↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/160

星見の夜


王都から北東へ、およそ七日。

精霊たちが棲むという《霊峰フォーリア》のふもとに広がる、広大な原生林──通称、《精霊の森》。

王国と隣国を隔てる自然の防壁として機能しているが、その一方で、長年にわたり人の立ち入りを禁じられてきた場所でもある。他国との国境を守る天然の城塞にもなっているという。


そして今、王国はその禁を破る決断を下した。


──原因不明の霊圧の乱れ。

──小規模だが、森の周辺の村々で発生した幻覚症状と、複数の失踪事件。

──そして何より、森の中心部に鎮座する“精霊の祠”との、長年続いていた微弱な霊脈の断絶。


王国魔導院はこれを異常事態と断じた。


「……というわけで、任命されたのが俺達というわけか」


馬車の揺れに身を預けながら、ユーリがつぶやく。


「精霊の森。どんな場所なのか、楽しみでもあるけど……やっぱり怖いね」


リディアが少し不安げに言った。


「でも兄様がいれば大丈夫です。わたしたちが一緒ですし」


アリアはいつも通り、微笑みながらユーリの腕にしっかりと絡みついている。


王都から任命された新設の“コーリング家”の初任務──

それが、この《精霊の森》の異変調査だった。


叙勲の場では、その功績と力を評価される形で、ユーリ個人に新たな爵位と封地の提示がなされたが、それは同時に“国家の盾”としての責任を意味する。


「……ま、要するに《便利に使える切り札》ってわけだよな、俺は」


自嘲気味に呟くユーリだったが、隣にいる二人の手の温もりが、その心を支えていた。


「私たちで、コーリング家を支えるわ。ね、ユーリ?」


「兄様が築く家を、わたしたちも一緒に守ります」


「……ああ。ありがとう、二人とも」


馬車の窓の向こう、遥か遠くに森の濃緑が、次第に近づいてくる。


不穏な気配が、確かに存在していた。

ただの自然のものではない──そこには、強い“意志”のようなものが、微かに流れていた。


−−−−−−−−−


「──ここが、フリューゼルの街か。王都からここまでで一泊半。予想より早く着いたな」


昼下がり、馬車を降りたユーリたちは、旅の途中の中継都市フリューゼルに到着した。

山と森に囲まれた街でありながら、精霊信仰が根強く残るこの地域は、かつて多くの神殿や祠が建ち並んでいたという。

今でも木彫りの精霊像や、魔除けの草飾りなどが街角に飾られており、独特の空気が漂っていた。


「ふぅ……馬車旅はやっぱり疲れるね」


リディアが腰に手を当てて伸びをすると、アリアがすかさずユーリの腕に抱きつく。


「お兄様、今日は温泉宿にしましょう。ね?」


「温泉か……いいな。それに、森に入る前に装備の点検もしたい」


街の中心には、騎士や冒険者も立ち寄る装備屋が並ぶ広場があった。


ユーリはまず、常備している魔法剣の保守点検と、魔石の補充に向かった。

その間、リディアは魔導具店で新しい触媒石を吟味し、アリアは薬草商人と親しげに談笑していた。


「ほら見て、リディア。この秘薬、精霊の森の“花粉病”に効くって」


「なにそれ……どうせ、ただの体にいいジュースじゃない?」


「むぅ……お兄様も、こういうとき無視するから……」


「聞こえてるぞ、アリア」


そう言いながら、ユーリは二人の間に立ち、三人で自然と手を繋いだ。


「じゃ、そろそろ宿に荷物を置いて、夜は情報収集だな。酒場に行こう」


「うん、いいね!」



夕暮れが街を染め、三人は宿で軽く身を清めた後、街で評判の酒場《月影亭》を訪れた。

精霊の民芸品で飾られた木造の店内は、灯火に照らされて柔らかい温もりに包まれていた。


「いらっしゃい! 珍しいね、若い男女でこの街に。旅人さん?」


店主は人懐っこい笑顔を浮かべた壮年の女性で、ユーリたちを見るなり歓迎の声をかけてきた。


「精霊の森に入る予定でな。何か知ってることがあれば教えてもらえると助かる」


「……ほぅ、あそこに行くのかい。最近は誰も近づかんよ。森が“うなってる”って噂でねぇ」


「うなってる?」


「そう、夜になると遠くの方から、何か……泣いてるような声が聞こえるんだと。森の神様が怒ってるとか、嘆いてるとか、村人はみんなそう言ってるよ」


他の客も話に加わる。


「去年の秋ごろまでは、まだ精霊の祠から加護があった。でも今じゃ、誰も近づけねぇ」


「この街でもよ、商売道具の木彫りが急に割れたり、井戸の水が濁ったりしたことがあったんだ」


リディアとアリアも真剣な顔になっていた。


「森に何かが起きてるのは間違いないんだね……」


「そうだな。でも、行くしかない。俺たちの役目だ」


「うん」


「兄様……危ないことはしないって、約束してくださいね」


「……約束するよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夜──酒場で森の情報を集め終えたユーリたちは、静かな宿《星見の宿》に戻った。

与えられた部屋は、三人で泊まるには十分すぎるほど広く、中央にはふかふかのベッドが一台。


「うわぁ……素敵なお部屋です、兄様!」

アリアが目を輝かせながら部屋を見渡す。


「……っ! ちょっと、そういうのいちいち騒ぐ必要ある? 落ち着きなさいよ」


リディアがそっぽを向いてつぶやくが、耳まで赤くなっているのは隠せていなかった。


「ふふ、リディアも喜んでるみたいだな」


「べ、別にアンタと同じ部屋だからって喜んでるわけじゃないし……」


「はいはい。じゃあ俺は別の部屋に……」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよバカ! そういうとこだけ本気にしないで!」


「はは、ごめんごめん」


「……もう」


照れ隠しに視線を逸らすリディアとは対照的に、アリアは純粋な笑顔でユーリの腕に抱きつく。


「今日は……一緒に寝たいです。お兄様のぬくもり、たくさん感じていたいから」


「え……えぇっと……」

ユーリが戸惑いかけた瞬間、リディアがぷいっと顔を背けて言った。


「しょ、しょうがないでしょ。別にアンタが好きとかじゃなくて、夜は冷えるし。ついでに……その……隣にいてくれたほうが、寝やすいってだけ」


「はいはい、分かったよ。二人とも、今夜は一緒にゆっくりしよう」


──そして夜。

ベッドの上で、三人は寄り添っていた。


ユーリの左にはリディア。右にはアリアがいる。


「……あのさ、ユーリ」

リディアが、ぽつりと話しかける。


「明日からまた危険なことがあるんでしょ? だから今のうちに言っといてあげるわ。私、アンタのこと……ちゃんと好きだから。……ちょっとだけよ?」


「……ちょっとだけ、か?」


「う、うるさいわねっ! あんまり調子に乗ると──」


「……ふふ。ありがとう。嬉しいよ、リディア」


「……ばか」


頬を染めて俯くリディアの手を、ユーリはそっと握る。


アリアもその様子を見て微笑みながら、指を絡めてきた。


「兄様。私も……本当に、兄様のことが大好きです。もし、世界が崩れても、心はずっと一緒にいたい……」


「……俺も、だ。お前たちを絶対に、離さない」


月明かりの下、三人の影がひとつに重なり、宿の夜は穏やかに流れていく。


小さな幸せの中、愛しさが静かに積もっていく夜だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。