王都にて不穏の兆し
「王都って、やっぱり賑やかね」
リディアが窓から身を乗り出すようにして、目を輝かせながら言う。あまりにも懐かしいその景色に、心が躍るのがわかる。
「学園にいた頃と変わってないな。鐘の音も、屋台のにおいも」
ユーリが穏やかに答え、アリアも小さく笑った。
「ちょっと懐かしいです。昔、学園の帰りに寄った時と同じ空気がします」
「ふうん…、私…初めて…」
スゥがぼそっとつぶやく。フードの奥から見える紫色の瞳が、静かに周囲を観察している。
彼女のその表情に、少しの緊張と、不安が見え隠れしていた。
王都の人々が彼女に向ける視線には、明らかな好奇心があるのがわかる。
紫の髪、褐色の肌、小さな角。目立つのは仕方ない。しかし、誰も口に出して何かを言うわけではない。ただ少し距離を置いて通り過ぎる――そんな微妙な空気が流れていた。
「……見られてる」
スゥは小さく、でも確かにそのことを感じ取っていた。
「気にしなくていいよ。魔族の子を初めて見たんだろうね。ちょっと驚いてるんだよ」
ユーリがそう言うと、スゥはフードの影からちらりと彼を見た。
その視線は、まるで何かを隠すような、でも少しだけ安心を求めるようなものだった。
「…慣れてる。…平気」
「それ、あんまり平気そうな顔じゃないんだけど?」
リディアが、少しだけ意地悪く言い返すと、スゥは視線を逸らし、ぷいっとそっぽを向いた。
その態度が、どうしても可愛らしく見えてしまう。
「リディアさん、からかっちゃだめですよ。スゥさん、嫌だったらちゃんと言ってくださいね」
アリアが優しく声をかける。その声は、まるでスゥを気遣うような温かさを含んでいた。
スゥは少し黙り込んだ後、ようやく頷いた。
「……うるさいのは嫌。でも……からかわれるのは、別に」
「なんだ、意外と乗り気じゃない」
「そういうんじゃない」
スゥの口元が、ほんの少しだけゆるんだ。その一瞬を見逃さなかったリディアが、心の中で思わず微笑む。
無表情でクールな態度の裏には、少しずつ心を開いてきている姿があった。
* * *
王宮に到着した後、ユーリは王に呼ばれるため、すぐに会議室へと向かった。
リディアとアリアが少し後ろに控えている。馬車を降りた時の彼女たちの表情は、少しだけ緊張感を漂わせていた。
「変なこと言われても黙ってないでよ? ユーリはもう立派な領主様なんだから」
リディアが後ろから声をかける。その言葉に少し苦笑を浮かべたユーリが、軽く肩をすくめた。
「大丈夫だよ、慣れてる」
彼の顔には余裕が見える。しかし、その背後には、王との対話における微かな緊張も感じられる。
ユーリは深呼吸をし、扉を開けた。
* * *
「よく来てくれたな、ユーリ」
王の声は落ち着いていたが、その言葉の中にはかすかな圧力が感じられる。隣には、冷静な表情の宰相リュシアンも控えている。
「すでに手紙でお伝えさせて頂いておりますが、私、ユーリは愛する妻達と挙式を挙げることに致しました。主君である国王様には直接伝えようと思ってこうしてやって参りました」
「ふむ、手紙で申していた式の準備については順調と聞いている。だが、今回は儂の方からも話があるのだ」
王は一息ついてから、少し眉をひそめる。
「最近、南の辺境で不穏な動きがある。魔族が国境を越えて進行してきているという報告が、何件か届いている」
「まさか…魔族がですか!?」
ユーリが驚きの声を上げるが、王はゆっくりと手を振って冷静に言った。
「はっきりとは言えない。だが、魔族の力に近い何かを感じた者もいたようだ」
「それは……」
リュシアンが続ける。
「念のため警備を強化しています。王都への影響は今のところありません。だが、警戒は必要だ」
「そうですか……アルシェリアでも警戒しておきます」
ユーリは頷き、内心にわずかな緊張を覚える。
何かが動いている。それが、あの精霊の森での出来事と関連しているのか、それとも――
「それともう一つ、気になっていることがある」
王の声が少し低くなる。
「スゥという娘のことだ。……王都では、ああいう姿の者は珍しい」
「彼女は魔族ですが何もしていません。それに記憶を亡くしているようで、むしろ周囲に気を遣いすぎてるくらいです」
「それはわかっている。だが、ただの“魔族らしい”というだけで警戒する声が一部にあるのも事実だ。お前の立場もあるし、誤解を招くようなことは避けたい。できる範囲で気を配ってやってくれ」
ユーリは深くうなずく。
「……承知しました」
王の言葉には悪意が感じられなかった。ただ、偏見が根強く残る現実を突きつけられているだけだ。
(スゥには、できるだけ気持ちよくいてほしい。彼女は、何も悪くないんだから)
胸の中で固く決意を抱きながら、ユーリは会議室を後にした。
* * *
王宮を出たユーリは、待機しているリディア、アリア、そしてスゥと合流する。
「もう話は済んだの?」
リディアの問いかけに、ユーリは少し間を置いてから答える。その目線はどこか遠くを見つめているようだった。
「ああ、魔族の動向については警戒を怠るなと言われた。それと、スゥのことについても少し気をつけろ、って。」
その言葉に、アリアが眉をひそめた。
「スゥのこと、ですか? どうして…?」
ユーリは少しだけため息をつき、続けた。
「王都では、どうしても彼女の魔族としての姿が警戒されがちみたいだ。見た目のせいだけで、いろんな目で見られるんだ。」
スゥはその言葉を受けて、フードを引き寄せるようにして少し身体を縮め、視線を避ける。顔に浮かぶ微かな不安を隠すように。
「私…平気…」
その小さな声に、ユーリは優しく微笑みながら言った。
「うん、わかってる。スゥが良い子だって事は僕達が一番理解してるから」
ユーリはスゥの顔をじっと見つめながら、穏やかな声で言った。その言葉には、彼女に対する気遣いがにじみ出ていた。
スゥは一瞬だけ振り返り、少しだけ照れたように口を開いた。
「ありがとう。」
その一言が、ユーリの心を少しだけ軽くしたような気がした。目の前で無理して笑うことなく、ただ素直に感謝の言葉を口にするスゥを見て、ユーリは内心で小さく頷く。
(少しずつ、心を開いてくれているのかな)
その思いが、ユーリの胸に温かさを残していた。




