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スゥとプリンとあの人の手



「……ねえ、プリンって、どうやって作るの?」


ぽつりと漏れた問いに、ミリアとメルリナは顔を見合わせ、次の瞬間ぱっと花が咲くように笑った。


「スゥちゃん、作ってみたいの?」 「それなら、私たちが教えてあげるよ!」


言葉と一緒に、メルリナの小さな手がそっとスゥの手を握る。

その指先はやわらかくて、ほんのり温かい。


横では、ミリアがすでに手際よくエプロンを取り出していた。


「材料はね、卵と牛乳とお砂糖、それにカラメル用のお鍋もいるの」


「……たまご、割ってもいい?」


「もちろん! ちょっとコツがいるけど、一緒にやろう」


離れの小さな台所が、いつもと違う空気に包まれる。

スゥにとってはまだ見慣れない光景だった。


ミリアが後ろからそっと手を添えてくれて、

メルリナが横から、明るい声でテンポよく手順を教えてくれる。


卵を割る「ぱきん」という音、

牛乳が器に注がれる音、

カラメルがふつふつと色を変え始める、香ばしい匂い。


――胸の奥が、少しだけ温かくなる。

こんな時間、昔はなかったはずなのに、なぜだろう。とても懐かしい気がした。


「……あなたたちも、奥さん、じゃないの?」


無意識の問いだった。

けれど、その一言に、ふたりの手がぴたりと止まった。


「え……?」


先に声を返したのは、ミリアだった。

一瞬だけ視線が泳いで、それからやんわりと笑ってみせる。


「ううん……違うよ。私たちは……」


「幼馴染、なの」

メルリナが優しく言葉を引き取る。


「ずっと一緒に育って、いまは……侍女をしてるの」


「でも、仲はいいよね?」


「……うん、もちろん。すごく、大切な人だから」


そう言ったあと、ミリアは少しだけ寂しそうに微笑んだ。

それは、スゥが初めて見る彼女の顔だった。


メルリナはスゥの髪をそっと撫でて、優しい声で囁いた。


「奥さんじゃないけど……好き、だよ。きっと」


その言葉の意味は、スゥにはまだ少しだけ難しかった。

でも、ふたりの目がほんのり潤んでいたのは、ちゃんと覚えている。



プリンは、思ったよりうまくできた。

カラメルは少し焦げていたけれど、ミリアが「香ばしさだよ」と笑ってくれた。


「これが“手作りの味”ってやつ」 「ユーリが食べたら、きっと喜ぶよ」


そう言われて、スゥも頷いた。


自分で作ったプリンをひと口すくって、口に運ぶ。

とろりとした甘さのあとに、ほのかな苦味。


――この味を、あの人にも食べてほしい。



後片付けをしながら、スゥはそっと言った。


「ねえ、また……つくってもいい?」


「うん、もちろん!」 「今度はクッキーとかも作ってみようか」


「でもまずは、お皿を洗うところからね」


ミリアが冗談めかして言って、ふたりが笑う。

その笑顔に混ざって、スゥも、小さく微笑んだ。


少しだけ世界が、甘くなった気がした。

それはきっと、プリンのせいだけじゃない。



夜、少しだけ手が震えていた。


お皿に載せたプリンはつやつやと揺れていて、焦げたカラメルの匂いがほのかに漂う。


「……できた、から」


その一言を胸に、スゥはユーリの屋敷の扉を小さく叩いた。



「スゥ? どうしたんだい、こんな時間に」


扉を開けたユーリは、変わらない優しい顔をしていた。


――不思議だった。

目が合うだけで、胸の奥がぽっと熱を帯びる。


「……これ、つくった。食べて……ほしい」


手渡した皿を、ユーリは驚いたように見てから、ふっと微笑んだ。


「もしかして、プリン? 作ったのか」


「うん。ミリアと、メルリナと、一緒に」


応接の椅子に腰を下ろし、スプーンですくったプリンをひと口。


その瞬間、ユーリの目が少しだけ開かれ、そして――笑った。


「……美味しい。すごいな、初めてとは思えない」


「……ほんとに?」


「ほんと。少し焦げたカラメルが、かえっていいアクセントになってる」


その言葉が、胸の奥にそっと灯る。

褒められるって、こんなに嬉しいものなんだ。



窓の外、星が瞬く静かな時間。


ふたりきりの空間に、少し勇気を出して問いかける。


「……きょう、聞いた。ミリアと、メルリナ……奥さんじゃないって。どうして?」


その問いに、ユーリはゆっくりと目を伏せた。


「――それは、ふたりの気持ちもある問題だからね」


「……気持ち?」


「そう。俺の感情だけでどうにかできる問題じゃないんだよ」


スゥは少し考えてから、ぽつりと呟く。


「でも……すき、って言ってたよ? ふたりとも」


ユーリは、一瞬だけ沈黙した。


スゥはわからないな、と小さく首を傾げながら、

空になったプリンの皿をそっと見つめていた。



――大人の気持ちって、なんだろう。


けれど、それを訊く勇気はなかった。


それでも、あの人の「美味しい」のひとことが、

胸の奥で静かに繰り返されていた。


甘くて、やさしくて、ほんの少しだけ切ない味。

それが、スゥのはじめて作ったプリンの味だった。


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