⑰
数日ぶりの晴天だった。
王都まではもう、あと二日ほどの距離だ。街道は少しずつ整備され、人の往来も増えてきている。だが、それにしては旅人たちの足取りに妙な緊張があった。
肩をすくめるようにして早足で通り過ぎる商人、背後を何度も振り返る護衛の男。王都に近づくほどに、空気はどこか張り詰めていた。
「……やっぱり何か起きてるんだな」
ユーリが小声で呟くと、セレスティアも静かに頷く。
「警備の数が多すぎます。しかも、ただの街道巡回ではありません。明らかに何かを探しているような動きです」
木立の影から道を見下ろす騎士の姿が、風にたなびく紋章旗の奥にちらりと見えた。
「こうも露骨だと、民衆も不安になるよな……」
「あなたの勘は、やはり正しかったようですね。武具の取引、急な招集、そしてこの緊張感。全部が、同じ線でつながっていくように思えます」
セレスティアの横顔に浮かぶ真剣な表情を見ながら、ユーリは頷いた。
——その時だった。
草むらが一瞬ざわめき、二人は無言で剣に手を伸ばした。
「モンスターじゃない……獣だな。……一匹か。様子を見よう」
足音が近づき、茂みから現れたのは痩せた野犬だった。だが、ただの犬ではない。毛並みは汚れ、目は濁っている。瘴気の影響を受けた野生動物のようだった。
「来るぞ!」
ユーリの声と同時に、犬が唸りを上げて跳ねた。だがセレスティアはすでに踏み込み、鋭く足払いを入れる。
獣は地面に叩きつけられ、ぐったりと動かなくなった。
「手際がいいな」
「あなたの注意がなければ、後れを取っていたかもしれません。……ありがとう」
落ち着いたやり取りだった。ほんの数日前まで、こうした場面ではどこかぎこちなさがあったはずなのに。ユーリはふと、そんなことを思った。
セレスティアの態度が、以前よりも柔らかい。怒りや緊張でこわばっていた目が、今はまっすぐに彼を見て、そしてきちんと感謝を伝えてくれる。
「……こうして一緒にいる時間が長くなると、変わっていくもんだな」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。ただ……仲良くなれてきたのが、ちょっと嬉しいだけさ」
からかいではない。まっすぐな言葉に、セレスティアが少しだけ驚いたように目を瞬き、それからほんのわずかに笑った。
「私も……そう思います」
その笑顔は、初めて見せた自然なものだった。
旅はもうすぐ終わる。けれど、王都で待つものが何であれ、彼らの絆はすでに、確かなものとして刻まれ始めていた。
---
昼を少し過ぎた頃だった。王都の城門が視界に入り、ユーリとセレスティアは馬の速度を落とした。石造りの城壁は相変わらず威圧的で、だが、見慣れた風景でもある。ユーリにとっては、かつて学園に通っていた頃に何度も見た光景だった。
「ずいぶんと静かですね……もっと人が多いかと」
「昼過ぎだからだろうな。衛兵の配置が多いのは気になるけど」
城門前には重装備の衛兵が数人立ち、通行人を細かく検分していた。貴族の紋章が彫られたプレートを見せると、すぐに通されたものの、衛兵の目は厳しかった。なにかが、明らかに普段とは違う。
馬を城の厩舎に預け、2人は歩いて正門から城内へと入った。内部は荘厳で、磨き込まれた石床に、陽光がステンドグラス越しに淡い色を落としていた。だが、それ以上に重苦しい空気が支配していた。行き交う者たちの表情に余裕がない。騎士や文官たちも足早に動いている。
案内役の近衛が現れ、無言で頷いた後、2人を奥へと導いた。
「……セレスティア。まさかとは思うけど、こういう雰囲気、心当たりは?」
「わたしもこのように慌ただしい状況は経験がありません。」
やがて、王の執務室へと通された。そこには、既に王と、数人の重臣が待っていた。王は背筋を伸ばし、鋭いまなざしを向けていた。
「ユーリ・アルシェリア。ご苦労だったな。セレスティアも……遠路、忠勤感謝する」
2人が膝を折って礼を取ると、王はゆっくりと口を開いた。
「貴公らを急ぎ招いた理由は、単純ではない。……王都南部の貴族領にて、一部の貴族らが武装を強化し、独自の軍備を展開している兆候がある。これまでの調査で、幾人かの貴族が密かに武器を輸入し、傭兵を雇っていたことも判明した」
「……謀反、ということでしょうか」
セレスティアが口を開いた。王は沈痛な表情でうなずく。
「その可能性がある、という段階だ。決定的な証拠はない。だが、王国に仇なす動きが水面下で進行しているのは確かだ。そこで、ユーリ、貴公の力を借りたい」
「……わたしに、できることがあるのなら」
王は小さく頷き、脇に控えた文官に目配せする。文官が差し出した書類には、いくつかの貴族領の名と、関連する証拠の一部が記されていた。
「まずは王都内に滞在し、情勢を見極めつつ、必要とあらば調査に協力してもらう。何かあるまでは城の中で自由にしてくれたらいい。この件は国家の仕事であり、あくまでお前は保険のために呼んだのだ。すまないなユーリよ。」
王都での滞在が長期に渡るそんな予感がしていた。




