揺れる心
昨日の一件以来、スゥとはうまく話せていない。
正直なところ何と声をかけていいのか分からなかった。
そんな中でも、王都での結婚式の準備は着々と進んでいた。式の舞台となる大聖堂では彫刻師たちが祭壇を磨き、庭園では職人たちが季節の花を丁寧に植え替えている。そして今、ユーリとその花嫁たちは、王宮の一角に設けられた特別室に集まり、もっとも重要な「衣装選び」という儀式に臨んでいた。
部屋の中は、まるで花の館だった。天井から下がるシャンデリアが虹のような光を反射し、絹やレース、金糸で縫い上げられたドレスが並ぶ棚は、まるで花畑のように色とりどりだった。純白のウェディングドレスはもちろん、宝石のように煌めく深紅、深緑、瑠璃色のドレスが所狭しと並んでいる。
「リディア、これどう思う?」
アリアが手に取ったのは、光沢のある鮮やかな赤のドレスだった。胸元には金の刺繍が施され、スカートの裾には繊細なレースが流れるように縫い込まれている。炎のような強さと華やかさを感じさせるその一着を、アリアは自分の胸元にあてがって、くるりと一回転して見せた。
「うーん、アリアには似合うと思うわ。肌の色が明るいし、そのくらい大胆な色も引き立つ。でも……少し派手すぎるかも。王族や貴族が集まる式だし、少し抑えた色の方が無難かもね」
リディアはアリアの表情を読み取りながら、慎重に言葉を選んで答える。だがその眼差しは、どこか優しく、アリアの個性を尊重しようとしていた。
アリアはそんなリディアの言葉に、くすっと笑って赤いドレスを抱きしめる。
「じゃあ、これに決めた! だって、せっかくの結婚式なんだよ? 地味なのは私らしくないし、華やかにいきたいなって思ってたの」
「……派手でも、アリアが満足なら、それでいいわ」
リディアは軽く肩をすくめて微笑むと、今度は自分の番だとばかりに棚に近づき、一着のドレスを手に取った。
「次は私ね」
リディアが手にしたのは、エメラルドグリーンのドレスだった。色合いは落ち着いていながらも、胸元には淡い金糸で編まれた炎の紋様が浮かび上がり、彼女の強さと気品をそのまま形にしたような一着だった。スカートの広がりは抑えめで、戦士としての凛とした姿勢を思わせる。
「リディアには完璧だね。なんか……“女王”って感じがする」
アリアが感嘆したように言うと、リディアは少し照れ臭そうに頬をかいた。
「そ、そんな大げさな……けど、ありがと」
そのやり取りの傍らで、スゥは黙って立っていた。
紫の髪は陽の光を受けてかすかに輝き、褐色の肌には繊細な陰影が落ちている。彼女の小さな角は、まるで自らを守る殻のように見えた。距離を置いて立つその姿には、「私はここにいていいのだろうか」という、どこか所在なげな気配があった。
「スゥ、どうしたんだ?」
それに気づいたユーリが、そっと声をかけた。
スゥははっとしたように目を伏せると、ほんの一瞬だけ視線を交わし、すぐに顔をそらす。
「……別に、大丈夫」
声は小さく、けれどその奥に隠された緊張や気遣いが、ユーリにはよく分かった。彼女がまだこの空間に“完全に馴染めていない”ことを。俺に対しても態度を決められないでいるみたいだった。
「気になるなら、無理しなくてもいい。少し休んでも──」
「……大丈夫だよ。そんなに気にしてない、から」
スゥは言いながら、自分の言葉に嘘が混じっていることを自覚していた。けれど、ここで“弱さ”を見せることが怖かった。迷惑をかけたくない。ユーリに心配されたくない。信じ切る事が出来ないでいる。それでも──ほんの少しだけ、一緒にいたい。
「それなら、ドレス選びも一緒にしようよ」
ふわっとした明るい声が、その場の空気をやさしく変えた。アリアだった。
「せっかくだし、選ばなきゃ損だよ? 絶対に似合うと思うもん、スゥは」
そう言って、アリアはスゥの手を軽く引いた。拒む間もなく、けれどその手はあたたかく、スゥは小さく「えっ……」と声を漏らして立ち尽くす。
「ほら、早く早く!」
「あ、あの……私は……」
「ううん、選んで。だって、スゥはもう家族なんだから、式にももちろん参列してもらうつもりですよ。綺麗なドレスを用意しないとね」
その一言に、スゥの目が大きく見開かれた。
「……わたし、が……ドレス?」
家族。その言葉が、自分に向けられたことが、信じられなかった。けれど、アリアの瞳はまっすぐで、からかいなど微塵もない。その誠実な笑顔が、スゥの胸の奥に小さな火を灯した。
* * *
鏡の前に立つと、スゥはおずおずと視線をあげた。選んだのは、青のグラデーションが美しいシフォン素材のドレス。肩にかかる薄布が風のように揺れ、裾には銀の糸で小さな星が縫い込まれていた。
「……どう、かな……」
その声は消え入りそうに小さかったが、確かにそこには「認めてほしい」という小さな願いが込められていた。
「すごく、綺麗だよ!」
「うん、青がこんなに映えるなんて……スゥ、すごく似合ってる!」
アリアとリディアが口々に褒めると、スゥは思わず顔をそむける。
「……そんな……うるさい……」
言葉とは裏腹に、その頬はほんのり紅を差し、指先は裾をきゅっと握りしめていた。
「うるさくなんてないよ。素直に、可愛いって言ってるの。だって、本当に……」
アリアの言葉に、スゥは小さく目を伏せ、しばらくしてぽつりと呟いた。
「……ありがとう」
それは小さな声だったけれど、はっきりと聞こえた。リディアも静かに頷き、そして微笑んだ。
ユーリが一歩近づいて、優しく尋ねる。
「どうする? もう少し他のも見てみる?」
「……ううん。これがいい。これが……いいの」
その顔には、ほんのりと笑みが浮かんでいた。ぎこちなく、でも確かに幸福の匂いを感じさせる笑顔だった。
「決まりだね!」
アリアがぱんっと手を叩くと、部屋の空気が一気に華やぐ。スゥはその中心に、まだ馴染めないながらも確かにいた。
* * *
ドレスを脱いだ後、スゥはそっと部屋を抜け出した。
「ちょっとだけ、ひとりになりたい……」
王宮の回廊を歩きながら、スゥは息を吐いた。誰もいない空間で、自分の心を静かに整えたかったのだ。
「ちょっとユーリ(兄様)こっちに来て、説明してくれる?今日は朝からスゥの態度がおかしいと思うのよ、悩んでるっていうか…ユーリに近づかないようにしてるように見える」
ユーリは少し考えると
「今はうまく説明できないけど、昨日ちょっとスゥと…ね。」
リディアは軽くため息をつくと
「いいわ。それ以上は聴かないでおいてあげる。今日は私達にまかせなさい。私たちもスゥの家族なんだもの、こんな時は元気付けてあげなきゃね」
「悪い…俺は考え事ついでに街の見回りでもしてくるよ。さっき詰所に寄ったらキメラが出てるって話を聞いたんだ、何もないといいんだけど」
そういって足早に去っていくユーリ。
「もう、すごくへこんじゃって…。分かりやす過ぎるのよ、あんたは。」




