十四
「危ないっ!」
理恵太の大声に、アイリータが振り向く。
同時に、理恵太が、帯に捻じ込んだままの、拳銃を手に取った。両手に構え、アイリータに叫んだ。
「伏せてっ!」
アイリータが身を屈めるのと、理恵太が鉤金を引くのが、同時だった。
だあーんっ、と銃声が響き渡り、司令官が肩口を押さえて、顔を苦痛に顰める。
よろよろっと、背後に後じさると、片手を装置に突き当てた。
その時、一際ぐんと攻撃音が激しさを増した。
ぐわっ、と猛烈な煙と、埃が、開いている入口から内部に吹き込んでくる。天井から、破片がばらばらと落下し、大きな塊が、どっと落ちてくる。
司令官が、がくりと上体を折った。手は、装置に置かれている。司令官の手が、装置の取っ手を掴んでいた。
ぐいっ、と司令官が、取っ手を思い切り引いていた。
それが江戸と、〝戦略大戦世界〟を繋ぐ絡繰を制御する何かだったのか、ぱっと幕を下ろすように、向こう側が消滅した。
出し抜けに、静寂が戻ってきた。
あれほど騒々しく聞こえていた爆撃音も、衝撃も一切、まるで聞こえない。
がくりと、億十郎は地面に腰を下ろした。
側に理恵太も、ぺたりを尻を地面に下ろし、億十郎に寄り添うように座る。
しばらく、黙ったまま、動かなかった。
やがて、理恵太が口を開いた。
「ここは、どこかしら?」
億十郎が理恵太を見ると、慌てて言い添えた。
「いえ、江戸のどこか? ってことよ!」
「左様か……」
億十郎には、どうでも良い。
アイリータはどうなったのか? 司令官は死んだのであろうか? 深傷を負ったのは、確実だろうが。
空が明るくなった。
夜明けである。
億十郎は立ち上がった。理恵太も、億十郎に倣って立ち上がり、側に並ぶ。
ほのぼのと明けてくる夜空に、遠景が目に入ってきた。どうやら、二人が立っているのは、高台にあると見え、眼下に町並みが広がっている。
あるものを目に取り、億十郎は晴々とした気分になった。
「理恵太殿。あれを見よ! 確かに、ここは、江戸に御座る!」
億十郎が指差した方向を見て、理恵太も大きく頷く。
「ええ。確かにここは、江戸に間違いないわ!」
二人は顔を見合わせ、ニッコリと微笑んだ。
指差した方向に聳えているのは、天守閣であった。江戸城の天守閣。あれが見えるのは、江戸に間違いなかった。さらに、明るくなった遠景に、すらりとした姿の富士山。
間違いなかった。
方角と、町の様子から、億十郎は目黒あたりかと見当をつけた。とすれば、今いるのは、目黒富士である。なるほど、天狗党が作った目黒富士と、〝戦略大戦世界〟は繋がっていたのだ。
億十郎は、背後に寝そべる娘たちを見やった。自分は、行方不明になっていた、娘たちを全員、救出したのである!
億十郎はさっと身を翻し、横になっているお蘭に近づいた。膝をつき、お蘭の肩口を優しく揺すった。
お蘭の目がぱちりと開いた。
あの時、垣間見た、大きな瞳が見開かれる。
ゆっくりと上体を起こし、ぼうっとした視線で億十郎を見つめる。
「お蘭殿」
呼びかけると、お蘭は問い掛けるように億十郎を見る。
「あなたは?」
億十郎はほうーっ、と安堵の溜息を吐いた。
どうやら、お蘭は無事に目覚めた。
「大黒億十郎で御座る。お蘭殿には、お初にお目に掛かる」
しかしお蘭には、何の反応もなかった。相変わらず、問い掛けるような顔つきである。
「お判りにならぬか? 拙者、お蘭殿の、許婚で御座る。大変な目に遭い申したな。しかし、もう心配は御座らん! 早速にも清洲屋へお送り申し上げ……」
言いかける億十郎の言葉を、お蘭は遮った。
「あのう、先ほどからお蘭、お蘭と仰りますが、それは誰のことでしょう?」
「えっ!」
あまりに意外なお蘭の言葉に、億十郎は背後に立っていた理恵太を振り返った。
理恵太は呟いた。
「記憶を失っているわ……! 二十六号司令官は、偽の記憶を消去するとき、本来の記憶も消したんだわ!」
「あ奴め!」
億十郎は拳を握り締めた。
司令官をとっ捕まえ、復讐したい衝動を必死に抑える。〝戦略大戦世界〟への関門は、二度と開かない。
どうすれば良いのだ?