プリンが繋いだ絆
あの夜、スゥに言われた言葉が、今でも胸に深く刺さったままだ。
――「ミリアと、メルリナ……奥さんじゃないって。どうして?」
どうして――か。
そのときは、答えに窮して、曖昧に笑ってごまかした。
でも、俺自身、本当は分かっていたんだ。
ずっと前から、心のどこかで。
ミリアとメルリナ。
俺の幼馴染で、誰よりも長く、近くにいた存在。
気がつけばいつも隣にいて、何も言わずとも気持ちを察してくれて、笑ってくれて――
俺の帰る場所でいてくれた。
まるで空気みたいに自然で、だからこそ、俺は向き合おうとしなかった。
それが『家族』という言葉で済むなら、どれだけ楽だったか。
踏み込まなければ、何も壊れない。
そんなふうに、ずるく逃げ続けていたんだ。
けれどスゥの一言は、そんな俺の殻をあっさり打ち砕いた。
「奥さんじゃないの?」
その問いはあまりにも純粋で、残酷で――
けれど同時に、俺の心に灯りをともしてくれた。
……もう、逃げたくない。
気づいたなら、ちゃんと向き合いたい。
ずっとそばにいてくれたふたりに、自分の言葉で気持ちを伝えたい。
その一心で、今日、俺はふたりを呼び出した。
屋敷の中庭。午後の陽射しは優しく、木漏れ日が芝の上に揺れていた。
小さな噴水の水音と、淡い花の香りが心を落ち着かせてくれる。
ここは、俺たちが子供のころからよく遊んだ場所だ。
「……どうしたの、ユーリ?」
メルリナが首を傾げ、いつもの明るさに少しだけ緊張が混じっていた。
ミリアも、俺の顔を覗きこむようにして、不安げに眉を寄せている。
俺はふたりと目を合わせて、それから空を見上げた。
白い雲がゆっくりと流れていく。
深く息を吸って、静かに口を開いた。
「……ごめん。ふたりには、ずっと甘えてた。気持ちから、目を逸らしてたんだ」
メルリナの瞳が少しだけ揺れて、ミリアの唇がわずかに開く。
「家族みたいに思ってた。幼馴染で、当たり前にそばにいて……その気持ちが、家族愛なんだって、自分に言い聞かせてた。……でも、本当は違ってたんだ」
俺の声は、思ったよりも震えていた。
「気づくのが遅すぎた。……けど、それでも伝えたいんだ」
ふたりは黙って、じっと俺の言葉を待ってくれていた。
「俺は、ふたりが好きだ。大切に思ってる。ずっと、ずっと……誰よりも」
心臓が高鳴る。
この瞬間が怖くて、ずっと言えずにいた。
けれど、今こうして、ようやく――
「好きなんだ。メルリナ、ミリア。……愛してる」
ふたりとも、驚いたように目を見開いた。
けれどすぐに、ミリアが小さく笑って、目尻ににじんだ涙を指で拭った。
「ほんっと……鈍感ですね、ユーリ様は」
それは、叱るでも責めるでもない、どこまでも優しい声だった。
「……まったくだよ。まさかスゥちゃんに言われてようやく気づくなんてさ」
メルリナも、いつもの明るい調子で笑いながら、頬を紅く染めていた。
「でも……言ってくれて、ありがとう。やっと、聞けた」
「わたしもです。何度も、何度も夢に見ました。……だから今、夢じゃないって分かって、本当に幸せです」
ふたりが、自然と俺のもとに歩み寄る。
ミリアはそっと俺の手を取り、メルリナは少しはにかみながら腕に寄り添ってくる。
そのぬくもりが、胸を締めつけるほど愛しくて、涙が出そうだった。
「……キス、してもいい?」
小さく問いかけると、ふたりは一瞬驚いたように見つめあって――
それから、恥ずかしそうに、でも確かに、頷いた。
ミリアの唇にそっと触れ、そしてメルリナにも。
どちらも違っていて、でも同じくらいに温かくて、甘くて。
ずっと胸にしまっていた想いが、ようやく触れ合って重なった。
言葉では足りなかった感情が、唇を通して伝わっていく。
この瞬間が永遠に続けばいいと、心から思った。
しばらく寄り添ったまま、誰も言葉を発しなかった。
ただ、静かな風が髪を揺らしていく。
やがてメルリナが、ふと顔を上げて俺を見つめる。
「ねえ、どうして今さらなの? わたしたちの気持ちなんて、ずっと隠してなかったよ?」
少し呆れたような、でもどこか照れくさい笑顔だった。
俺は肩をすくめて、少しだけ照れながら言う。
「……スゥに言われたんだ。『どうして奥さんじゃないの?』って」
「えっ……スゥちゃんが?」
ミリアが目を丸くし、メルリナはぽかんとしたあと、ふふっと吹き出した。
「やっぱり、子どもってすごいよね。見抜いてるもん」
「うん。大人よりもずっと素直で、鋭いです」
ふたりは顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
「スゥちゃんには……感謝しないとだね」
「うん、いっぱいプリンをあげなきゃ!」
「特大の愛情をこめた、最高級のプリン!」
「ついでに愛のメッセージも添えて!」
「きっと食べきれないくらいになるね……!」
ふたりはすっかり楽しそうに話しながら、俺の腕に甘えるように寄り添った。
その柔らかな笑顔を見て、俺も心から笑った。
こんな日が来るなんて、ずっと夢にも思っていなかった。
でも、こうして過ごしてみれば――
もっと早く伝えればよかったと、少しだけ悔しく思った。
でもそれは、これから取り返していけばいい。
言葉でも、時間でも、想いでも。
……これまでの日々も、これからの日々も、こんなふうに続いていくなら――
きっと、もっと世界は甘くなる。
それは、たぶん――
プリンのせいだけじゃない。
数日後、山のようなプリンを前にスゥが珍しく笑っていたのはまた別の話。




