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「……はぁ。これで今日の処理は、やっと半分か」
執務室の窓際、陽が傾き始めた頃。ユーリは机に広がった書類の束を眺めながら、深くため息をついた。
「ユーリ、また溜め込んでるの? そんなの、全部自分でやる必要あるの?」
リディアが無造作に椅子に腰かけ、ぶっきらぼうに言う。
「仕方ないだろ。人手が足りないんだから」
「じゃあ雇えば?」
「誰を? 簡単に信用できる人間なんて見つからないしな」
「……あのね、ユーリ。わたしの父さん、領地のことなんか一人でやったことないの。政務は全部“内政官”に任せてるのよ?」
ユーリは手を止めて顔を上げる。
「内政官、か」
「そうよ。税のことも、法律のことも、領民からの訴えも、まずは内政官が全部処理して、父さんに報告するだけ。自分で全部やろうなんて思ったこともないと思うわ」
アリアが横から補足するように、柔らかな声で続ける。
「兄様、わたくしの実家も同じですわ。内政官は父に代わって実務を担い、要点を整理して報告しておりました。……わたくし、幼いころからその光景を見てまいりました」
「……ってことは、貴族ってのは皆そうしてるのか?」
リディアが肩をすくめる。
「だから言ってるじゃない。貴族の常識ってやつよ。あんた、いちいち全部自分でやるなんて、本当に真面目バカよね」
「それ、ほめてるのか?」
「褒めてない」
ユーリは苦笑しつつも、少しだけ気が楽になったように背もたれに体を預けた。
「……内政官か。たしかに、俺が外に出て動く時間を増やしたいなら、その役割を担ってくれる人間が必要だな」
「でも、簡単に選ぶのはダメよ。変な人が入ったら領地がめちゃくちゃになるんだから」
「わかってる。だから……試験にしようと思う」
「試験?」
「ああ。能力だけじゃなく、人となりも見たい。民の言葉をどれだけ聞くか、責任を負う覚悟があるか――そういうのを、ちゃんと見極めたい」
アリアが目を丸くする。
「それは……でも、素晴らしいお考えですわ。公正ですし、志ある方なら応募しやすくなるでしょうし」
「それに、優秀な人材を見つけられれば、いずれ他の領地の改革にも繋げられるかもしれない。――何より、俺自身が、もう限界に近い」
リディアがふっとため息をついた。
「……やっと気づいたのね。まあいいわ。どうせあんた一人じゃまともな試験なんて作れないだろうし、手伝ってあげる」
「ありがとう、リディア。アリアも、試験内容を考えるとき、実家の例を参考にさせてくれ」
「はい、兄様。もちろん喜んでお手伝いします」
ユーリは机の上の地図と、領地の統計資料を見つめながら、小さくうなずいた。
こうして――ユーリは自身の重荷を少しでも分かち合い、領地の未来を担う人材を育てるため、「内政官選定試験」の実施を決意するのだった。
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しばらくの時が過ぎ…
城内執務室の一角。応募者名簿に目を通していたユーリは、ある項目で手を止めた。
「……国外からの応募者?」
「ええ。噂を聞きつけて、周辺諸国からも数名がやってきたそうです」
報告したのは補佐官の一人。リディアとアリアも、すでにその名簿を確認していた。
「確か……聖リベリア公国からの応募者が一人いたわよね。確か“ノエル・セルフィン”って名前だったと思う」
「聖リベリアって、あの“聖女の国”か?」
「あの国から人が来るなんて珍しいわね。外交関係もあまり活発じゃなかったはずよ」
アリアが興味深げに首を傾げる。
「経歴は?」
「ええと、父親が文官で、本人も国内の政庁で数年間、行政補佐をしていたって」
リディアが指差した箇所には、整った筆跡で書かれた応募内容が記されていた。
「他の国外応募者たちと違って、彼女だけは経歴の裏付けも取れてるし、言語も堪能。ふつうに有力候補だと思うよ」
ユーリは小さくうなずき、名簿を閉じた。
「……国の名に惑わされるのは良くないが、実力次第では歓迎すべき人材かもしれないな」
「気になるなら、書類選考のあと、面接で直接確かめればいいじゃない」
「それもそうだな。じゃあ、次は面接の段取りを決めようか」
「これが終われば私たちも、またゆっくり過ごせる時間が取れるわね。頑張りましょうユーリ。」
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そして面談当日を迎えた…
アルシェ公邸・執務棟の一室。面接のために整えられた応接室では、ユーリ・アルシェリアを中心に、リディアやアリア、補佐役の事務官らが並び、緊張感の中で政務官候補の面接が進んでいた。
「ここまでの方もかなり優秀な人ばかりでしたね」
「この際だから優秀な人はみんな採っちゃった方がいいんじゃない?」
「俺は最初からそのつもりだよ。内政官なんて何人いてもいいからね」
「では次の方、どうぞ」
事務官の声に扉が静かに開かれ、一人の女性が姿を現す。
「失礼いたします。ノエル・セルフィンと申します」
銀青色の髪を肩で束ね、端整な紺の制服を着たその姿は、どこか神殿の司書を思わせる雰囲気を持っていた。柔らかな瞳は淡い紫色。清楚さと理知の両方を感じさせる佇まいだった。
「遠路、ようこそ。私はユーリ・アルシェリア。この街の政務を預かる者だ」
「お目にかかれて光栄です、アルシェリア閣下」
流れるような所作で丁寧に一礼するノエルに、アリアが小さくつぶやく。
「聖職者っぽい雰囲気……でも、話し方はすごく慣れてる」
「緊張してる様子もないね」とリディアも小声で続ける。
「書類では、聖リベリアの地方行政庁で実務を経験していたとあるが、具体的には?」
「はい。教育整備、住民台帳の再編、予算調整などを担当しておりました。特に地方の新設集落での事例が多く、立ち上げ支援の経験もございます」
「聖リベリア……中央からの距離もあるが、ここまでの旅路は大変だったろう」
「ええ、ですがその分、この街の空気もまた新鮮で、希望に満ちているように感じました」
ユーリは彼女の手元にある簡易報告を見ながら続ける。
「このアルシェは、まだ制度も文化も未成熟な街だ。君が最初に注力すべきと思う分野は?」
「住民の把握と、初等教育の強化です」
「理由は?」
「領主が代わり、政治の方針も変わる今、民の意識も切り替える必要があります。その第一歩として、子どもたちへの教育、そして家族単位での生活支援制度の整理が有効かと」
アリアが小さくうなる。
「……地味だけど、現実的」
ノエルは続けて言った。
「また、故郷では“祈りの帳”という制度がありました。住民が困りごとや願い事を書き留め、神殿や公共施設に預ける仕組みです。名乗らずに済むことで、本音の声を吸い上げやすくなります」
ユーリがわずかに興味を示す。
「匿名の意見箱、か。それは活用できそうだな」
「運用は簡素で、費用もさほどかかりません。導入と同時に、信頼できる記録官を置けば、徐々に民の声を拾えるかと」
面接の最後、ユーリは軽く頷いて言った。
「非常に的確な視点だった。君のような人物が加わってくれたら、我々としても心強い」
「お役に立てれば幸いです」
ノエルは再び深く頭を下げ、そのまま静かに応接室を後にした。
扉が閉じた後、リディアがつぶやく。
「……国外から来たとは思えないくらい馴染んでたね」
「名前、ノエル・セルフィン……だったよね。私、少し気になるな」
アリアが目を細める。ユーリは無言のまま、手元の書類に記されたその名をしばらく見つめていた。




