この場を離れちゃダメですよ!
建物の結界のことで、大工職人と魔導具師、結界が得意な魔法師さんが2階で会議をしている時、ギルドの扉を勢いよく開ける冒険者がいた。銀龍のゼブラさんが飛び込んでは来た。
「誰かっ、回復師、回復薬、とにかく大量!」
焦りまくるゼブラさんが叫びまくっている。
確か銀龍たちは、今日隣町との境にある、古い廃屋敷に巣食ってしまった魔物討伐だったはず。
銀龍たちにとっては簡単な依頼だと息巻いていたのに、よく見るとゼブラさんも、あちらこちらに傷を負っている。
「あ、あと瓦礫をどかすことできる、魔法師。」
そこまで聞いて、回復薬の準備をしていた職員の顔色が変わった。
ただの怪我ではない。おそらく建物が崩壊したのだ。
今回の依頼は、屋敷周りの農家からだった。あまり強くはないがとにかく数の多い魔物が、一体の農作物を食い荒らすと言う被害が出てしまったのだ。
調査の結果、その魔物が近くに残された古い元子爵の廃屋敷を根倉にしていることがわかった。そのための魔物討伐だった。
しかし、向かう途中でゼブラさんから聞いた話では、魔物が建物のヒビや割れ目に巣を作り、ヒビがさらに大きくなっていたこと。それを一掃したことで、ヒビ割れの隙間が空になり、どんどんと建物が瓦解してしまったことだ。
石やレンガを積み上げただけの建物は、一箇所崩れると倒壊しやすい。地震と言う概念の少ない土地ならではだ。
地震大国だった前世では考えられない。
ゼブラさんがギルドに飛び込んで1時間もしないうちにわたしたちは現場に着いた。銀龍のメンバーが、屋敷の瓦礫の下敷きになっている。
馬車が着くとすぐに、職員や駆けつけた冒険者が手分けをして下敷きになったメンバーを助け出す。
身体半分が石壁の下敷きになっている者。姿さえ見えない者。全8名のパーティメンバーのうち5人がまだ瓦礫の下だと言う。
その中では比較的運良く太ももから下だけがしたじきになっているダリさんが見つかった。
ダリさんの上に乗った大きな石やレンガをどかす冒険者たち。ダリさんは、無事脚の骨折といった比較的軽症な状態で発見された。
脚を添木で固定して、助けてくれた人に感謝するダリさん。回復師のソルベさんもホッとして、立ちあがろうとした時、わたしは急に嫌な感じがした。
そう。ナトリウムとカリウムの授業で、わたしが必ず説明していた話。クラッシュ症候群。圧挫症候群だ!
このままては、ダリさんはクラッシュ症候群になってしまう!確か下敷きになって2時間と聞いている。クラッシュ症候群になっている可能性が高い!
どうしたら良い。この世界に輸液なんてない。人工透析もない。瓦礫の下敷きになって、2時間は経っていないから、まだ脚の壊死は始まってないはず。切断することにはならないと思う。
考えろ、考えろ!
「と、とりあえず、回復魔法ができる人は、ダリさんの脚を固定したら、血流、えっと血の流れに毒が混ざっている可能性が高いので、その毒素を消すことに集中してください。それから、急に胸を苦しみだしたら、心配蘇生、えっと心臓マッサージ。」
わたしは医者じゃない。ただの受付嬢で、前世は家庭科の教師だ。知っていることは知識だけで、透析の代わりなるものも、輸液の作り方もわからない。
分かったとしても、この場には道具も薬もない。
できるのは、血液中のカリウムとミオグロビンと、尿酸値を下げるように回復師にお願いすることくらいだ。でもどう説明したら良いのだろう。
「セリナ、こっちを手伝って!」
わたしはリシィさんに呼ばれてしまったので、ソルベさんにダリさんから、目を離さないようお願いする。
それから血液中の毒素をきれいにする魔法をかけて欲しいと言って、その場を離れた。
わたしはこの後、自分が離れてしまったことを後悔することになる。
一番奥に閉じ込められていたメンバーの救出が終わり、それぞれが回復師に痛みを取り除く魔法をかけてもらい、馬車に運ばれる。その時、ダリさんの近くを通った女性冒険者の叫びかが聞こえた。
「誰か!ダリの様子がおかしい!苦しそう!」
わたしは慌てて飛んでいく。
「ソルベさんは?」
とわたしは探すが、彼は他の冒険者の手当てをしていた。回復師だって限られている。呼ばれて離れてしまったのだろう。
わたしは自分の回復魔法なんてたかが知れていることを知っていても、とにかくダリさんに回復魔法をかけた。しかし、すでに腎臓の機能にも支障が起こり始めているだろう。心肺停止になるのも時間の問題かも知れない。
それでも、と必死に魔法をかけながら、女性に心臓マッサージをお願いした。ダリさんの顔色はどんどん悪くなる。わたしたちの様子に気づいた他の冒険者や、回復師が駆けつけてくる。
ダリさんの呼吸はどんどん浅くなっていく。
ダメ!頑張って!そう願っても、ダリさんの容態は悪くなる。慣れない回復魔法ももうすぐ切れてしまいそうだ。
どうしよう、どうしよう、わたしが死なせちゃう!わたしのせいだ!知らないうちに脂汗と涙で、顔が熱くなったり冷えたり。
気がつくと馬車の中で、左隣にスピカさん、右隣にレイトさんに挟まれ眠っていた。
夢?かな?
なんで、わたし2人に挟まれてるんだろう。
しばらくボーッとしていたら、
「セリちゃん、大丈夫?」
とスピカさんに声をかけられた。
それでも、目の焦点が合わない。
ジェットコースターに乗って目を回した時みたい。
いや、この感覚知っている。
前世で彼と赤ちゃんを失ったとき。
この世界で両親を失ったとき。
「ダリさん‥は?」
とわたしがつぶやくと、レイトさんが静かに首を横に振った。
連なる馬車の一台にダリさんのご遺体が乗せられている。ゼブラさんが付いているということだ。
わたしは何もできなかった。知識はあったのに。賢者の孫だなんて呼ばれて、少し浮かれてたのかな。
わたしは非力なんだ。前世の記憶はあったのに。新しいものを作って偉くなった気になっていたのかな。
気づくとまた涙で顔が歪んでしまった。
悔しい。知っていてもできないなんて、すっごく悔しい。
ダリさんには奥さんと、まだ小さい2人の子どもがいた。上の女の子は父親の死を理解したが、下の男の子はまだよくわからない様子で、ずっと目を覚さない父親の顔をペシペシと叩いていた。
葬儀の時は街の人、冒険者、ギルドの職員と、大勢がダリさんの最期を弔いに来た。そして、銀龍のメンバーが持つダリさんの棺は町外れの墓地に埋葬された。
本当なら弱い魔物が大量発生しただけの、簡単な依頼のはずだった。冒険者の家族になったからには、いつ命を落とすかわからない。そんな覚悟はあったかも知れないが、奥さんにとってはあまりにもやりきれない、予想外の出来事だったに違いない。
わたしがもっと上手く説明できれば。あの時、人まかせにしないでわたしがちゃんとついていれば。もう少し早く、瓦礫の下から助け出してあげられていたら。
誰もが思うことかも知れないけれど、悔しさと悲しさとが混ざり合って、家族や銀龍の仲間よりも、わたしがずっと大泣きしていた。
そんなわたしを、なぜかギルドの先輩ではなく、トリガーのメンバーが周りで支えてくれていた。
あの時は夢中で気づかなかったが、ダリさんの異変に気づいた女性冒険者は、トリガーのスピカさんだったらしい。よく覚えてないくらい夢中だったんだよ、とスピカさんに慰められたけれど、冷静さも失っていた、ということだ。
その後、今回の事件のこともあり大工職人さんや魔導具師さんたちは、前回の話し合いに加え、老朽化した建物についての問題も取り上げることになった。
というよりも、冒険者の喧嘩で窓が割れた件より、今回の廃屋敷の方が、大きな問題と捉えられたらしい。
今回のような老朽化し手入れされていない屋敷は、国の至るところにある。統治する領主がいなくなった場所。感染症の大流行で、住人がいなくなってしまった町や村。
こういった場所の建物をどうするか、そしてこれから建てていく家はどうしたら良いか、ということが話し合われた。
話の内容が大きくなるということで、サイレント侯爵も会議に参加することになった。
結果、会議はギルドではなく侯爵邸で行われることになり、大工職人さんたち貴族のマナーがわからない人たちは、ものすごーく気まずい雰囲気のまま参加した。
ジルさんの要請でわたしも出席、書記としてジルさんの隣に座ることになった。
国中の古い建物については、侯爵からさらに上の大臣たちの話し合いにあげられる、持ち主がいない場合は、建物を壊すことが決まった。
現在人が住んでいるところは、住人にこまめに破損箇所を直すよう、通告することになった。
問題は公的な建物の老朽化で、その中でも今回のような、大きな建物の場合だ。
わたしは、ダリさんの件では、たくさん後悔していることがあったので、今回は出し惜しみなく参加しようと意気込んでいた。
「古いレンガは新しくする、というのは当然だが。」
「ただ新しくしても、また何年か経ったら修理が必要になってはかなわない。」
「とにかく、崩れにくい建物を作ろう。」
専門家、と言われるアカデミアの先生も交えて、話し合いは続き、結果レンガや石の中に鉄の柱を入れることになった。
鉄筋コンクリートの始まりだね!
しかし、そこでわたしは待ったをかけた。
「ペンを6本貸してください。」
そうお願いすると、まず4本のペンを紐で括り付けて四角に囲った。
「このように4方向だけ柱を入れた場合、上から強い力を加えると、このように崩れてしまいます。」
そう言いながら、上に横たわったペンの上にノートを置いて潰した。
「しかし、筋交、つまり4隅を結んでクロス、×点になるようにさらに2本加えると、上からも、横からも力を加えても、崩れにくくなります。」
と、わたしは耐震構造の説明をした。
これも前世の家庭科の授業、住居で教えた話だ。このほかにも免震構造、制振構造。地震大国日本は平安時代から、耐震の研究があったのだ、
それを思い出すと、この国の城にある見張り塔や、教会の鐘のどうはどうなっているのだろう。
五重塔やスカイツリーのように、制振構造になっていないのだろうか。
「これから建物を建てたり、壁の補修をする人には、このように筋交を入れるようにすれば、れんがを積み上げるより、丈夫に長持ちするようになります。」
アカデミアの先生や大工職人という専門家がいようがかまわない。ダリさんの家族のような悲しい思いをする人はもう出したくない!
そう思ったわたしは、紙にわたしが知る限りの災害教育を披露してみせた。




