結婚に向けて
その晩、皆が揃った食堂の一角で、結婚式の話題が再び持ち上がった。
「さて……言い出したはいいけど、式って具体的に何が必要なんだ?」
ユーリが問いかけると、テーブルの周囲に集まった面々が一斉に顔を見合わせた。
「うーん、まずは――場所よね」リディアが言う。「どこで挙げるのか。それで準備の内容も変わってくるわ」
「王都の聖堂を借りるとなると、手続きや費用も膨大ですけど……アルシェの大広場なら、領民の皆も祝福してくれるかもしれませんね」ノエルが内政官らしく思慮深く助言する。
「森の中ってのはどうかな。精霊さんたちにも見守ってもらえそうだし」ミリアがそっと呟くと、エルナが嬉しそうに微笑んだ。
「それ、素敵ですね。精霊たちも、きっと祝福してくれます。森の湖のほとりなんてどうでしょうか……?」
「うん、それも候補に入れておこう」
ユーリが頷くと、今度はアリアがメモ帳を取り出して話を進めた。
「次に、招待客ですわ。式に誰を呼ぶか――王族の方々や、親しい領民の皆様、各地の貴族にも連絡するべきでしょうか?」
「式の形式によるかしら。盛大にするなら、王都に伝える必要があるわね。あまりに無視すれば、また“勝手な独立貴族”扱いされるもの」
リディアが肩をすくめて言うと、セレスが腕を組みながら呟いた。
「王女殿下……エステル様には、一応声をかけるべきでは? あの方の性格からして、後で知ったら暴れるでしょう」
「う、うん……そうかもしれない」
ユーリは苦笑いを浮かべながら、次の話題へと切り替えた。
「じゃあ、衣装はどうする? やっぱりドレスとタキシード、みたいなものになるのか?」
「ドレスは絶対ですっ!」ミリアが真っ先に声を上げる。「せっかくの結婚式なんですから、皆で綺麗なドレスを着たいです!」
「ミリア……珍しく力強いな……」
「当然です! 人生に一度の晴れ舞台なんですからっ!」
その勢いに、エルナやアリアまでつられてうなずき始める。
「私も……少し、楽しみにしていました」
「兄様の隣に立つ日を、ずっと夢見てましたわ」
「ドレスの仕立ては、アルシェに呼んでる仕立て屋に頼んでもいいけど……特別な日だから、王都の一流を呼んだほうがいいかもしれないわね」
「あと、指輪です」セレスが静かに付け加えた。「今あるものでもいいですが――正式な誓いの儀なら、それにふさわしいものを用意するべきです」
「そういえば、あの時渡したのは全部……俺が勝手に選んだものだったな」
ユーリが頭をかきながら呟くと、リディアがにやりと笑う。
「そのへんも、今度はちゃんと相談して決めましょ。せっかくの“正式な式”なんだから」
「装飾や音楽、食事の準備もありますね。式の後に祝宴を開くなら、料理人の手配も必要ですわ」アリアが真剣な眼差しで書き加える。
「……けっこう、やること多いんだな」
思わずこぼしたユーリの言葉に、皆が笑った。
「でも、楽しみです」エルナが柔らかく笑った。「準備の一つ一つが……未来に繋がっていくようで」
「うん。みんなで一緒にやれば、絶対楽しいよ」ミリアも続く。
「なら、やりましょう。全部、ちゃんと。大切なことだからこそ、丁寧に」
ユーリのその言葉に、誰もが静かに頷いた。
こうして、彼と彼女たちの“本当の夫婦”になるための準備が――ゆっくりと、しかし確かに始まったのだった。
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夕食の後、いつもの応接間に集まった一同は、それぞれ湯気の立つお茶を手にしながら、本格的に結婚式の話を進め始めていた。
「まず、場所を決めましょうか」進行役を買って出てくれたノエルが手元のメモに視線を落としながら口を開いた。
「私は……アルシェで挙げたいわ」リディアが最初に言った。「やっぱり、この地が私たちの“家”だから」
「うん、私も……ここでみんなと出会って、暮らして、支えてもらって。そんな場所で誓えたら、きっと素敵だと思います」エルナも頷く。
「でも、問題があるのよね」アリアがやや眉を寄せた。「アルシェには、格式ある聖堂がありませんわ。貴族の式として認められるためには……」
「王都で挙げるしかないか」ユーリが静かに言う。「……寂しい気持ちはあるけど、それでも皆が胸を張って参加できる式にしたい」
「兄様が決めるなら、どちらでも……でも、私も皆が正面から祝福してくれる式がいいです」
「うん。じゃあ王都で挙げよう」ユーリが決意を込めて言うと、皆がゆるやかに頷いた。
「となると、招待客の準備ですね」ノエルがすぐに切り替える。「各貴族家に正式な招待状を送る手配は私が。宛名と文面については後でご確認ください」
「王家には……俺が直接、伝えるよ」
「それが一番でしょうね。勝手に報告されたら、またエステル王女が飛んできそうだし」セレスが小さく笑った。
「ふふっ、それはそれで見てみたいかも」ミリアが口元を隠して笑う。
「じゃあ次、衣装と――指輪、かな」
その言葉に、場の空気がわずかに変わった。誰もが、視線をユーリに向ける。
「指輪のことなんだけど……今回は俺が作る。創造魔法で、最高のものを」
リディアが片眉を上げる。「ほう、どんなのを?」
「――精霊の結界を埋め込んだ、守護の指輪にするつもりだ」
全員が一斉に動きを止めた。
「精霊の……結界?」エルナが驚いたように問い返す。
「精霊の森で得た、あの結界の力。あれを小さく、指輪の宝石に刻む。持つ者を悪意から護る――結界石に」
「それって……簡単に作れるものじゃないのでは?」アリアが心配そうに訊ねる。
「簡単じゃない。けど、作るよ。可能なはずだ」
「なぜそこまで……?」セレスがそっと尋ねると、ユーリはゆっくりと答えた。
「誰にも……君たちを傷つけさせたくないから」
静かな言葉に、誰もが息を呑んだ。重くも、まっすぐなその想いが、胸に染み渡っていく。
「そんな指輪、嬉しいです……」エルナが小さく呟いた。
「兄様が守ってくれる指輪……それだけで、どんな宝石よりも価値がありますわ」アリアもそっと微笑む。
「けど、変な話よね」リディアが頬杖をつきながら笑う。「私たち、あんたを護るって決めてたはずなのに。どっちが守ってんだか」
「ふふっ、いいじゃないですか。互いに護り合う夫婦って」ミリアが嬉しそうに言う。
「じゃあ、指輪は任せてくれ。最高のものを用意する」
そう宣言したユーリの声には、一切の迷いがなかった。
やるべきことはまだ山積みだ。それでも――その一つ一つを、誰かとともに決めていく時間こそが、かけがえのない宝物だった。
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ユーリは机に向かい、羊皮紙にペンを走らせていた。
「アルシェリア領主ユーリ・アルシェリアより、王都大聖堂宛……」
聖堂の使用申請と、最高位祭司の臨席を願う正式な文書だった。書き終えると、ふうと息をつく。
「王都の大聖堂……懐かしいな」小さく呟いたユーリに、隣で控えていたノエルが応じる。
「記憶にあるのですか?」
「うっすらと、ね。前世でも――教会の厳かな雰囲気は嫌いじゃなかった」
彼は封蝋を押し、書簡を巻いた。その横にはすでに数通の招待状が積まれている。
「それでは、貴族への招待状も順次発送いたします。ただ……全ての貴族家に届けるとなると、多少時間がかかります」
「ああ、分かってる。その間に……王に直接、報告してくるよ。式の正式な許可も得ておきたいしな」
ふと、目線が止まる。手元に、未記入の封筒が一通。
――現世の、家族宛て。
「……送るべきか、迷ってる」
その呟きに、ノエルは目を伏せた。
ユーリは一通の封筒を前に、しばらく手を止めていた。
「どうしたの、ユーリ?」ミリアがそっと背後から覗きこむ。
「……いや。実家への招待状、出すべきか迷っててな」
ユーリとしての生家、アルシェリア家の本家筋。今や自分はその分家から独立し、一領主として立っているとはいえ――。
「一方的に領地をもらって、婚約のこともろくに伝えていなかった。今さらどう受け取られるか……」
ミリアはそっと笑って、ユーリの肩に手を置く。
「でも、本当の家族なら、祝ってくれるんじゃないかな。……ユーリが大切な人を得たこと、ちゃんと伝えた方がいいと思うよ」
「……そうだな」
迷いながらも、ユーリは筆を取り、静かに綴り始めた。
『父上、母上へ。
突然の手紙をお許しください。私はこのたび、婚約者たちとの正式な結婚式を執り行うことになりました。どうか――』
最後の一文に、少しだけ迷い、そして書き添えた。
『どうか、お時間が許すようなら、ご臨席いただければ幸いです。』
書き終えると、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
「……ありがとう、ミリア。おかげで、書けたよ」
「ふふ、私、何もしてないけど……役に立てたなら嬉しいな」
ユーリは封を閉じ、そっと重ねる。国中の貴族に向けた招待状の山に、それも一通、加えられた。
そして次の朝――。
「王都へ行く準備、整えましたよ」ミリアが荷をまとめながら声を弾ませる。
「ありがとう、ミリア。でも今回は……俺と数人で行くよ。王に報告が主だから」
「えっ……わ、分かりました……!」少し残念そうに口を尖らせるミリアを見て、ユーリは苦笑する。
「代わりに、帰ってきたらお土産話をたくさんするよ」
「それなら許しますっ!」
今回同行するのは、ドレスの準備に詳しい貴族であるリディアとアリア、そして――
「……スゥも連れていく」
「え?」セレスが振り返る。「あの子を?」
「王都の風景や人混みで、何かを思い出すかもしれない。あの子の記憶、少しでも手がかりがあるなら」
リディアが頷く。「賛成。あの子、王都の空気に何か反応するかもしれないわ」
「アリアもいるし、王都の貴族街事情にも詳しい。ドレスも現地で用意した方が早いだろうしな」
「私にお任せください、兄様」アリアは微笑みながら背筋を伸ばした。「皆様にふさわしい衣装をご案内いたしますわ」
こうして――王都へ向かう一行が決まった。
式という未来への通過儀礼に向かって、静かに、しかし確かに歯車が回り始めていた。




