第四話 カラオケとプラットホーム
懇親会の二次会はカラオケだった。
雪は一次会で帰宅したが、それ以外の五人は全員参加した。カラオケという場所は一人一人順番に歌っていくものだと思っていたけど、入室するや否や洋平が十曲ぐらいまとめて曲を入れた。誰もが知っているような曲ばかりで、とりあえず盛り上がった。僕も初めのうちはみんなと一緒に歌っていた。自分で歌う曲を決めるよりもなんとなくみんなの歌を聞いていて、知っている曲が流れれば僕も一緒に歌うくらいの感じは、すごく楽だった。
途中でトイレに行くために席を立った僕は、ついでに外に出た。蒸し暑くて酸素が薄いカラオケルームに長時間いると、頭が痛くなってくるような気がしたため、新鮮な空気を吸いたかった。
火照った体が外の空気に触れて、サウナから上がった後のような心地よさがあった。カラオケは思っていたより楽しいが、やはり僕はときおりこうして一人になりたくなってしまう性なのである。
「あれ、てっぺーじゃん。帰んの?」
横から声を掛けられて、見てみるとアミリアがカラオケの隣のコンビニで買ったであろうお酒をちょっとした段差に腰かけながら飲んでいた。そういえばアミリアが途中からいなかったかもしれない。十人以上の人がどんちゃん騒ぎをしている中で、誰があの部屋にいて誰がいなくなったかなんて誰も気にしてはいなかった。
「何してるんですか?」
僕はそう言う。
「私は帰んのかって聞いたんだけど」とアミリア。
「僕は何してるんですかって聞きました」
僕は面白半分でそう言った。
「クソガキかよ」
アミリアは少し笑ってそう言った。
「お酒、好きなんですね」
僕はもちろんお酒は飲まないし、飲んだこともないけれど、アミリアが今飲んでいる酒がいわゆる可愛らしいものではなくて、サラリーマンが晩酌で飲むようなものであることはなんとなく知っていた。
「ん、まあね」
「中で飲まないんですか?」
「私は静かなところでゆっくり飲みたいの」
「でもそんなところでお酒飲んでたらナンパされません?」
「まあ、される時もあるかもね」
「いいんですか?」
「別にナンパは悪いことではないでしょ」
「悪い人かもしれないじゃないですか」
「その時は投げ飛ばす」
「刃物持ってたらどうするんですか?」
「それはもうナンパじゃないと思うけど」
アミリアは笑いながら、手に持ったお酒を一口飲んだ。
「にしてもタチ悪いですね。綺麗な人が一人でお酒飲んでると思って話しかけたら背負い投げされるって。ほぼ罠じゃないですか」
「私は罠じゃないわよ」
「罠っていっても、いい意味で罠ですけどね」
「何よいい意味の罠って」
「害獣駆除です。アミリアさんに投げられた人はもう二度とナンパをしないと思うので」
「ナンパは悪くないって私言ったわよね?」
「そうなるとアミリアさんは悪い意味での罠になりますね」
「これ、何の話?」
アミリアは少し困惑して様子でそう言う。普段凛々しいアミリアの困った顔は少し角が取れていて、あどけない感じになる。
「いや、別に何の話もしてないですけど」
「何それ。殴っていい?」
「殴んないでくださいよ。ちゃんと背負い投げしてください」
「背負い投げならいいんだ」
「あんまり痛くないって聞いたことがあるんで」
「それは投げ方によるよ。試してみる? 痛い背負い投げ」
袖をまくりながらアミリアはそう言った。
「いや、やめておきます」
僕はかぶりを振った。
少しだけ、沈黙が生まれたが、それはいつもの気味の悪い沈黙ではなかった。何を言ってもいい気がするし、何も言わなくてもいいような、そんな沈黙だった。それはアミリアが僕にそれほど興味がないということが分かっているからだった。
アミリアは僕と喋っている時もほとんどスマホを見ていた。何を見ているのかは分からないけれど、僕は勝手に男と連絡をとっているものだと、断定に近い形で決めつけた。
「てか、てっぺーってなんでミスコン出たの?」
アミリアはそう言うと、一気にお酒を飲み干した。
「気になります?」
「だる。今ので興味なくなったわ」
アミリアが鋭くそういう。僕は少し調子に乗っていたのかもしれない。普段人と遊ぶことのない僕がこんな時間まで外にいるせいか、変な高揚感にかまけて少しばかり気が大きくなっていた。
「ごめんなさい。でも、そんなの気になります?」
「まあね。なんか、ミスコンぽくないから」
「イケてないってことですか?」
「イケてないというか、まあ、それはそうなんだけど、前に出るタイプにも見えないから」
「深い理由はないですよ。友達が欲しかっただけです。アミリアさんは?」
「私も別にかな。就職も決まってるし、暇だったから。雪ぐらいじゃない? ちゃんとした目標があってミスコン出てるのって」
「そう考えると、何だか情けないですね。みんなあまりやる気がないみたいで」
「そんなもんじゃない? それに、別にいいと思うし。変にバチバチするよりもみんなで雪を応援できた方が平和で楽しいじゃん」
「意外に平和主義なんですね」
「どういうイメージよ、私」
アミリアは笑ってそう言うと空き缶を振って中が空であることを確認してからコンビニのごみ箱に捨てた。
「じゃ、私戻るわ」
「はい。お疲れ様です」
僕はそう言った。「別に疲れてはいないけど」と言ってアミリアはカラオケに入っていった。
正直一時間くらいで帰ろうと思っていたけど想像以上に楽しくて、僕は終電近くまでカラオケに残っていた。楽しかったといっても歌うのが楽しかったというよりは、近くに座っていた丸と安藤と話しているのが想像以上に楽しかったのだった。安藤はやっぱり変な人だったけれど、話してみると不思議な愛嬌があった。丸は丸で、先輩にこんなことを言うのもどうかと思うけど、いい奴だった。
それでも、やはり僕は気が付けば距離を保ちながら話していた。きっと、これはもう僕の癖なのだと思う。誰もが誰も死ぬとはもちろん思ってはいないが、何があるかは分からないわけで、僕はあまり人に寄り掛かるような真似はしたくないのだろう。
「じゃあ、そろそろ終電なんで僕は帰りますね」
十二時を少し回った頃に、僕は帰り支度を始めた。テーブルに千円札を三枚置き、斜めかけのショルダーバッグを肩に掛けた。
終電というのは本当は嘘で、一時近くまで電車は運航している。だが、普段外で遊ばないせいか体力の限界を迎えていて、声はかすれ、まぶたが少しずつ重くなっているのを感じていた。
カラオケルームに入った頃こそみんな元気にはしゃぎまわっていたが、時間が経つにつれて少しずつ落ち着いてゆき、それに伴ってみんなが歌う曲もしっぽりとしたものに変わっていった。
そのため、今ならば誰に引き留められることもなく変えられると、そう踏んでいた。
「お前一人暮らしちゃうん?」
洋平がそう言う。
「そうですけど、隣の駅なんですよ」
「なんで隣駅に住んでんの?」
「なんとなくです」
「そうなんや。変な奴やな」
僕が大学の近くに居を構えなかった理由は友人の溜まり場になりたくなかったというのが一番だが、そんなことを心配しなくていいくらい僕には友達ができなかった。
「まって、うちも一緒に行く」
僕が財布からお金を抜いて、テーブルに置いたとき、木ノ葉がそう言った。
「どっち方面?」と僕。
「東京方面だよ。同じ?」
「そうだね」
「いいじゃん、じゃあ途中まで一緒に帰ろうよ」
木ノ葉は僕が置いたテーブルの三千円の上にお金を重ねた。一人暮らしをしている人たちに軽く手を挙げ、僕と木ノ葉はカラオケを出た。直前まで長時間カラオケにいたせいか、外に出ると耳がぼんやりとしていて夜の西千葉がいつもに増して静かに感じた。
「あー、疲れた」
カラオケから出ると、開口一番木ノ葉はそう言った。
「疲れたね」
僕はそう言う。
「歌い足りない」と木ノ葉。
「疲れたんじゃないの?」と僕。
「帰るのがめんどくさいの」
「帰るのがめんどくさいのか」
「お腹空いた」
「お腹空いたね」
木ノ葉は思ったことを全部口にした。
「みんな朝まで残るのかなあ。いいなあ、うちも一人暮らししたい」
「できないの?」
「うーん。一時間なら通えなくもないって」
「頼んでみたの?」
「うん。一生のお願いを使ったけどダメだった」
「娘の一生のお願いを聞かない親っているんだ」
「まあ、八回目の一生のお願いだったからね」
「そうなんだ。七回も何に使ったの」
「服とか」
「服か。それは無駄遣いしたね」
「ね。取っておけばよかった」
木ノ葉はそう言うと大きなあくびをした。みんなでいる時に成行で会話したことは何度かあったが、こうして木ノ葉と二人で話すのは初めだった。彼女と話していると、何だか親戚のおじさんのような気分になってくる。
「てか、さっき雪と何話してたの?」
木ノ葉がそう言う。
「何の話だろう。何の話もしてなかったよ」
「何それ、どういうこと?」
木ノ葉が歩きながらこちらを見る。
「どうもこうも、それ以外に言いようがないな。なんで?」
僕はそう聞いた。何の話もしていないどころか、僕はすでに雪とどんな話をしていたのかあまり覚えていなかった。
話を覚えていないということはよくあることで、事実、僕は弘樹と毎週のように話していたその内容を一つとして覚えていないのである。そう聞くと、僕がいかにも無情で、他人に興味を示さない人間であるかのように思えるが、少なくとも僕はそうではないと思っている。
僕たちは、その瞬間においては話に没頭し、実に真剣に話をしていたのだった。
「いや、さっき雪の家で三人で話してたんだけどさ、雪って今までに彼氏いたことないらしいよ」
木ノ葉はそう言いながら、改札にスマホをかざした。
「そうなんだ」
僕も木ノ葉に続いて改札の中に入る。
「意外じゃない? さすがに詳しくは聞けなかったんだけど、男の人が苦手とかなのかなって思ってたら普通にてっぺーと話してたからそういうわけでもないのかなって」
「わかんないけど、別に珍しいことではないんじゃない?」
「えー、だって雪だよ? 男の人って結局みんな雪みたいな人が好きじゃん?」
木ノ葉がプラットホームに登るエスカレーターのゴム製の手すりにもたれかかってそう言った。
「雪みたいな人って?」
「可愛くて、落ち着いてて、スタイル良くて、可愛くて、上品で、可愛い人」
木ノ葉がそう言う。
「可愛いしか聞こえなかったけど」
エスカレーターを登り終えると、プラットホームには僕たち以外に誰もいなかった。電光掲示板を見ると、電車まではあと十分ほど時間があった。
「そういえばフォロワ―増えたかな。見た?」
木ノ葉はそう言うと、ポケットからスマホを取り出した。
「いや、まだ見てない」
僕もスマホを取り出す。
「増えてるかなあ。なんか、ドキドキするね」と木ノ葉。
「ね」
あまりドキドキはしていなかったが、なんとなく木ノ葉に話を合わせた。
SNSを開いて僕のミスコンアカウントのフォロワーを見てみると、十八人だった。詳しく見てみると、全員がミスコンの関係者で、全くと言っていいくらいに誰にも見られていなかった。普通は落胆するところなのかもしれないが、ミスコンに出ていることをあまり知り合いに見られたくはなかっので、僕はちょっとだけホッとした。
「えー、全然増えてない」
木ノ葉がそう言う。見てみると、木ノ葉のミスコンアカウントのフォロワーは百二十人だった。
丸 龍太 48人
安藤 忠親 35人
萩原 鉄平 18人
桜田 アミリア 66人
秋野 木ノ葉 120人
白鳥 雪 342人
始まってからまだ数時間しか経っていないため、このフォロワーはそのまま実生活での友達の数に比例しているのだろう。
「雪、増えてるね」
木ノ葉がそう言う。雪のアカウントを見てみると、懇親会が終わってから今までの時間でもうすでに三件投稿していた。お世辞にもバズったとは言えないレベルの反響ではあったが、そこそこのリアクションはあり、すでに少し気持ち悪いコメントも散見された。
「多分雪は本気で勝ちに行ってるからね」と僕は言う。
「いいなあ。雪。可愛くて」
木ノ葉がそう言う。お前がそれを言うのか、とも思ったけれど、特に何も言わなかった。
「そういえば、木ノ葉ってなんでミスコン出たの?」
再び駅に向かって歩き始めた時、僕は木ノ葉にそう聞いた。
「うーん。まあ、なんとなくかな」
木ノ葉は難しい顔をする。
「まあ、そんなもんか」
僕がそう言うと、木ノ葉は「うーん」と少し考えた後、
「ねえ、てっぺーって好きな人いるの?」
と言った。
「いや、いないけど」
急に話が飛んだような気がして僕は少し困惑しながらそう言った。
「じゃあもしてっぺーに好きな人がいたとして、その人がミスコンに出てたら、気になる?」
木ノ葉の顔を見てみると、顔を赤くして少し俯いていた。
「え、嘘でしょ? そんなことある?」
僕はたぶんニヤケながらそう言った。好きな人に見てもらいたい、そんな理由でミスコンに出る人がいるなんて、想像もしたことがなかった。
「笑うな」
「健気すぎない?」
「うるさい」
「いいじゃん。可愛い写真たくさんアップしなよ」
「もー、最悪。言わなきゃよかった」
木ノ葉は手で顔を隠してそう言った。
「応援するよ」と僕。
「ほんとに? 言ったね?」
木ノ葉は手を少し下げて目だけを出してそう言った。
「え、うん。頑張れ」
「手伝ってくれるってことでいいんだよね?」
「何を?」
「色々」
木ノ葉がそう言う。何を手伝わさせるのか分からなかったけど、部外者の僕が手伝わされることなんてたかが知れていると思ったので、「まあ、いいけど」と言うと、木ノ葉は「えへへへ、ラッキー」と嬉しそうにした。僕はちょっと怖かった。
木ノ葉の好きな人が誰なのか、試しに聞いてみたが木ノ葉は教えてはくれなかった。どうせ僕の知らない人だろうから、僕はあまり深くは聞かずにいた。
プラットホームで電車を待っていると、木ノ葉がスマホを渡してきて「写真撮って」と言った。今の話を聞いた後だったので、無下にもできなかった。木ノ葉は椅子に座ったり、自動販売機にもたれかかったり、線路を覗き込んだりと色んなシチュエーションのポーズをとった。僕の写真の腕なのか、木ノ葉の被写体としてのポテンシャルかは分からないけど、夜のプラットホームで撮った木ノ葉の写真は少し物憂な様子で、いわゆるエモいものになった。二十枚くらい撮った写真のうち一番カッコよく撮れた一枚を木ノ葉はその場で投稿した。
翌日確認してみると、木ノ葉のフォロワーが少しだけ増えていた。




