第五話 コーデバトル1
「みなさんが静かになるまで五分しかかかりませんでした」
懇親会の一週間後、ミスコンのイベントのために僕たち六人と洋平はショッピングモールの前に集まっており、ダラダラと中身のない会話がちょうど途切れたタイミングで洋平はそう言った。
ちょっとずつ分かってきたことではあるけれど、洋平はたびたび大事な情報を伝え漏れる。今日僕たちがここに集まっている理由も、なんとなくイベントがあるくらいの事しか分かっていない。
集合時間は午後四時で、今は四時五分。くだらない話をしている間に気付けば四時を過ぎていた。
「お前が一番喋ってただろう」
丸が洋平にそう言う。
「そやで。ほんまは四時半に来てくれって言われてんねん。だから後二十五分暇やからもっと喋っててええで」
「時間管理ガバガバ過ぎない?」
アミリアがそう言う。
「大学生が時間通りに六人も集まると思わんやん。やから四時集合にしてんけど、何を律儀に時間通りに来てんねんお前らほんまに大学生か?」
こちらとしては言われた時間通りに来ているわけで、それで責められるとはこれほど理不尽なことはないだろう。
「遅れるよりはいいですけどね」と雪。
「ねえ、今日何するんですか?」
寝不足の木ノ葉はあくびをしながら言った。昨日は朝まで友達と遊んでいたらしい。それでも身だしなみはちゃんとしていて、さすがだなあと感心する。
「まあ、そうやな。時間あるし、軽く企画の説明するか」
洋平は時計を見ながらそう言うと、カバンの中から封筒を六枚取り出し、それぞれに手渡した。中を確認すると二万円が入っていた。
「今日はペアごとにコーデバトルをしてもらうことになってる。ここは利用客にうちの学生も多いやろ? その辺をターゲットにしたいんやと思うわ。最終的にはここの公式SNSに写真をアップしてもらって、一番反響の大きかった組が勝ちで、商品券が一万円分それぞれもらえんねんけど、まあ、二万円の服も貰えるから、どのみち得やな。まあ、詳しいことは後で担当のおばはんから話があると思うけど」
「お金が余ったら?」と木ノ葉。
「そりゃ回収するやろ」
「えーケチ」
「シビアやねん。ビジネスは」
洋平がそう言うと、木ノ葉は「ふーん」と口を尖らせた。
「全身って、どこまでですか?」
雪がそう言う。
「こっちも全身としか言われてへんけど、まあ、靴とかインナーは今着てるやつを使い回せそうならそれでええんちゃう? 気にせんと思うわ。そんな細かいところまで」
「ビジネスはシビアなんじゃないのかよ」
丸がそう言う。
「臨機応変やねん。ビジネスは」
「でも、使い回せるなら話は変わってこない? あらかじめおしゃれな服を着こんで来たら有利だったわ
けじゃん」とアミリア。
「でも二万円で本当に全身は難しくないですか?」と雪。
「ガバガバじゃん。なにこれ」
木ノ葉が笑ってそう言う。
「ええねん、その辺はもう適当で。ちゃっと選んでちゃっと撮影して終いや」
洋平がそう言うと、洋平の後ろの自動ドアが開いて煌びやかな装いをしたおばさまが現れ、
「あら洋平ちゃん。もうみんな来てたのね、早いじゃない。感心しちゃう」
と言った。洋平は少しギョッとした顔をした後に笑顔で振り返って、
「ああ、山川さん、いつもお世話になっております」
と深く頭を下げ、カバンの中からもたつきながら袋を取り出した。
「こちら、うちの大学で売ってる限定のどら焼きです。正直お渡しするのが恥ずかしいくらい本当に大したものではありませんが、是非ご賞味ください」
「ありがとう。別にいいのに」
山川さんは袋を受け取ると、中身を見ないで腕にぶら下げてクスっと笑った。
「洋平さん、全然キャラ違うね」
僕の耳元で木ノ葉がそう囁く。
「ね」と僕はただそういった。
「この方はここの広報を担当してらっしゃる山川さんです。皆さん、ご無礼の無いように」
態度から口調から、何から何まで洋平は違っていた。分からないが、いわゆる営業マンというものはこういった人種なのだろうと、洋平の行く末が少しだけ透けて見えたような気がした。
僕たち六人は「よろしくお願いします」と言いながら頭を下げた。
「あら、そんないいのに自由で。みんなまだ学生さんなんだから」
山川さんはまたくすっと笑う。
「いえ、とんでもございません」
洋平がそう言う。何がとんでもございませんなのか分からなかったけど、たぶん洋平は適当に言ってる。
「ちなみに私はこの子が一番タイプかも」
山川さんはそう言って安藤を指さした。
「ありがとうございます」
安藤は普通に礼を言った。
「こちら、うちの安藤というもので、まだ十八歳です。煮るなり焼くなり好きにしていただいて構いませんので、何卒、今後ともよろしくお願いします」
洋平は軽々と安藤を売った。年齢を言うのが生々しくて、枕営業の始まりを見たような気がした。
「あはは。私があと三十歳若かった良かったわね。まだ少し早いけど、もう始めちゃいましょうか」
山川さんはそう言うと再びモール内に入っていき、洋平も彼女に続いた。
「もし何かされたらいつでも言ってね。私があのババアと洋平を殺すから」
アミリアが安藤の肩に手を置いてそう言った。
「え、なんで?」
安藤が驚いた表情でそう言う。
「そうか、そうだった」
アミリアがそう言うと、僕たち六人も続いてモールの中に入っていった。
休日ということもあり、ショッピングモールは家族連れや若い学生で賑わっていた。
僕たちは人ごみを分けるようにモールの中心を抜け、エレベーターを上がり、関係者専用の扉からバックヤードへ入った。同じような扉が並んでいる従業員専用の廊下を進んでゆき、そのうち一つ、会議室と記載された表札の掲げられたの扉に僕たちは通された。
会議室には、大きな楕円形のテーブルがあり、十脚ほどのオフィスチェアがテーブルを囲う様に配置されていた。前面には真っ更のホワイトボードと、三〇インチほどのディスプレイがあった。
「はいじゃあ、皆さん改めて私、広報を担当しております山川と申します。よろしくお願いします」
山川さんはホワイトボードの前に立ち、胸元に手を当てて改めてそう挨拶した。
「一応こちらからも軽く、えー、そうですね、手前から、丸、安藤、秋野、そしてこっちが白鳥、桜田、で、萩原です」
それぞれ席に座った僕たちは、軽く会釈をした。
「みなさんお若くて、本当に羨ましいわあ。私もこう見えて若い頃はずいぶんべっぴんさんだったんだけれどもねえ。本当に、歳は取りたくないものね」
「いえいえ、今もお若いですよ」
洋平はいやらしい笑みを浮かべてそういう。
「やめてよ、もう、こんな綺麗な子たちの前でそんなの恥ずかしいじゃないのよ」
「そんなそんな、山川さんも変わりませんよ」
「変わらないって、そんな、肌だってもうたるんできたし、もうダメね。ダメダメ」
「そんなことありませんよ。スタイルも良くて、ファッションも素敵です」
「いえいえ」
「いやいや」
僕たちは、二人の会話を遠い目をしながら聞いていた。洋平が心の底から山川さんを褒めているのか、あくまでも取引先の相手の機嫌を損ねないために言っているのか甚だ疑問ではあったが、一体僕たちは何を聞かされているのだろうか。
「ほんま、もし若い山川さんがうちの大学におったら、我々も黙ってられませんよ」
洋平がヘラヘラとそう言うと、アミリアが深く溜息をついた。
「ごめんなさい、早く話を進めてもらっていいですか?」
「あら、そうよね。いけないいけない。私みたいなおばさんの若い頃の話なんて聞きたくないわよね」
山川さんは手を叩きながら、非常に明るくそう言う。
「いえ、そういうわけじゃないですけど、企画の詳しい話とかまだ聞いていないんで」とアミリア。
「そうね。じゃあ、今日の具体的な話をしましょうか」
山川さんはそう言うと、ホワイトボードに張り付けてあるペンを手に取った。
洋平は咎める様な目をアミリアに向けたが、アミリアは外国人みたいに肩をすくめて取り合わなかった。
「じゃあ、今日は若くて可愛い皆さんにそれぞれ二万円の予算で、コーディネートバトルをして欲しいの。インスタ映えね、インスタ映え。それで、うちはフロアごとに価格帯が違っていて、それぞれターゲットの客層も違っているんだけど」
山川さんはペンで建物のざっくりとした断面図をホワイトボードに描き、それを五つに区切る。
「一階は化粧品関連が多くて、それも比較的ハイブランドだから、どちらかと言えば学生さん向けじゃないくて、で、二階もハイブランドばっかりだからここも学生さん向けじゃない。だからメインはここね。三階と四階。ここは比較的安価で、学生さんにも手を出しやすいカジュアルブランドのテナントが多くて、だから、今日は皆さんに三階と四階のブランド限定でおしゃれな服を買って、うちを宣伝して欲しいの。ちなみに五階は全部レストランだからあんまり関係ないわね」
山川さんは、断面図の三階と四階の部分を赤い丸で大きく囲んだ。
「で、洋平ちゃんから男女ペアって聞いているから、テーマとしては休日のカップルっていうイメージで組んで欲しいの。ほら、私たちもファッションの最新情報は常に追いかけているつもりだけれど、今の若い子たちが本当にどんなファッションに興味があるのかっていうのも分からないじゃない? だらら、本当に欲しいと思ったものを買ってちょうだい。もちろん、企画が終わったらみんなが買った商品はそのままプレゼントするわ。いいでしょ? タダよ、タダ」
コーデバトルか、と僕は思った。僕はファッションには無頓着で、今日着ている服だって高校生の時から着ている服である。そんな僕が、さもおしゃれな大学生の代表であるかのように振舞うというのも滑稽な話である。
おそらく雪の方がよっぽどファッションに明るいと思われるので、できれば全部選らんでもらえやしないかと、そんな他力本願な思いだった。
「ほんで、終わったらあれやな。一応このショッピングモールの公式SNSにペアごとの写真をアップしてもらって、一番反響が大きかった組が晴れて商品券一万円分をゲット、って感じやな。もちろん、各人それぞれのアカウントでも投稿はしてもらうけれど。そんなもんやな。ですよね?」
洋平が山川さんに確認すると、彼女はニコニコしながら頷いた。
「質問がなければ、もう企画の方を始めるけど、どうや?」
「もし二万円を使いきれなかった場合はどうなりますか?」
そう尋ねたのは木ノ葉だった。
「まあそうね。なるべく使い切っては欲しいと思うけれど、そんなにぴったり使うのも難しいと思うし、余った分は好きにしてもらって結構よ」
山川さんは言う。
「え、話が違うじゃん」木ノ葉は咎める様に洋平を見た。
「ちゃうで、山川さんには返さへんけど、俺が回収すんねん」
「えー、ケチ」
「アホ、それで懐に入れてもうたら横領やろ」
「そうなの?」
「当たり前やんけ。大学のお金やねんから」と洋平は笑った。木ノ葉は口を尖らせて、あからさまに不満げな様子だった。
特にこれ以上質問はないということで、打ち合わせについては終了となり、僕たちは会議室をでてショッピングフロアに向かった。
服を買うなんていつ以来だろうか、と思い出してみるが数年前に母親に連れれられて行ったきりである。店員さんに心の中で馬鹿にされやしないだろうかと、僕は内心していた穏やかではなかった。




