↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/160

春風の銀糸

学園生活が始まって、三週間が過ぎた。


新しい制服、見慣れない顔ぶれ、慣れない礼儀作法や授業の雰囲気――

ユーリにとっては刺激と戸惑いの連続だったが、それでも彼は、少しずつ自分の立ち位置を見つけつつあった。

けれど心の奥に、ぽつりと残る空白があった。


それは、置いてきた優しい日々の温もり。

いつも傍にいたミリアとメルリナの笑顔。離れてみて、初めてわかる大切さ。ふとした瞬間、胸がひやりと寂しくなる。


そんなある午後、ふと訪れた中庭で、柔らかく風に舞う光が彼の視線を奪った。


銀糸のような髪が、春の陽に溶けて揺れている。

その姿はどこか儚く、花々の間で一人佇む少女は、まるで絵本の中の妖精のようだった。


「……アリア?」


名前を呼ぶと、彼女がゆっくりと振り返る。

光に透けたまつげの奥で、優しい瞳がふわりとほころぶ。


「ユーリさん……。こんなところで、偶然ですね」


「偶然……かもな。でもアリアがそこにいる、なんとなくそんな気はしてた」


彼女の隣に腰を下ろすと、春風の香りと、ほんのり花の匂いが届いた。

それが彼女の香りだと気づいて、ユーリの心臓が一瞬だけ跳ねた。


「君の髪……あの銀月草と同じ色だな。正直見惚れてた」


「……またそういうことを、さらっと言うんですね。いけませんよ、そういうの」


言葉ではたしなめつつも、アリアの頬がほんのりと染まっていた。

きっと、気づいている。彼の言葉が、誰にでも向けられるものではないことを。


しばらく二人は言葉を交わさず、花を見つめたまま時を過ごした。

けれどその沈黙は、どこか心地よいものだった。


春の風が吹き、アリアの髪がふわりと宙を舞う。

その一本が、ユーリの肩にかかる。指先でそっと払おうとした瞬間――


(……また、だ)


背筋を撫でるような冷たい視線。気のせいにしては、あまりにもはっきりとした感覚だった。


周囲には誰もいないはずなのに。だが、それが錯覚ではないと感じたのは――隣の少女もまた、静かに眉を寄せたからだった。


「……アリア?」


「……最近、ずっと感じてるんです。誰かに見られてるような気がして。ずっと、背後から……冷たい視線で」


震える声ではなかったけれど、その奥にある不安は、確かにユーリの胸に届いた。


「それ、俺も感じてた。……アリア、何かあったら、必ず言ってくれ。アリアを危険な目には合わせたくない」


真っ直ぐな言葉だった。格好つけようともしなかった。けれど――その言葉に、アリアは目を丸くし、それから小さく微笑んだ。


「……ありがとう。ユーリさんって、ずるい人です」


「えっ?」


「そんなふうに言われたら……私、もっと、あなたのこと……頼りたくなってしまうじゃありませんか」


恥ずかしそうに視線をそらすアリア。その頬は、春の日差しよりも暖かそうだった。


その日の帰り道。人通りの少ない裏庭の小道を、ふたりは並んで歩いていた。


「兄は……何をしても、何を言っても、見てくれなかった。私が笑っても、泣いても……まるで人形を見るみたいな目で」


呟くような声。けれど、言葉のひとつひとつに、ずっと胸に抱えてきた孤独が滲んでいた。


「そんなふうに、見られたまま育って……私、ずっと、自分には何の価値もないんだって思ってました。綺麗なドレスを着て、黙って笑っていれば、それでいいって……」


足を止め、アリアが静かに振り返る。その瞳に、揺れる光があった。


「でも、ユーリ様は……私をちゃんと、見てくれる。言葉も、気持ちも、ちゃんと受け止めてくれる」


彼女の指がそっと、ユーリの袖を掴んだ。

その手は小さくて、少しだけ震えていて――それでも、確かに温かかった。


「あなたの傍にいたい、それが今の私の本心です」


その言葉には、誰にも見せなかった想いが詰まっていた。


ユーリはその手を、やさしく握り返した。


「俺は君を、一人にはしない。アリア」


彼の言葉に、アリアの目に涙が浮かんだ。けれど、その瞳は笑っていた。

初めて、本当に心から――自分という存在が、誰かに必要とされていると感じられた。


その瞬間、春風がまた吹いた。

花びらが宙に舞い、二人の間をふわりと彩る。まるで、祝福するように。


そしてその夜。月光の下、学園の壁にひとつの影が佇んでいた。




銀の髪を風に揺らし、冷たい瞳で、ユーリの部屋を見つめる男がいた――。


その瞳には、妹に向ける歪な愛情を宿していた。


「……アリア。あんな男に、心を許すとはな」


月の光が、その言葉をかき消すように静かに照らしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


<アリア視点>

静かな朝の教室。まだ誰もいない窓際の席で、アリアはそっとノートを開いた。


書かれているのは魔法理論の公式。でも、文字の一つひとつが頭に入ってこない。


(……集中できない)


それは、自分でもよくわかっていた。

原因は、昨日の――ユーリとの会話だった。


「俺は君を、一人にはしない。アリア」


あの言葉。

まっすぐに、まるで当たり前のように言ってくれたその一言が、ずっと胸の中で灯り続けている。


(どうして……あんなにまっすぐ言えるんでしょうか)


私だったら、怖くて言えない。

誰かを守るなんて、自分には荷が重いと思ってしまう。

でも、ユーリ様は違う。迷わずに、まっすぐに、私の不安を受け止めてくれた。


ページを閉じ、そっと窓の外に視線をやる。

春の終わりを告げるように、花々が風に舞っていた。


(ユーリ様は、私にとって――何なのでしょう)


心の中で問いかけてみる。

騎士様? 頼れる人? 尊敬する人? それとも……。


胸の奥が、静かに高鳴った。

答えはもう、自分の中にある。ずっと前からあった。


(……お兄様、のような人)


でも、それは血の繋がった「兄」じゃない。

冷たく見下ろすことも、命令することもない。

“私を、私として見てくれる”――そんな、本当の意味での兄。


(……兄様)


その響きを、心の中でそっと繰り返す。

ほんの少し照れくさくて、でも不思議とぴったりだった。


昔の私は、「兄」なんて呼ぶことさえ嫌だった。

けれど今は違う。

この人にだったら……この人にだけは、そう呼びたいと心から思える。


(誰かに許されたかった。見てほしかった。価値があると、思いたかった)


それを、初めてくれた人。

それを、言葉にせずとも感じ取ってくれた人。


――「兄様」と、呼ばせてください。


声に出すのは、もう少しだけ先にしよう。

でも、その名を心に決めた今、私はきっと少し強くなれる。


教室の扉が開き、ざわめきが入り込んでくる。


アリアはそっと背筋を伸ばし、ノートを開き直す。

もう一度、最初のページから。


“兄様”にふさわしい私であるために。

そして――いつかその言葉を、胸を張って伝えるために。


この回は、アリアが自分の感情と向き合い、「兄様」と呼ぶ覚

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。