02. 知らない天井の正しい対処法
目を開けて、最初に思ったのは
「あ、終わったな」
だった。
次に思ったのは
「これ何ホテル?」
で、その次にようやく
「帰りたい」
だった。
⸻
見覚えのない天井。
カーテンの隙間から入る光だけがやけに現実的で、
昨日の記憶と全然噛み合ってない。
スマホはちゃんと充電されていて、水も置いてあって、人がいた形跡だけが残っている。
いるのにいないのが、一番面倒くさいやつだ。
ベッドから起き上がると、身体が重い。
別に痛いとかじゃない。
ただ、「あーあ」って感じの重さ。
こういうのに名前つけるなら、たぶん自己嫌悪ってやつだと思う。
テーブルの上にメモがある。
『水飲んでください』
丁寧すぎる字だった。
こういうのが一番こわい。優しさって、時々確実に効く。
私は水を飲んで、少しだけ息を吐いた。
記憶は途中からない。
バーにいたことまでは覚えている。
客とアフター行って、どこかで座って、そこから先は途切れている。
いつものやつだ。
「ほんと、何回やってんだろ」
声に出すと、少しだけ現実になる。
でも現実になったところで、どうにもならないのも知っている。
スマホを見た。
店のグループLINEはいつも通り動いている。
『出勤お願いします』
既読が並んでいるだけの世界。
私の昨日はそこに一切関係ない。
個人の通知が一件だけ残っていた。知らない名前。
『起きてますか』
指が一瞬止まる。
こういうの、普通は無視する。
いや、普通ってなんだろう。
この仕事やってる時点で普通はもうだいぶ手遅れだ。
とりあえずスマホを伏せる。
今は考えない。
考えると全部繋がる気がするから。
一つため息をついて、風呂場に行った。
蛇口を捻ると冷たい水が頭に落ちて、昨日と今日の境目を雑に切っていく。
こういうときだけ、水は優秀だと思う。
出勤の準備をしながら、鏡を見る。
顔はいつも通り。少しだけ目が死んでるのもいつも通り。
つまり正常。
「まあいいか」
一旦、考えるのをやめた。
なんかやたら美人だったな、ていうか女の子だった?と一瞬思ったけど、今更あれこれ考えても仕方ない。
誰に言うでもなく呟いて、ドアを開けた。
⸻
外は普通の昼だった。
夜の続きみたいな自分だけが、そこに浮いている。
そのまま店に向かう。
今日も仕事はあるし、客も来るし、昨日のことは誰も確認してこない。
ただひとつだけ。
頭の隅に、あのメモの字が残っている。
丁寧すぎるのが、逆に引っかかる。
それだけが、少しだけ面倒だった。




