十二
いた!
たった一度、垣間見た、お蘭の細い頤、やや浅黒い肌。瞑っていても、切れ長の、大きな瞳が億十郎の視界に飛び込んできた。
「お蘭殿!」
駆け寄り、肩に手を伸ばそうとした億十郎を、理恵太が鋭い叱声で止めた。
「やめなさい! 何をするつもり?」
「えっ?」と、億十郎は顔を挙げ、理恵太と目を合わせる。
「何を……? 決まっておる! すぐさま、娘御たちの目を覚まさせるのだ! 偽の記憶など、刻み付けさせて堪るか!」
同情するように、理恵太はゆっくりと頭を振った。
「気持ちは判るけど、この状況で強引に目を覚まさせるのは、考え物よ。今の娘さんたちは、あたしたちが仮想現実に接続しているのと同じ状態なの。もう一つの世界で、長い夢を見ているのよ。無理に接続を断つと、悪い影響が残るわ。夢で見た記憶と、本当の記憶が入り混じり、どっちが自分か判らなくなって、あとで困るわ」
億十郎は、苛々と拳を前歯で噛んだ。
「糞っ! では、どうすれば良い?」
アイリータと、理恵太が、じろっと二十六号司令官を睨んだ。
司令官は、ぎくりと背を反らせ、たじたじと後じさる。
「な、何だ、その目はっ!」
アイリータが押し殺した声で迫った。
「記憶消去の手順を教えなさい。ここにいる全員に刻んだ、偽の記憶を消すのよ! あんたなら、できるでしょ?」
ぐるりと、億十郎は、二十六号司令官に向き直った。怒りに、全身が小刻みに震えるのを、抑え切れない。
「本当か? 本当に、お主なら、娘たちに刻んだ、偽の記憶を消せるのか?」
全身全霊を込めて、億十郎は司令官を睨み据えた。怒りが物理的な迫力となって、司令官に突き刺さった。
司令官は、さっと顔を青褪めさせた。ぴくんっ! と全身の筋肉を硬直させ、ただただ呆然と億十郎の視線を受け止めている。
「よせ……よせ……っ! 近づくなっ!」
悲鳴を上げ、首を何度も横に振る。だが、全身は凍りついたようにびくとも動かない。
「今すぐ、娘たちに刻んだ嘘の記憶を消せっ! そして、元に戻すのだっ!」
億十郎は大喝した。
びくうっ! と司令官は全身を慄かせ、ぴょんと、その場で飛び上がった。
「は、はいっ! 今すぐ、いたしますっ!」
甲高い声を上げ、直立して、ぎくしゃくと茶酌み人形のように、ちょこちょこと小走りになって、部屋の隅に歩いて行く。
ふうーっ、とアイリータが息を吐き出した。
「今のは、凄かったあ! あたしも、あんたの怒りに、倒れそうになったもん!」
理恵太も、顔を蒼白にしている。
「あたしも……。何だか、自分が怒鳴りつけられているみたいだったわ!」
億十郎は恥じ入った。
「申し訳も御座らん……」
司令官は、猫背になって、装置に向き合っている。手許が素早く、装置の抓みや、取っ手を動かしていた。
ちら、と億十郎は司令官を見た。
司令官が顔を挙げ、億十郎に視線をやる。
凝然と、億十郎の胸に、氷が居座った。
何と、司令官は、億十郎の顔を見て、冷笑を浮かべたのである。




