↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
66/160

「ほら見てユーリ、この揚げパン、砂糖がざくざくでおいしそう!」


リディアが屋台の前で目を輝かせながら、振り返る。手には熱々の揚げパンが二つ。彼女はひとつを無造作に差し出してきた。


「ほら、あんたも食べなさいよ。朝からろくに食べてなかったでしょ」


「ありがとな」


受け取ったパンは湯気を立てていて、指先が少し熱い。かじると、外はカリッと、中はもっちり。口いっぱいに甘さが広がった。


「うまいな、これ」


「でしょ? こういうの、王都じゃまず味わえないんだから」


リディアは得意げに胸を張った。横ではメルリナが串焼きを頬張りながら、少し口を尖らせる。


「リディアばっかりずるい。ねえユーリ、あたしのも一口食べてみる?」


「いや、メルリナが食べていいよ。俺はこのパンで十分だ」


「ちぇっ、気が利かないなー」


そう言いつつも、メルリナは満足そうだった。三人で連れ立って歩く市場の通りは、今日も賑やかだった。小さな屋台が連なり、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。


「なあ、さっきの通りの裏に、新しく革細工の店ができてたろ。あそこ、ちょっと覗いてみないか?」


「いいけど……あ、でもその前に、この飴細工見ていい? 鳥の形にしてくれるの、すごいかわいくて」


「しょうがないわね。じゃあ飴見てから革細工ね」


二人の話に挟まれながら、ユーリはなんとなく周囲に目を向けた。町の人々は忙しなく行き交い、その隙間を縫って子供たちが遊んでいる。


ふと、近くの飲食店の前に立っていた年配の夫婦の会話が耳に入った。


「最近、王都のほうが少し物騒になってるらしいよ。衛兵が増えてるとか……」


「まあ、またあの貴族たちが何かやらかしたのかねえ」


「さあね、でも変な商人連中が出入りしてるって話もあるし、ちょっと不気味だわ」


王都でなにかあったのか?夫婦の会話に耳を傾けていたユーリに「飴が鳥になった!」と喜ぶリディアが声を掛けた事でユーリはそれ以上考えるのをやめた。


(なにかあれば俺のところに1番に報せが届くはず…考えすぎか)


「なあ、リディア、それ舐める前に俺にも見せてくれよ」


「ふふ、仕方ないわね。見せてあげる」


そんな日常のやりとりが、町の中に自然に溶け込んでいく。


「ユーリ、あっちの広場にも行ってみようよ。たしか演舞の練習してる騎士たちがいるんだよ」


「そうそう、あたしの知り合いもいるの。紹介してあげる!」


「……お前ら、どちらも同時には無理だ。せめて順番を決めてくれよ」


呆れたように笑いながら、ユーリは二人の後に続いた。


---


「あれ?……この通り、なんだかさっきより静かじゃない?」


メルリナがぽつりとつぶやいた。活気のあった通りを抜けて、少し広い通りに出たのだが、確かに人の流れが途切れていた。


「時間帯のせいかもしれないが……雰囲気が少し変だな」


ユーリも立ち止まって、通りを見渡す。周囲の店はまだ営業している。声も聞こえる。だがその笑い声や掛け声の裏に、どこか張りつめたものがあるように思えた。


「ね、ねえユーリ。あの人たち、さっきからずっとこっちを……」


ミリアが控えめに袖を引く。ふと視線を向ければ、街角に立つ男たちがこちらを一瞥してから、声を潜めて再び会話を始めた。


――何か、探ってるような目つきだった。


「……アルシェの治安は良いと聞いていたが、油断はできないか」


「ん、でも、そこまで殺気立ってるわけじゃないと思うよ。まだ」


メルリナは腕を組んで考え込む。


「王都の空気と似てる。……何か、始まる前の空気っていうかさ。風の流れが変わってきてるのかもね」


「だとしたら……この街の“外”で何かが起きてるのか」


ユーリは眉をひそめた。王都のグランシュタイン家、アリアの兄エリオット、王家の派閥争い。思い当たる火種はいくつもある。


「けど、警備の増強要請も来てないし、まだ“表”には出ていないってことだろ。なら、こちらは普段通り動くだけさ」


「うーん……まあ、そうだけど。気をつけてね、ユーリ。あんた、火の粉かぶりに行きそうな顔してるもん」


「言い方」


ミリアが半眼でメルリナをにらむ。


「いや、否定できないけどな……」


苦笑しながら、ユーリは再び歩き出す。彼の背を追いながら、二人の少女も無言でついていった。


通りを曲がった先で、広場の中央に設けられた掲示板が視界に入った。


「ちょっと、見ていこうか」


「うん」


掲示板には、新しい市場の区画整理案、治水工事の進捗、そして地方貴族の訪問予定といった告知が並んでいたが、その中に一枚だけ、手書きで貼られた紙が目に留まった。


『王都方面にて盗賊の動き活発化。旅人は警戒を』


「……偶然かな。けど、王都からの街道って、物資の流通にも関わる道だろ。警備隊に確認しておいた方がいいかもな」


「やっぱり何か起きてるんだね。小さいうちに手打っといた方がいいんじゃない?」


「ミリア、帰ったら、軍備班に通達出してくれ」


「了解」


「メルリナは……食べ過ぎるな」


「なんでよ!」


笑いがこぼれた一瞬、通りを吹き抜ける風が、ふと肌寒く感じた。季節のせいだけじゃない。何か、じわりと近づいてきている――そんな直感が、胸の奥にわずかに残る。


(まあ……それでも、俺の役目は変わらない)


そう心中で呟きながら、ユーリはゆっくりと歩みを進めた。



------------------


執務室の窓は開け放たれ、夕暮れの風が帳簿の端を揺らしていた。


机に広げられた書類を前に、ユーリは羽ペンを動かしていた。今日歩いた街の様子、掲示板の通告、市場周辺の治安状況。思いつく限りのことを簡潔にまとめ、明日の調査計画に備える。


ペン先を紙から離した、その時だった。


「ユーリ様。……少し、よろしいでしょうか」


静かに開いた扉の向こうに、セレスティアが立っていた。無表情にも見える整った顔立ち。その瞳だけが、淡く揺れていた。


「どうした? こんな時間に」


ユーリが顔を上げると、彼女はすっと室内へ入り、扉を後ろ手に閉めた。


「本日、外出されるとの報告は受けておりませんでした」


「ん……ああ、急に決めた視察だった。悪い、報告を忘れてた」


「……忘れていた、ですか」


セレスティアの声は冷ややかだったが、その中にわずかな熱がにじんでいるのを、ユーリも感じ取っていた。


「あなたの身を守るのが私の任務です。勝手な行動をされては、護衛の意味がありません」


「視察に危険はなかった。あの程度なら、俺一人で十分対応できる」


「そういう問題ではありません」


普段の彼女らしくない、わずかに強まった語気に、ユーリは眉をひそめた。


「……お前が何を気にしているのかはわかる。けどな、今日はメルリナもミリアも同行してた。あれは護衛とは言わないかもしれないが、危機管理のつもりはある」


「そうではなく……っ」


ふと、セレスティアが言葉を詰まらせた。口を閉ざし、視線をわずかに逸らす。


「……そのように、他の方とばかり行動されると、護衛としての私の立場がありません」


「……」


ユーリは静かにペンを置き、セレスティアを見つめた。


その目に宿るのは、義務感だけではなかった。誇り高く、任務に忠実な彼女が、ここまで自分の感情を露わにするのは珍しい。


「お前……何か、気になることがあったのか?」


問いかけると、セレスティアは一瞬だけ戸惑ったようにまばたきをし、それからふいに目をそらした。


「……特には。けれど、こうして報告もなく動かれると……不安になるのです」


「不安……?」


「あなたが何を考えているのか、私には……まだ、わかりませんから」


その声はかすかに震えていた。だが、彼女はすぐに表情を戻し、一歩後ずさるように姿勢を正した。


「今後は、行動の前に必ず報告をお願いします。それだけ、です」


「……ああ。気をつけるよ」


頷くと、セレスティアは軽く礼をして踵を返した。


その背中が扉の向こうに消えていくまで、ユーリは言葉をかけなかった。


――何かが変わり始めている。けれど、それが何なのか、まだ掴みきれない。


その夜、ユーリは再び帳簿に目を戻しながら、ふと胸の奥に残る違和感をぬぐえずにいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。