第十一話 ストーキング開始
朝起きると世界が変わっていた。
といっても、僕の世界は何も変わっていなくて、変わったのは雪の世界だった。
僕はショッピングモールで、白いワンピースを着た雪と、黒いワンピースを着た雪を撮影した。白の方はいつもの清らかで透明感のある佇まい写っていて、黒い方は少しいたずらな表情を浮かべていた。その二枚を並べ、「どっちが好き?」と投稿したものが、知らないうちにバズっていて、雪のフォロワーが三万人を超えていた。毎日確認していたわけではないとはいえ、最後に見た時は二千人程度だったため、僕はまず、自分の目を疑い、次はアプリケーションの不具合を疑い、木ノ葉から「雪、バズったね」という連絡を受けて本当の出来事だと確信した。
黒のワンピースを着た写真を撮った時に、雪は恥ずかしそうな顔をしていたため、こんな投稿をするのはさぞかし恥ずかしかったことだろうと思った。投稿ボタンを押そうとしては指をひっこめるを繰り返す雪が簡単に想像できた。他人事だけど、雪の頑張りが少し報われたような気がして僕は少し嬉しかったし、なんならその写真を撮ったのは僕なんだと、少し自慢げな気持ちにもなっていた。
雪がバズったことにより、ミスコン自体の認知度も引き上げられ、六人全員のフォロワーが底上げされていた。僕のフォロワーも十倍の九百人を超えていて、千人に迫ろうかという勢いだった。ちなみに、木ノ葉のプライベートアカウントのフォロワーが千人ちょい。要するに、僕はまだ一般人の域を出ていない。
時間を見ると、十一時だった。本来、今日は二限のみだが、休講の連絡が三日前に入っていた。そのため、いつもであればもう一度寝るところだが、「今日十二時に語らいの森ね」と木ノ葉からメッセージが来ていたため、仕方なく着替えて外に出た。時間割を木ノ葉に横流しして、後は木ノ葉が自分でやるのかと思いきや、そういうことでもなさそうだ。
曰く、僕と木ノ葉がばったり大学内で会って一緒にお昼ご飯を食べに行こうとしていたところ、ばったりと洋平にも出会ってしまい、ついでに洋平も誘ってご飯に行く、という筋書きらしい。
昨日の今日で僕と洋平がばったり出会い、たまたま横に木ノ葉もいるなんていうのはもうそういうこととしか思えないように感じるが、別に僕がとやかく言うことでもないし、木ノ葉の好きにしたらいいと思う。
十二時より少し早めに語らいの森に着くと、木ノ葉はすでに石でできた椅子に座って待っていた。木ノ葉が来ているグレーのチャンピオンのスエットがあまりにもぶかぶかで、黒いショートパンツが完全に隠れていた。遠くから見ると、下半身が裸に見える。
木ノ葉は髪の毛を頭の上でお団子結びにしていて、つるつるのおでこが全部見えていた。木ノ葉の顔の小さと、目の大きさがより際立っている。
僕が木ノ葉の頭を見ていると、木ノ葉は手でお団子を隠した。
「やっぱ変かな」
恥ずかしそうにそう言う。
「いいんじゃない?」
「じゃあ可愛い?」
「それは後で洋平さんに聞いたら?」
時間割によると、洋平は今、総合校舎のB3棟で経営学の授業を受けている。終わり時間を見計らって、僕たちは総合校舎に向けて歩き始めた。キャンパス内を歩いていると、今までは感じなかった視線が初めて気になった。
「なんか、すごく見られてる感じしない?」
お団子を隠したまま歩く木ノ葉はそう言う。
「まあ、良くも悪くも雪のせいだろうね」
昨日の今日で、僕たちの大学内での知名度も少し上がったのだろう。
「雪、大人しそうに見えて結構あざとい投稿するんだね。ちょっとびっくりした」
木ノ葉はそう言と、少しハッとした表情をして、
「今の、感じ悪かったかな」
と言った。
「何が?」
「いや、全然そんなつもりはなかったけど、バカにしてるように聞こえなかった?」
難しいところである。ミスコンというものを傍から見たときに、うすら寒さを帯びていることは僕も認識している。ルックスを着そうという建付けである以上、けなせば醜い嫉妬のように映るし、褒めれば皮肉に聞こえる。どれだけフラットな気持ちで言っていたとしても、どこか含みがあるように思えてしまうのである。
「まあ、正直ちょっとそう聞こえた」
「雪、アナウンサーになるために頑張ってるもんね」
「今のもちょっと際どいかも」
僕がそう言うと、木ノ葉は「うーん」と考えた。
「なんて言えば嫌味な感じがしないかな?」
「どうだろうね。たぶん、どんな言い方をしてもちょっと嫌味っぽく聞こえるよ」
「でも、絶対そういうこと言ってる人いるよね」
「まあ、だろうね。だから、別にお団子ヘアーなんて恥ずかしくないよ」
僕がそう言うと、木ノ葉は頭から手を離した。
「まあ、最終的には雪が勝つだろうし、私はこんな感じでいいや」
木ノ葉が動くたびに頭の上のお団子がプリプリと動くのが少し面白かった。
総合校舎に着いた僕たちは、校舎に囲まれた緑豊かな中庭のベンチに座り、二限が終わるのを待っていた。木ノ葉は少し緊張した面持ちで綺麗な足をブラブラさせていた。
ふと、ずいぶん木ノ葉と仲良くなっていることに気が付いた。ハッキリ言って、木ノ葉はすごく可愛い。でも、僕は木ノ葉を異性として全く意識していない。だからこそ、普通に話せるし、別に話さなくてもいい。それに木ノ葉は何を考えてるかが比較的わかりやすいため、発言の裏を読むようなこともない。きっと、木ノ葉の人としての一番の魅力なのではないだろうかと、そんな風に思った。
十二時を少し過ぎると、B3講義室の重たいドアが開く音がして、僕と木ノ葉は同時に振り返った。講義室から出てくる大量の学生一人一人の顔を僕はしっかり確認するが、洋平は見つからない。僕の後ろに隠れた木ノ葉は、僕のシャツの裾を思い切り引っ張っぱりながら、顔を覗かせて見ていた。
「あ、いた」
木ノ葉がそう言い、まだ見つけていなかった僕は洋平を探そうとしたが、木ノ葉は僕の腕を思い切り引
っ張って植物の茂みに隠れた。僕はその拍子にひっくり返ってしまい、仰向けに茂みの中に倒れた。
「みた?」
木ノ葉はしゃがみながらそう言う。
「いや、まだ」
「女の人といた」
「まあ、そういうこともあるでしょ」
「彼女かな」
「いないって言ってたけどね」
僕がそう言うと、木ノ葉は少し考えた後、
「よし、追いかけよう」
と言った。
「どこまで?」
「あの女と洋平さんの関係性が分かるところまで」
「答えになってないけど」
僕は起き上がり、体に着いた土や葉っぱを払い落とした。
僕たちは、洋平の二十メートル後ろくらいを歩いていた。総合校舎から大学生協までの道は授業終わりの学生でごった返していたが、比較的背の高い洋平は、ありがたいことにバケットハットを被っていたため、遠くからでもよく分かった。
「どこ行くんだろうね」
「一緒に昼ごはん食べるんじゃない?」
「えー、じゃあ彼女じゃん」
「そうとは限らないだろ」
一応僕と木ノ葉はミスコンに出ている。そのため、人ごみを歩くと、特に木ノ葉はよく顔を指していて、ついでに僕も顔を指した。もちろん直接何かを言われることはなかったが、なんとなく視線で分かる。僕はそれが居た堪れなかったが、木ノ葉は洋平のから一切目を離さずに、もっと言うと瞬きすら忘れる勢いで追いかけていた。
「女の人、顔見た?」
木ノ葉が真っすぐ前を見ながらそう言う。
「いや、見てない」
「可愛かった?」
「だから見てないんだって」
洋平の隣を歩く女性は、ジーパンにTシャツをインしている。正直言って、これといった特徴はない。一度人ごみに紛れてしまえば、すぐに群衆の中に埋もれてしまいそうだった。
洋平は図書館の前を通り過ぎ、語らいの森も通り過ぎると、工学部棟の前の道を西千葉駅に向かって歩いて行った。西千葉駅を抜けた反対側には飲食店がたくさんある。そのため、この道も昼休みの時間になると相当混み合う。洋平はそのエリアに行くと僕は踏んでいた。
離れすぎると見失う恐れがあったので、僕たちは距離を縮めた。
「どこ行くんだろう」
「知らないって」
「やっぱり彼女なのかな」
木ノ葉は気づいていないかもしれないけれど、さっきから同じ話しかしていない。木ノ葉は思っていることが口から出てくるタイプなため、同じことしか考えていないのだろう。
「でも、絶対女の人は洋平さんのこと狙ってるよね」
何がでもなのか分からなかったが、それは今はいいだろう。
「そうかなあ。考えすぎだと思うけど」
「私、考えすぎると視野が狭くなっちゃうタイプなんだよね」
「それはよくわかる」
「視野が狭くなってたら教えて」
「ずいぶん前から視野が狭くなっているよ」
「でも、視野が狭くなってるときって言われても分からないんだよね」
「じゃあ、聞かないでよ」
千葉大学の南門を出たところにある信号が赤に変わり、大量の学生が足止めを食らう。洋平と女性も話しながら信号が青に変わるのを待っており、その隙に、木ノ葉はぐるっと回り込んで女性の顔を確認すると、なぜかつま先立ちで、足音を立てないように戻ってきた。周囲は相当騒がしいため、何の意味もない。
「その歩き方、逆に目立つよ」
戻ってきた木ノ葉に僕はそう言う。
「女の人、ミスコンの運営の人だった」
木ノ葉がそう言った。
「名前は?」
「葛西さん、かな? でも、懇親会にいたと思う。彼女なのかな」
「多分その時同じ卓だったわ」
僕と安藤、雪というコミュニケーションに何らかの問題を持った人たちと同じ卓になり、一生懸命盛り上げようとするけれども上手くいかなかず、結局それほど話したわけでもない。
「へえ、どんな人?」
「あんまり覚えてないけど、いい人だよ」
「私より?」
「木ノ葉の方がいい人だよ」
「私、いい人って言われるの好きじゃないんだよね」
「大丈夫だよ。木ノ葉はいい人じゃないから」
「どっちさ」
木ノ葉は僕の脇腹を軽く小突いた。
「ミスコンの運営ならちょうどいいじゃん。声かけてきなよ」
「いや、それじゃ彼女かどうかわかんないじゃん。ここは泳がせておいて、二人でどこに行くかを確認したほうが良いと思う」
木ノ葉はそう言った。
「まあ、確かにね」
「それか、てっぺーが話しかけてきなよ。そして付き合っているのか聞いてきてよ」
「いきなり聞くの? 洋平さんじゃあるまいし、そんなデリカシーないことできないよ」
西千葉駅に入った洋平は、飲食街には向かわずにそのまま改札を抜けてプラットホームへと上がって行った。駅の中を抜けていくと思っていた僕は少し驚いた。
「洋平さんって一人暮らしだよね?」
木ノ葉がそう言う。
「確かそうのはず」
「じゃあ、何故電車に乗る?」
僕もこれは解せなかった。
「洋平さんって今日何限まで?」
「四限」
当たり前みたいに木ノ葉はいった。木ノ葉はたぶん洋平の時間割を全部暗記している。
「え、追いかけるよね?」
と木ノ葉は言う。
「もちろん」
僕はちょっと楽しくなっていた。
プラットホームに上がると、洋平とその女性は、キオスクで軽食をい、千葉行きの電車を待った。僕と木ノ葉は二両分くらい離れた場所で待った。
千葉行きの中央総武線がやってくると、僕たちは洋平と同じ車両に、隣のドアから乗り込み、車両の一番隅に座って二人を観察した。
「千葉に行くのかな」
木ノ葉は洋平を観察しながらそう言った。千葉駅周辺はかなり栄えている。そのため、千葉大生が遊び
に行くといったらまず千葉駅が真っ先に浮かぶ。はず。
「そうじゃない?」
「三限は?」
「サボり・・・じゃない?」
僕がそう言うと、木ノ葉は少しムッとした表情になる。
「授業サボって女とデートとか、クズじゃん」
木ノ葉はそう言う。少し言い過ぎているように思えた。イメージだが、洋平は要領よく生きているタイプだと思うので、出席日数がぎりぎりになるまで休みを使いそうな感じがする。
ゆっくりと電車が動き始めると、体が大きく揺れて僕は座りながら縦の手すりにつかまった。ちょうど日差しが背中に差していて、じっとりと汗をかき始めた。
木ノ葉は顔色一つ変えずにじっと二人を遠巻きに見つめていた。
千葉駅の八番線に電車が止まった。洋平は、電車を降りると改札を出て街に繰り出すと思いきや、六番線のプラット―ホームに降りて行った。外房線の君津行き。外房線は、房総半島を横断し、文字通り房総半島の外側、太平洋沿いを走る線で、千葉が地元ではない僕にとっては全く馴染みがない。千葉駅よりも先には大学生が遊ぶ場所はない。僕の中では、中央総武線の終点である千葉駅までが千葉県で、それより先は全部ピーナッツ畑だ。そんな場所に、洋平は女を連れて行こうとしている。
「まじで、どこに行くの?」
木ノ葉が困惑してそう言う。
「外房線って何があるんだ?」
「知らない。使ったことない」
木ノ葉がそう言う。僕も木ノ葉も首を傾げながら洋平に着いて行った。
「女の人の実家に行くのかな」
僕はそう言う。
「そういう感じ?」
木ノ葉は落ち着いた口調でそう言った。
「適当に言っただけだけど」
「もしそうなら洋平さん殺す。彼女いるのに可愛いとか言うなって感じ」
木ノ葉は怒っているというよりは、少ししょげている感じだった。
とは言いつつも、やはりどこに行くのか気になって仕方がないので、僕たちは洋平の後を追って外房線に乗った。窓から外を見ると、大きな街ばかりを通る中央総武線とは違い、寂れた街が多い印象だった。高い建物はどんどんなくなってゆき、住宅地ばかりの退屈な風景が続いた。車内もガラガラで、座席の緑色が目立っていた。
「あの二人、仲良いね」
木ノ葉はぼそっとそう言った。
「でも、洋平さん彼女いないって言ってたけどな」
「じゃあなに、セフレってこと?」
「それはまあ、なくもない、のかな?」
「洋平さんってそういう感じ?」
木ノ葉は実に不安そうな表情で僕に尋ねる。そんなことないよ、と言えば済む話だが、実際のところは分からない。僕は洋平とそれなりに仲はいいし、個人的な話もずいぶんとしたけれど、底の部分では洋平の人間性をまだつかみ切れていない。
「まあでも、葛西さんにチャンスがあるなら木ノ葉にもあるよ」
僕がそう言うと、木ノ葉は僕を睨みつけた。自分で言ってから、ずいぶんと無神経なことを言ったと思った。
「ミスコンなんか出なきゃよかった」
木ノ葉ははあとため息を付き、頭を銀の手すりにもたれた。
木ノ葉はみるみるテンションが下がってゆく。心なしか頭の上のお団子もお昼ほど活き活きとしていないように思えた。
「まあ、そんなこと言うなよ」
僕はそう言った。自分でもびっくりするくらい適当なことを言った。
「言うよ。だって、バカみたいじゃん」
「まあ、正直バカみたいではある」
僕はそう言った。木ノ葉を挑発して元気を出してもらおうと思って言ったが、木ノ葉は「うー」と、普通に凹んでしまった。




