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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
最終回 大団円の巻
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「それで、婚約は解消か? 大店の婿になろうって機会だったのに、残念だったな!」

 鞍家二郎三郎は、わざと軽薄な口調で億十郎に話し掛ける。億十郎はゆっくりと頭を振り、苦く笑い返した。

「そのような埒もない考えは、浮かび申さぬ。何より、お蘭殿の幸せが第一で御座る。今のままでは、拙者の嫁になっても、何一つ生活ができ申さぬでな。お蘭殿の姉、お幸殿が、何くれと面倒を見て、いずれ一人前の娘となれば、その時はその時で、またお話があろうかと存ずる」

 億十郎の自宅である。季節はようやく初冬になり、来月には師走を迎える。今年の冬は遅い。

 お蘭は完全に、本来の記憶を失っていた。他の、江戸から拉致された娘たちも同様であった。

 だが、記憶を失ったといっても、個人的な記憶だけで、日常会話、普段の生活には困らない。とはいえ、八州廻りの嫁として迎えるには、もう少し時間が掛かりそうであった。

 二郎三郎は、からかうような目つきなった。

「で、理恵太のほうは、どうなんでえ?」

「理恵太殿で御座るか……」

 理恵太は、色々あったが、結局、清洲屋が養女として引き取ることになった。年頃も、お蘭の妹にふさわしく、お幸がお蘭と、理恵太を一緒に教育してくれる。

「目黒富士から消えた娘たち全員を救出したってのに、褒美は何一つ無しってのは、本当かえ?」

 二郎三郎の言葉には、少しく棘が感じられた。口調に、憤慨を感じる。しかし、億十郎は、また首を振った。

「それでよろしかろうと、存じます。何しろ八州廻りの縄張りは関八州。神隠しに遭った娘たちが、再び目黒富士にて戻ったのも、不思議の技という結論で御座る。それで良いので御座る。事を荒立てるのは、好みませぬ」

 二郎三郎は、からっと笑った。

「お前さんらしいや! まあ、お蘭も、理恵太も、落ち着く所へ落ち着いたわけだ。しかしな……」

 言葉を切り、にっと人の悪い笑いを浮かべた。

「あの理恵太って娘、お前さんに惚れてるんじゃねえのか? 清洲屋の娘になったわけだから、もしかして、理恵太のほうが、お前さんの嫁になるって算段かもしれねえぜ! どうだい? 二人の【遊客】が夫婦になりゃ、鬼に金棒だと思うがね!」

 二郎三郎の言葉に、どう言い返そうかと億十郎が考えあぐねたその時、からりと障子が開いて、縁側に源三が膝をついた。

「お茶のお替りで御座います」

 盆に急須を載せ、室内にするすると入ってくる。

 湯飲みに煎茶の、良い香りが漂う。茶葉は、清洲屋が定期的に億十郎の自宅に届けてくれるようになって、億十郎は江戸にいる限り、第一級の味を楽しめた。

 相変わらず源三は心得ている。茶を口に含んで、億十郎は時間を稼いだ。盆を膝に、源三は退出する。

「それより、二郎三郎殿には、是非ともお尋ねしたいことが御座った」

「なんでえ?」

 二郎三郎は、ちょっと身構えた。

「拙者が〝戦略大戦世界〟で、考えられぬほど、力を揮えた次第については、お話申し上げたが、なぜなのか、まだ伺っておりませぬ」

「それか……」

 二郎三郎は顎を撫で、考え込んだ。

「色々と考えたが、やはり理由はたった一つしか思いつかねえ……」

 億十郎は居住まいを正した。謹聴する姿勢になる。

「お前さんが〝戦略大戦世界〟に入り込んだためじゃないか、と俺は思っている。第一、他の仮想現実に、NPCが入り込んだなんて話、俺にも初耳だ。仮想現実は各々、様々な物理定数が違っていて、それでNPCが簡単に入り込めない仕掛けになっている。向こうの二十六号司令官が、娘たちを意識喪失の状態にして、運び込んだのも、それが理由だ。お前さんが向こうの世界で、無敵の【遊客】になったのも、同じ理由だろう」

 二郎三郎の解説に、億十郎は腕を組んだ。

 そう言えば、二十六号司令官はどうなったのだろう? アイリータは?

「億十郎様……。お客様が……」

 源三が神妙な顔つきで、縁側に膝をついて報告した。

 客? 億十郎には、覚えがない。

 が、二郎三郎が手を振った。

「俺が呼んだ客だ。こっちへ接続したら、お前の家を訪ねるよう、言ってあった」

 二郎三郎の言葉に、億十郎は眉を上げた。

「接続? となれば、現実世界からの【遊客】殿で御座るか?」

「そうだ、おい源三。こっちへ寄越してくれろ!」

 二郎三郎の言葉に、源三は「へーい!」と答えて玄関へと戻って行った。やがて庭先に、源三に連れられ、夫婦らしき中年の男女が姿を表した。

 二人とも、町人風の佇まいであるが、億十郎には即座に【遊客】であると感じられた。

 どちらも、ごく普通の顔立ちである。背はそう高くはなく、江戸の町にいても、町人たちの間に完全に紛れて、【遊客】とは中々看破されないだろう。

「理恵の両親で御座います……」

 男のほうが、口を開いた。

「理恵……殿と申されると……」

 聞き返して、億十郎は女の顔が、理恵太の面影を映しているのに気付く。

「まさか……理恵太殿が!」

 叫んだ億十郎に、父親らしき男が頷いて見せた。

「左様です。うちの理恵が、あなた様に大変、御迷惑をお掛け申し上げたと聞き、こうして参った次第で……」

「ははあ!」と、億十郎は感嘆の声を上げた。

「理恵太殿は、本名は理恵殿と申し上げるのか!」

 億十郎は二郎三郎を見た。二郎三郎は、薄笑いを浮かべ、そっぽを向いている。

「出島の、出入国管理部門の、アーネスト・サトーに談判して、理恵太の本名を突き止めたんだ。関所では、本人の記録を照合するから、どうしても本名を明かさなければならねえ決まりだ。後は名前を手繰って、この両親に行き着いたという寸法さ」

 両親は深々と頭を下げた。

「鞍家様にも、一際ならぬ御迷惑をお掛けしました。〝ロスト〟したとしても、うちの娘の分身で御座いますから、この江戸で幸せに暮らしていると聞き、安堵いたしました」

 億十郎は立ち上がった。

「そうと聞いては、愚図愚図しては、おられぬ! 只今より、すぐに清洲屋へ参り、面会いたそうではないか!」

 億十郎の言葉に、両親は顔を輝かせた。

「有難う御座います……」

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