第三話 ミスコン!!
僕は冷めたフライドポテトにたっぷりのケチャップをつけて口に運んだ。
中はボサボサで、外はしなしなとひどいものだった。どんな油で揚げているのか、ポテトの表面には茶色いカスがところどころについていて、それでも七〇〇円もするのだからいい根性をしている。
懇親会は、大学の最寄り駅周辺にある繁華街で行われた。参加したのは、出場者の六人のほか、ミスコンの実行委員が約十名ほどで、全部で十六人である。薄暗い店内には四人掛けのボックス席がいくつかあり、店内の一番奥まった場所にある団体客用の座敷席に僕たちは通された。座敷席も四人掛けのテーブルが等間隔で並べられており、掘りごたつになっているためテーブル同士をつなげることもできない。こうなると、必ず起きる問題がある。
飲み会が始まった時、僕のテーブルに座っているのは、雪、安藤、それから葛西という女性の実行委員の四人である。隣の席には木ノ葉とアミリア、丸と洋平の四人。言わずもがな、洋平のいる隣の卓は常に笑いの絶えない、賑やかな宴会場と化しており、僕の卓はイマイチ盛り上がりに欠けてしまう。
僕と雪は自分から発言するタイプではなく、安藤は発言をするもののイマイチ的を得ない。葛西が一生懸命皆に話を振るが、出身地や学部、サークルの話という定型的な話題からはみ出ることもない。その上、はみ出たとしてもたちまち安藤が潰してしまう。
飲み会が始まり、二十分ほど経つと、隣の卓の洋平がこちらの安藤に向かって、
「なあ、絶対に丸よりも俺の方が服装オシャレやんな?」
と問いかけた。
僕はその時初めて二人の服装に着目した。洋平は出会った時と同じ服装で、Tシャツにジージャンを羽織っていて、ネックレスにサングラスをぶら下げている。丸は、シンプルなストライプのシャツを着ていた。
「それはないです、絶対にないです」と木ノ葉が言うと、
「丸は筋肉があるだけやねん。同じ条件だったら絶対俺の方がオシャレやねん」と洋平が言う。
それに反応して、アミリア、丸、木ノ葉が同時にあれこれと言っていた。「筋肉もファッションの一つ」だの、「そもそも丸の方が身長が高いから洋平が勝てるわけがない」だの、非常に盛り上がっていた。もし話を振られたらなんて返そうか一生懸命考えていると、特に話を振られることもなく安藤がそのまま隣の卓に吸収されてしまい、僕たちの卓は一人減ってしまった。
しばらくは三人で話したり、スマホをいじったりしていたわけだが、八時になると葛西は他の実行委員が座る席に合流してしまった。八時半からミスコンの出場者全員が自己紹介文の投稿をするにあたって、色々と準備があるようだった。
雪と二人になった僕は、特に見るものもないスマホを触っていた。どんちゃん騒ぎが繰り広げられている隣の卓と対照的にこちらは会話ひとつないため、背中がムズムズした。
「そういえばさ」としばらくすると雪が口を開いた。「鉄平くんって、どうしてミスコンに出たの?」
僕はスマホから目を離し、雪を見た。目が合い、僕がなんて答えようか考えていると、雪が首を傾げたので、僕は視線を切って唐揚げを見た。
「特にないよ。洋平さんに頼まれただけだから」
「頼まれたの?」
「そうだけど」
「なんで?」
「さあ、知らない。洋平さんに聞いてよ」
「知らないんだ。変なの」
雪は両手でグラスを包み込むように持ちあげ、ウーロン茶を少しだけ飲む。
「変かな?」
「変だよ」
確かに、雪が疑問に思うのも無理はない。周りからどう見られているかは分からないが、少なくともミスコンに誘われて二つ返事で出場するようなタイプには思えないのだろう。
かといって、洋平がそこまで僕に固執する理由も分からない。僕は少し考えて、
「まあ、本当は友達が欲しかっただけだけどね」
と言った。これは洋平と食事をしている時に受けたアドバイスで、「てっぺーはむすっとしているからそういうことは素直に言った方が好感が持てる」というものを真に受けた結果である。
しかし、僕がそう言っている最中に、隣から笑い声が上がり、僕の声はかき消されてしまった。とりわけ木ノ葉の笑い声が大きく、彼女が笑えばやはり周囲の雰囲気がパッと明るくなる。僕はその陰にすっかり埋もれてしまったようだった。もう一度言言うかどうか迷ったが、二回も言えば必死過ぎて少し気味悪がられるような気がしたので言わなかった。
「アナウンサーになりたいんだって?」
僕はさっき聞きかじった、彼女について知っている唯一のカードを切った。
「うん。変?」
「いや、変じゃないよ。夢があるのはいいことだからね」
「一般論だね」
「うん。初対面の人には一般論を言うようにしているんだ」
「どうして?」
「変な人だと思われないようにだね」
「でもそれを言っちゃ意味ないんじゃない?」
「それを言わないと普通の人だと思われちゃうでしょ」
「普通の人だと思われたくないんじゃないの?」
「変な人だと思われたくないけれど、普通の人だとも思われたくないんだよ」
「そうなんだ。普通の人だね」と雪が言う。
「そうだね。みんなそう」
何の話をしていたんだっけ、そう考えるけれど思い出せない僕は別にたべたくもない唐揚げを食べた。薄い鶏肉にもったりとした衣で、口当たりも悪ければ味もぼんやりとしていた。
「そっか。じゃあ、鉄平くんはあまりやる気がないのか」
「勝つつもりがあるかないかと言われれば、ないね」
「そっか」
雪はぼんやりと口を開け、何かを言いかけたけれど、すぐに口をつぐんだ。
時計を見ると、八時二分だった。葛西が席を立ってから二分しか経っていないがもう話すことがなくなった。目の前に置いてある料理はどこをとっても手を伸ばしたいと思えるようなものではなかった。
スマホを手に取るが、誰から何かが来ているわけでもなく、見ていない間に世界のどこかで戦争が始まったわけでもなく、誰かかメッセージが来ているわけでもない。もちろん、あいつが生き返ったわけでもない。今の僕には、スマホを見る理由はないのでスマホを置いた。
雪はぼんやりと隣の卓を眺めていた。彼らの会話を盗み聞きして、ときおり微笑んだり、微笑まなかったりした。そして、彼女はやはりきれいな顔立ちをしていると思った。アナウンサーを志すだけのことはあるというか、彼女自身十分にそれを認識しているのだろう。
「あっち、混ざらなくていいの?」
僕は雪に尋ねる。
「私があっちに混ざったら、鉄平くんはどうするの?」
「その時はミスコンを辞退するよ」
そう言うと、雪は初めて笑った。冗談が通じた僕は少しだけ安心した。
「そんなこと言うなら、初めから出なければいいのに」
僕はあまり笑えなかった。
「正論だね」
「なに、本当に後悔しているの?」
「まあ、少しだけ、ね」
僕がそう言うと、雪はまた少しだけ口を開き、何かを押しこむように口をつぐむ。そして、ただ一言、
「そっか」
と言った。
「それ、口癖?」
と尋ねた。
「どれ?」
「そっか、って」
雪は会話の一つ一つを思い出しているのか、少しの間固まる。
「わかんない。初めて言われた」
雪は顔の半分で笑い、もう半分で困っていた。何とも言えない表情だった。口癖だとしても、そうじゃなかったとしても、僕にどうにかできる問題ではないのでただ何気なく「そっか」と言った。自分で言って、これは少し自信がないときに使う表現なんだと悟った。
会話が止まり、隣の卓を見ると洋平がこちらを見ていた。洋平はニヤニヤしながら立ち上がり、こちらの卓へ向かってきた。僕はこれから陽気な人間に食われてしまうのだろうと、観念に似たものを悟った。ライオンに狙われるシマウマの気持ちが今なら少しわかるような気がした。
「えらい仲良うなっとるやん」
洋平はそう言うと、僕の隣に座り唐揚げを一つつまんだ。その残った唐揚げは、僕と雪が互いに遠慮していたものだった。
「何しに来たんですか?」
「何やねん、来たらあかんかったか?」
洋平は少し含みを持たせてそう言った。
「いや、別にそういうわけじゃないですけど」
「ちなみに酒は飲んでへんやろな? 絶対あかんで、未成年飲酒。バレたら全部パーやで」
「飲んでないですよ」と僕。
「飲んでないです」と雪。
洋平は適当に見えるけれど、こういうところはすごくきっちりしている。
「そうか。ほんならええねんけど。んで、どうやねん。調子は」
「どうって、別に普通ですよ」
「普通やったらあかんやないかい。てっぺーの普通は一般の普通以下やねんから」
洋平は、良くも悪くもこういうことを平気で言う人間である。変に気を遣われるよりかはマシではあるけれど、思うところがないかと言われれば、またそれも微妙なところである。
「しかも長いこと雪ちゃんと喋って普通って、失礼な奴やで。なあ?」
と、雪同意を求めた。雪はちょうどウーロン茶を飲んでいたため目で軽く頷いた。たぶん、特に深い意味のない相槌。
「まあでも安心やわ。正直ここのペアが一番どう転がるかわからんかったんよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だいたい相性のいい人ってのは似ているか対照的かどっちかやねんな。でも、ここの二人に関してはそれがようわからんかってん。直感的にはいけそうな気すんねんけど、確証がない、みたいな。二人とも落ち着いているっていう面では似ている気もするし、けど、物事に取り組む姿勢と言うか、そうやな、例えば、雪ちゃんは募集が始まった瞬間に『ミスコン出たいです!』って一番最初に立候補してくれてんけど、てっぺーは一番最後やったわけだし。吉と出るか凶と出るか分からんかってん」
「なんか、そう言われると少し恥ずかしいですね」
確かにミスコンに立候補は考え方によってはだいぶ恥ずかしい。私は可愛いですと言っているようなもの、というか、そう言っている。
「ああ、すまん。それもそうか。でも、雪ちゃんは自分で可愛くないと思ってたら逆に嘘くさいからええんちゃうそれで」
洋平は笑ってそう言った。
「そうでしょうか。それはありがとうございます」
雪はそう言ってまたウーロン茶を飲んだ。
「ていうか、立候補もあるんですね」と僕。
「そうやで。昔は立候補が多かったらしいねんけど、今はスカウトと他薦が多いな。スカウトは俺がてっぺーにしたみたいに運営が直接声かけるみたいなパターンで、友達が運営に来て『こいつを是非ミスコンに!』みたいなのが他薦やな」
洋平がそう言う。僕は「へえ」と言った。
「雪ちゃんだけばらすのもあれやし、全員分話すと、雪ちゃんと安藤が立候補やな。アミリアが他薦で、てっぺーと木ノ葉がスカウト。丸は何やろうな、他薦っちゃ他薦だけどスカウトっちゃスカウト。微妙なとこやな」
「安藤って立候補なんですね」
「そうやねん。なんか、めっちゃ安藤って感じせえへん?」
「しますね」と僕は言う。「でも冷静に、よく僕をスカウトしようと思いましたね。他にもいっぱいいたでしょ。イケメンなんて」
「まあ、なんとなくバランスやな。安藤と丸はもう決まっててん。ほんで三人並べた時に、世界観の安藤と爽やかな丸がおって、その二人とキャラが被らん方がええやろ。だから根暗そうなてっぺーに最初声かけてんな。で、話してみて、な?」
雪がいる手前、洋平は大事な部分を言わずに目線で伝えた。余りにすらすら話すものだから僕の友人が死んだことまで話すのではないかと不安であったが、さすがにそこまで無神経ではないようだった。
「こんなこと言うたらあれやけど、別にてっぺーよりイケメンが他にいる分には問題ないねん。色んな異性の好みがあって最も多くの人の注目を集めようと思ったらやっぱりタイプは散らしたいねんな」
「消去法ですか」
「そうやな。それで言ったら木ノ葉もそうやで。美人のアミリアがおって、正統派の雪ちゃんがおったらあとは可愛い系の子が欲しいなって」
「私って、正統派だったんですね」
雪がぼそっと呟いた。
「そうやな。え、自覚なかってん?」
雪は首を傾げた。
「雪ちゃんは、なんていうかめっちゃミスコンぽいねん。ミスコン受けしそうな顔と性格やねん。だから、めっちゃありがたかったで立候補してくれた時。やっぱり男子よりも女子の方が百倍大事やからな。雪ちゃんが立候補してくれた時点で今年のミスコンは催し物としては勝ちが決まったようなもんやねん」
「言い過ぎじゃないですか?」
雪はそう言う。
「今のは言い過ぎやな。言い過ぎたけど、ちょっとしか言い過ぎじゃないで」
「まあ、洋平さんはすぐ話を盛りそうですもんね」と僕。
「そうやで。だから俺の話は信じたらあかんで」
洋平は笑いながら、隣の卓から持ってきたレモンサワーをぐびっと飲み干した。
そして、洋平が何かを言いかけたとき、葛西が洋平に駆け寄ってきて「八時十五分です」と言った。もうそんな時間か、と思い僕が時間を見ると八時十五分だった。
「ほんまに?」洋平はそう言うと時間を確認し、「八時十五分やんけ」と言った。
「写真、送られてきてる?」
洋平が僕と雪にそう言った。スマホを確認すると、運営の人から先ほど撮影した宣材写真が送られてきていた。白の背景で作り笑いを浮かべる自分が妙に気持ち悪くて、やっぱり僕は自分で自分がカッコいいとは思えなかった。
「来てます」と僕。雪は写真の写りをじっと見ていた。
「おし、ほな出場者全員集合!」
隣の席に座っていた四人がぞろぞろと立ち上がり、キョロキョロしながら洋平の周りに集まる。アミリアはすっかり顔が赤くなっていて、丸は声が少し大きくなっていた。
「時間やで。みんな写真は来てんな?」
「写真? 何それ」
素っ頓狂な声で木ノ葉が言った。
「スマホ開いて、ライン開け。運営から宣材写真送られて来てるはずやからそれを保存して、SNSにログインしろ」
「えー、なんかあんまり盛れてない」
木ノ葉は写真を確認すると、口を尖らせた
「ええから。お前は可愛い。だから早よせえもう時間ないねん」
洋平はそうあしらうと、他のメンバーの状況を確認し始める。
「あっそ。まあ、いいけど」
木ノ葉はそう言った。
「みんな早よせえよ、時間ないねんから」
「なんでいつも時間ギリギリなのよ」とアミリア。
「いいから。適当に自己紹介文入力したら写真添付して俺に見せろ」
洋平は突然僕たちをせっつくように、あれこれまくしたてる。あと五分早く言ってくれればもう少し余裕も持てただろうにと僕は思うが、事実として、スタッフの人が声を掛けてくれなければ僕だって時間に気が付いていなかったわけで、そんなものに洋平が気が付くはずなどないのだ。
「自己紹介文何がいいかなあ」と木ノ葉。
「何でもええ。ミスコン頑張りますよろしくお願いしますって言っとけ」と洋平。
「デザイン宣伝していい?」と安藤。
「まだ早いやろ」と洋平。
「スペイン語でもいい?」とアミリア。
「あかん」と洋平。
僕も自己紹介文を考え始めるが、これがまた難しい。書くことがないからと言ってあまりにそっけないと変に目立ってしまうだろうし、かといって色々と書き込むのも少し恥ずかしい。そう思い、ただひたすらに無難な言葉を書き連ねていった。
皆があれこれ言っていると、丸が画面を洋平に向けた。
「これでいい?」
洋平は丸のスマホの画面を凝視した。そして、文章を音読するように、「『この度ミスターコンテストに出場することになりました経済学部三年生の丸龍太です僕の中ではミスコンは関係ないと思っていましたがお話を頂いて挑戦することにしました短い大学生活の中で少しでもいい思い出を作れる・・・』いや、長いな。長いけど、まあ、ええわそれで。八時半まで待っててな」
次に雪が見せた。「めっちゃええやん」と洋平は言った。
僕も入力したものを洋平に見せた。「AIが考えた文章みたいやな」と言われた。
洋平が全員分のチェックを終えた時にはもうすでに八時二十八分だった。
「もうちょっと待ってな」
洋平はそう言いながら、スマホの画面をじっと見つめた。
八時二十九分。あと一分でミスコンが始まる。そう思うと、急に心臓の鼓動が強くなるのを感じた。焦りと不安が込み上げてきて、落ち着こうと思い深呼吸すると突然自分を客観視してしまった。やはり、僕にはこの状況がまだうまく呑み込めていなかった。
友人が死んだのはつい二年前である。大学には来ものの、僕の中ではは時間が止まったまま、何も変わってはいない。にもかかわらず、僕は今、突然ミスコンの中に放り込まれようとしているのだ。自分が一体何をしているのか分からなくなる。ミスコンというキラキラしていると思っていた世界に自分がいることが信じられない。
そして、二十九の文字が三十に変わった。
「よし、行け!」
洋平の掛け声に合わせて、僕は「ポスト」のボタンを押して自分の写真を投げるように投稿した。プウォッと音がして、僕の写真がタイムラインに現れた。更新すると、知らぬ間に相互フォロー状態になっていた他の五人の投稿も表示された。
「よっしゃ、ミスコンスタート!」
洋平がそう言った。不思議とバー全体が拍手に包まれた。
僕は不思議な高揚感に包まれていた。
大学生になる前に、まさか自分がミスコンに参加するなど夢にも思っていなかった。ああ、もう後戻りができないところまで来てしまったと、そう思った。




