったので、近くに来ただけです。」

テイルはそう言うと、あとは何も言わなかった。なんだ、と残念に思ったが、それは口にしない。それでも少し察したのか

「あなたが思っているようなことではないと思います。」

と一言加えた。

一年前までの子どもだったわたしが、本読みたさに受けた婚約話。テイルはだいたい察しているのだろう。だったら、もっと自分好みのステキな令嬢を見つければ良いのに。こんな子どもを相手にしてないで。

わたしはずっと黙ったまま、ニコリともせずミルクティーをチビチビと飲んでいる。

つまらない。


無音の時間が過ぎた頃、外が密かに騒がしくなった。

どうやら複数パーティーの冒険者たちが、報酬の取り分で揉めているらしい。街中での揉め事は御法度なのに。明日ジルさんに報告だな、などと考えていたら、殴りあいの喧嘩にまで発展した。あらら〜。

と初めは呑気に構えていたが、突然1人が窓ガラスを突き破り、わたしがミルクティーを飲んでいるテーブルに飛び込んで来た。

コイツら!と、わたしの怒りが破裂する直前、立ち上がった、飛び込んで来た冒険者の襟首を掴み外へ放り投げ、さらに

「貴様らー、何やっているんだ!こんな街中で!」

と、怒鳴りつけた人がいた。


なんと、目の前で先ほどまで優雅にコーヒーを飲んでいたテイルだった。しかも、テイルは手のひらの上に、氷魔法を発動しているではないか!


わたしは咄嗟に

「て、テイルさまっ。ここで氷魔法はダメです!」

と腕を咄嗟に掴む。

えっ?えっ?識者の家系で、侯爵家の嫡男で、いつも物静かで、つまらない真面目だけの男が?


テイルのあまりの形相に、噛み合っていた冒険者たちも驚き、ペコペコと頭を下げて、走り去っていった。

冒険者がいなくなると、テイルはわたしの髪や服についたガラス片を丁寧に一つ一つとって、ハンカチの上に集まる。お店の人も慌てて、わたしの周辺のガラスを集めてくれた。

わたしはガラス片で腕を切ってしまったが、すぐにテイルの回復魔法で、きれいに治してもらえた。


細かいガラス片も集め終わると、何の責任もないのに、カフェの人は代金の支払いを受け取らず、ただただ謝罪をする。悪いのはあいつらなのに。

テイルはそれでも、とガラス代の足しにと別に金貨を置いていった。さすが貴族だ。

店を出てわたしをアパートまで送ると、テイルは帰って行った。テイルは大声を出したことか、わたしに怒られた?ことか、恥ずかしかったらしく、最後まで無言のままだった。


わたしは、と言うと彼の意外な一面を知り、少しだけ優しい兄のような感じがした。


翌日、喧嘩した冒険者2人は、1ヶ月の謹慎と、3ヶ月の冒険者資格剥奪、さらにお店の弁償を言い渡された街中で冒険者が暴れてお店の一部を損傷させてしまったことは、まもなくギルドを統治するサイレント侯爵のもとに届いた。

数日後、ジルさんは侯爵から呼び出され、今後の対策を余儀なくされ、なぜかわたしに相談に来た。

イヤイヤ、いくら賢者の孫でも喧嘩を止める方法なんて知らないよ。むしろ、後ろ暗い陰謀やいじめより、スカッとして良いと思う。


冒険者なんて半分以上は脳筋で血気盛んな人ばかりだ。今までも年に数回はこういうイザコザがあり、ギルドではその都度対処してきた。ただ、なぜか今回はサイレント侯爵の預かり知ることとなり、コトが大きくなっているようだ。


前世、教員の体罰が問題になり、逆にずる賢い子どもたちの授業妨害や教師いじめを知っているわたしとしては、イライラや理不尽なことへの吐口が、ちょっとした拳の対話で済むなら、その方がはるかに健全だと思っている。


それなら、とわたしが思ったのは、万が一のことがあれば防壁や結界を張らせれば良いのでは?と言った対策だった。実際、冒険者2人の喧嘩を見ていた街の人たちの中には、危険視する人より、応援する人の方が多かった。

血気盛んな冒険者同士のバトルは、自分が被害に遭わない限り、街の人たちにとってちょっとしたお祭り感がある。日々鬱憤が溜まっている人たちにとって、時折こういったことがあると、ちょっとした余興のようで、楽しみなのかもしれない。

やっぱり拳での対話って大事だね!


わたしが防御結界の意見を口にすると、ジルさんは納得しないながらも、一応考えてくれそうだ。

「結界が間に合えばだがな。」

「たしかに。」

拳の対話には苦笑していたが。


ただ、今回のように冒険者の殴り合いについて、侯爵が出てくるなんて珍しいと言うのがジルさんとわたしの共通意見だった。

誰か命を落とすようなことがあるなら別だが、こんな喧嘩は冒険者でなくとも、街の人同士でも起こること。

むしろ、お店の破損や一般の人の怪我に関しては、「ギルドが責任を持って謝罪と弁償をする。」という決まりがあり、普通の喧嘩よりも責任の所在がしっかりしていで安心という人もいる。それだけに侯爵に呼び出されるなんて。こんなことは、ジルさんにとっても初めてのことだった。


互いの認識を確認したわたしとジルさんは、しばらく首を傾げていた。

「そういえば、昨日誰かと会っていたのか?」

ジルさんが唐突に聞いてきた。別に隠すことではないので、祖父の弟子とお茶していたことを話した。すると、ジルさんが訳知り顔になり

「そーいうことか。」

と小さく呟いた。

「??」

「え?わからない?」

「わたしですか?」

「たぶん。」

「もしかして、わたしのせい?」

「おそらく。」

「えー?でもー、そんなー。」


祖父の弟子が大切なお嬢様がいる街中で、こんな危険なことが起こった、と祖父または侯爵に告げたのでは?

と言うのがジルさんの推測。


「でも、数日前のことですよ?いくら祖父でもそんな早く聞いて、サイレント侯爵に知らせたりできないでしょ!」

とわたしは返した。ただ、ジルさんには言わないが、一緒にいたのは確かにブラントン侯爵家のテイルだ。ありえるかも。そして、ジルさんには

「貴族の情報網、舐めるなよ!」

と凄まれてしまった。


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