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アルシェの政庁棟、その中央広場には、午前の柔らかな日差しの下、多くの見物人と応募者が集まっていた。
今回の内政官採用試験には、領内外から数十名の応募があり、書類審査と実技を含む面接を通過した合格者はわずか十名。その発表が今日、領主ユーリ・アルシェリアの口から直接行われるという。
ユーリはいつもの簡素な外套姿で壇上に立ち、人々を見渡してから、簡潔に言葉を発した。
「今回の試験を経て、我々は十名の人材を選出した。今後、この街の政を支える要として働いてもらう」
横に控えた補佐官が名簿を読み上げていく。
「……リュカ・オルド、シーナ・バレスト、エンゾ・リーヴァス……」
名が呼ばれるたびに、人々の間から歓声や拍手が上がる。名前の列に混じって、少し異質な響きの名が読まれた。
「ノエル・セルフィン」
整った立ち姿のまま前に出たノエルは、周囲のざわめきにも動じず、淡々と礼を取った。その静けさに、他の合格者たちが一瞬だけ目をやる。
全員が呼ばれ終えると、ユーリは短く続けた。
「内政官の組織は今後、複数の課に分けて整備されるが、当面は仮の体制となる。そのうえで――ノエル・セルフィンを暫定的に内政官長とする」
ざわつきが広がる中、ノエルは驚いた様子も見せず、淡々と一歩前に出て頭を下げた。
「身に余る任をありがとうございます。皆と共に、街の未来のため尽力します」
リディアが横でこっそりアリアにささやく。
「やっぱり落ち着いてるなあ……あの人。なんていうか、すごく仕事できそう」
「見た目より年上かもしれないし、場慣れしてるのかもね」
ユーリは壇上で周囲を見渡しながら続ける。
「街はまだ未完成だ。我々は制度を整え、暮らしを築き、そしてこの場所を“帰るべき場所”とする。そのために、この十名は礎となる。……期待している」
その言葉に、広場から小さな拍手が起こり、それは徐々に広がっていった。
* * *
面接室を仮の執務室へと転用した部屋。合格者たちはすでに配属の説明を受け、簡単な意見交換を始めていた。
ノエルはその中心に立ち、既に事務官との間で今後の工程整理に入っていた。筆の動きは早く、言葉は簡潔だったが、周囲の人間に配慮する余裕すら感じさせる。
ユーリは部屋の外からその様子を一瞥し、ぼそっと呟く。
「……これなら、任せてもいいか」
傍らでメモをとっていたリディアが振り返る。
「ふふっ、もうすっかり信頼してるじゃない」
「信頼じゃなくて、期待だよ」
言いながらも、ユーリの視線はノエルの背中から離れなかった。
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新たに内政官たちが政務を担ってから、一週間が過ぎた。
ユーリは屋敷の執務室で、今日も各部署から上がってくる報告書に目を通していた。
ノエル・セルフィンを筆頭に、選抜された人材たちは今やすっかり自分の役割を理解し、それぞれに責任を持って動いている。
「……予想以上に順調だな」
ユーリは椅子にもたれかかり、少し肩の力を抜いた。
この一週間、政務の進捗は目に見えて改善されている。各所で滞っていた対応も、報告と決裁の流れが明確になったことで、速やかに処理されるようになった。
「これなら――もう俺が前線に立つ必要も、ないか」
そのとき、執務室の扉がノックされる。
「ユーリ様、王都より急ぎの書状が届いております」
文官が一礼しながら一通の封書を差し出す。王都の刻印が押された、明らかに緊急性の高い文面。
ユーリが封を切ると、内容は簡素だった。
『至急王都へ。詳細は直接伝える。』
「……理由も、書いていないのか」
「はい、緊急とのみ。返答の期限は明日の日没までと記されております」
ユーリは一度目を閉じて思案する。だが、答えは決まっていた。
「行くしかないな。アルシェリアを率いる者として、こういう時に姿を見せなければ意味がない」
その日の夕刻、ユーリは妻たち――リディア、アリア、メルリナを前に報告した。
「王都から急ぎの召集がかかった。詳細は知らされていないが……何らかの情勢が動いている可能性がある」
「王都からの緊急招集なんて……嫌な予感がするわね」
リディアが眉をひそめて言い、アリアも不安げな表情を浮かべる。
「兄様、私たちも行くわ。こんなときに一人なんて――」
「いや、それはダメだ。ノエルたちはまだ軌道に乗ったばかりだし、何かあった時に戻ってくる場所がなければ困る」
「でも……!」
「俺一人じゃない。同行者は――」
「私が参ります」
静かに、だが凛とした声が部屋に響く。振り返れば、セレスティアが立っていた。
すでに旅装を整え、腰には細剣を帯びている。
「王都の動きが不透明である以上、ユーリ殿に何かあればこの国そのものが揺らぎかねません。護衛として、私が同行します」
「……セレスティア、いいのか?」
「当然です。私の責務は、あくまであなたの安全の確保。そのための判断です」
三人の妻たちは言葉を飲み込んだまま、セレスティアの背に視線を送る。
やがて、リディアが静かに口を開いた。
「……なら、お願いするわ。くれぐれも無茶はしないで」
「任せて。ちゃんと護るわ」
こうして、ユーリとセレスティアは王都への道を行く。
そこに待つものが、警告か、陰謀か、それとも――。




