第9話 森の恵み
「これが今回の成果やな」
俺たちは戦利品を並べて、検分していた。
量はそれほど多くないが、ごぼうによく似た根菜に、クレソンやミツバを思わせる草。そして大量の椎茸によく似たキノコが並んでいた。ほかにも、見慣れない石がいくつかあった。
「ごめんな、ほんまはもっといっぱいあったのに」
「それは言わん約束やろ」
「うん……」
「とにかく、こいつらがどう食べれるかの確認や。食事のレパートリーが増えるんや。楽しくいくで」
「……うん、そうやね。わかった」
アイは頷いて、顔を上げた。
「じゃ、こいつからやな。生でいけるんか?」
俺はごぼうもどきを手に取った。
「草は生でもいいみたいやけど、それは薄皮を剥いた方がええみたいよ。あ、キノコは絶対に食べたらあかんよ?」
「さすがにいきなり食べへんわ。しかし、薄皮か……いつもの石でこするしかないか。なんかナイフとか作れたらええんやけどなぁ……」
石の方に目を向けながら、アイに尋ねた。
「アイ、こっちは俺がやるから石を調べといてくれるか? 後で教えてくれ」
「わかった」
「ほな、こすりますか」
*
ごぼうもどきの薄皮をだいたい剥き終えた頃、アイが戻ってきた。
「ワタル、石を調べ終わったで」
「ちょうどええわ。今、薄皮がだいたい剥けたところや」
俺はそう言って、ごぼうもどきを一口かじった。
「ぶっ、甘っ、何やこれ!? 見た目ごぼうの癖にめっちゃ甘いやんけ! 脳みそバグるわ!」
「甘いは美味しいんちゃうの?」
「いや、そういうことちゃうねんけど……ええわ、食ってみぃや」
アイはごぼうもどきを受け取って一口かじった。大きな瞳が潤んでいる。
「甘い……美味しい……」
「あ、そうか。アイはごぼう食った事ないんか」
アイはごぼうもどにを吸い始めた。
「吸っても、美味しい。甘いが出てくる……」
「美味いんなら、よかったわ。一旦、石のこと教えてくれるか?」
「ちゅーちゅー」
「あの……アイさん?」
「ちゅーちゅー」
アイはしばらくの間、戻ってこなかった。
*
しばらく経ってアイは我に返った。
「ごめん、ワタル。うち、よぅわからんことなってたわ」
「お、戻ってきたか。よっぽど気に入ったんやな。ほな、石を調べた結果を教えてくれるか?」
「うん、わかった」
拾った石の特徴を一つずつ確認していく。その中にいくつか気になる石があった。
「気になるんは何個かあったけど、こいつがダントツやな」
俺は濃い灰色で、割れた断面がろうのような光沢を放っている石を手に取った。
「ナイフを作れる上に、火打ちにも使えるって万能石やん!」
「そうやね。ちょっと脆いみたいやけど。そんで、火打ちに使うんは前にワタルが拾ってた黄色い石あるやろ? あれを叩くんやて」
「ん……? あぁ! 斧作った時のやつな。火花出たから後で調べよ思って避けといたんや」
「そう、それ」
「……どこやったっけ?」
「知らんよ? ワタルが持ってるんちゃうの?」
「あれ……?」
泉の端に向かってダッシュした。
*
「はぁ、次は……はぁ、気を取り直して、はぁはぁ……」
「ワタル、息絶え絶えやけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫や……とにかく……火起こしを……」
「落ち着いてからの方がええと思うで?」
「すぅ〜、はぁ〜……よし、大丈夫や。やっと弓きりから解放されるんや。呑気にしてられるかいな」
文明の進歩を目の前にして俺の心は逸っていた。
「さっきも言ったけど、これで点けるん難しいみたいやで。あんま期待せん方がええんちゃうかな?」
「コツはわかっとる。この黄色い石に万能石を斜めに擦るように打ったらええんやろ?」
「万能石てなんなん。それで合ってるけど、ちゃんと火種に火花散らして燃やさなあかんからね」
「任せとき。アイは火口を用意してくれ!」
「わかった」
*
いつの間にか辺りは赤く染まっていた。
「……あかん、全っ然点かん……火花、めちゃくちゃ散っとんのに」
「やっぱ難しいんやねぇ。火、起こしといたで?」
「……え?」
「いや、もう時間も遅いから火起こしといたでって」
「あ、そうなん? ありがと」
文明開化はまだ先になりそうだ。
*
焼けていく魚を眺めながら俺は項垂れていた。
「まさか、火打ちがあんな難しいとは思わんかったわ……」
「しゃあないやん、特別燃えやすい火口があるわけやないし」
「それはわかってんねんけどさぁ」
そう言って顔を上げた俺の目にキノコの山が飛び込んできた。
「そうや! キノコあってんやん! アイ! 見分け方教えてくれ!」
「ワタルが火打ちしてる間にサーチしといたけど、ほんまにおすすめせえへんよ?」
「ええから、はよ!」
「縦に裂いた時に繊維が細い方が食べれるみたいやけど、比較対……」
「細い方やな! わかった!」
俺は次々とキノコを裂いて見比べていく。魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
「ワタル、魚焼けてるで?」
「今、それどころちゃうねん! これとこれ、どうや! こっちの方が繊維が細い!」
「それ、大きさの違いちゃうの? そもそも、食べられるキノコの見本がなかったら、比べようがないと思うで?」
俺は両手に持ったキノコを見比べた。確かに繊維が細かい方が小振りだった。
「あれ? ほんなら見分けるんとか無理なんちゃうの……?」
「だからおすすめせん言うたやん。最後まで聞いてくれへんから……」
その日は焦げた魚を泣きながら食べた。
*
女は森を走っていた。蜂蜜色の髪をなびかせ、木々の間に獲物の姿を探していた。
獲物を見つけると、彼女は息を潜めた。風に揺れる葉の音さえ、遠のいたように感じられた。手に持った弓を引き絞る。
切れ長の瞳が魔物を捉える。
放たれた矢は、風をまとったかのように真っ直ぐ、力強く飛び、魔物の眉間に突き刺さった。次の瞬間、魔物は声を上げる間もなく、巨体を地面に崩した。
彼女の数倍はある魔物を解体するのは、なかなかの重労働だった。皮を剥ぎ、肉を切り分けるだけでも手間がかかる。
「こんなところかしら」
女は一人ごちながら視線を動かした。その時、枝に引っかかった籠が目に留まった。
(こんなところに、籠?)
それは草縄で編み込まれており、中には植物が入っていた。どれもが、口にできるものだった。
(この辺りに人はいない筈……いったい誰が?)
女は訝しげに籠へ手をかけた。異常なほど均一に固く編み込まれた網目に枝先が深く食い込み、引っ張ってもなかなか抜けなかった。
(どうやらおかしなモノがうろついているようね)
乱れた足跡が目に留まった。大きさの違う足跡が二組……。何度も滑りながらぬかるみを駆けていったようだ。
(二人……何かから逃げたのかしら?)
女はその足跡を辿って、泉の方へ足を向けた。




