第8話 涙
いつもの朝食。アイは今日も美味しそうに球根を食べている。
「今日は少し探索範囲を広げよか」
「ん?」
「今食ってるこれかて、いつまでも取れるわけやないやろ。仮やけど生活拠点もできたし、森の方でも食料を集められた方がええ」
「あー、そうやね」
「あくまでも、すぐに逃げ込める範囲内でな。この前ほどは入り込まん。魔物が入ってこん境界も曖昧やしな。それに……」
「それに?」
「他にも美味いもん食べたいやろ!」
「おー、美味しいは賛成!」
ほんの少しだが、余裕が出てきたせいか、食に対する欲求も変わってきた。
「でな、探索範囲やけど、泉から流れ出てる小川があるやろ? あの川沿いに探索しようと思ってるねん。道標にもなるし」
「うん、そうやね」
「で、この森に、そういう場所で採れる食べ物があるか調べられるか?」
「小川沿いの、ちょっと湿ったような場所に生える食べ物があるかってことやね。ちょっと待ってな」
アイのサーチが終わるのを待った。
「んー、そういう場所なら、食べられる根っこを持つ植物や、水辺に生える草が候補になるみたいやね。種類によって生える場所も違うから、周りの環境を見てみんと分からへんけど」
「なるほどな。現地で確認やな。なんにせよ、可能性があるんやったら行く価値はあるな」
*
俺たちは、斧を作るために石を集めた場所に立っていた。
泉から流れ出した水が、細い流れとなって木々の間へと続いている。水音は小さいが、森の静けさの中でははっきりと聞こえた。
背後には、いつもの草地がある。
俺たちは小川の先へ目を向けた。ここから先は、まだ知らない森だ。
「ここから先はどこまで安全圏かわからん。注意して進んでいくで」
「うん、わかってる」
「ええか。前も言ったけど、魔物の前ではサーチ禁止や。仮に食べ物見つけてても、それ捨ててでも逃げるからな」
「わかった」
俺たちは頷き合った。
「最後に確認やけど、アイは食べれるもん見たらわかるねんな?」
「うん、サーチに引っかかったやつはわかるで。ただ、見た目がそっくりの別物とかはわからへんかも」
「ふむ。ほな取れるもんは取って、戻ってきてからじっくり仕分けやな。俺も目についたもんは拾っとくわ」
「せやね」
俺は小川の先へ目を向けた。
水の流れは木々の向こうへ続いている。どこまで行けば何があるのか、今はまだわからない。
まずは、戻れる範囲で少しずつや。
「ほんなら、行こか。慎重にな」
*
俺たちは食べられそうな植物を拾いながら、小川に沿って森の中を進んでいく。
心地よいせせらぎが耳をくすぐる。だが、木々は次第に生い茂り、地面に届く光も少なくなっていった。
「ん? この葉っぱも、なんか見たことあるな」
俺は川辺に群生していた、小さな葉が連なり、茎が水際に広がっている植物に目を留めた。
「あ、ワタル、それサーチで調べたやつやわ。噛むと爽やかな感じがするみたいやで」
「そうなん? クレソンみたいやと思ってんけど」
「見た目は似てるけど、味は違うみたいやね。あの美味しい球根もレンコンみたいな見た目してるやん」
「わざわざ美味しいつけんでも……。まぁ、確かにそうやな。てことは味はともかく、食べれるもんの見た目は俺らの世界とあんま変わらんのかもしれんな」
「そうかも。調べてみる?」
「いや、今はええわ。何があるかわからんからな。サーチしてたらすぐ逃げれんやろ」
「……? わかった」
「よし、こいつら回収したら他探そか」
俺たちはその葉を摘み取って籠に入れ、もう少しだけ奥へ進むことにした。
*
ぬかるんで歩きにくい場所を進んでいく。
「くそ、足が取られるな……。アイ、滑らんように気ぃつけや」
「うん、ワタルもな」
アイの方に振り向いたとき、倒木が目に留まった。
「ん? アイ、あれキノコちゃうか!? 俺キノコ好物やねん!」
俺はいそいそと倒木に近づいていく。椎茸のようなキノコが並んで生えている。
「それは知ってるけど、うちキノコの見分けまでつかんよ。それ食べられるやつに似てるけど、そっくりの毒キノコあるみたいやで」
俺はピタリと止まり、ゆっくりとアイへ振り向いた。
「……ほんまに?」
「嘘つく意味ないやん」
俺はその場に崩れた。
「……ほんまに、そっくりの毒キノコあるんか?」
諦めきれず、再度尋ねた。
「そんな食べたいんやったら、戻ったら見分け方サーチしよか? うちはお勧めせんけど……」
「おお! せやな! もしかしたら見分けられるかもしれんもんな!」
俺は倒木に生えたキノコをいそいそと籠に入れていく。
「ほんまに好きなんやねぇ。ふふ」
後ろでアイが生暖かい目で見ていたことには気づかなかった。
その後も少しだけ進みながら探索した。ミツバに似た植物とゴボウに似た根菜を見つけることができ、食料が順調に増えていくことに、俺たちは気持ちを弾ませていた。
そして今、俺たちは岩場の前に立っていた。岩場は左右に長く広がり、乗り越えて進むのは難しそうだ。目印にしていた小川も、岩の隙間へと消えていっている。
「こっから先は岩場を迂回せな進まれへんな」
「そうやね。どうするん?」
「元々、そんな深入りする気もなかったし、ここで戻ろか。それなりに新しい食べ物も見つかったしな」
そう言いながら、周囲を見回した。
「なんか、泉側では見たことない石が結構落ちてるな」
今や石も貴重な資源だ。
「うん、持って帰る?」
「せやな、あっちで見たことあるやつ以外、少し持って帰ろ」
「うん」
「石は重たいから俺が持つわ……って、キノコ取りすぎて、入らんな。食材はそっちで預かってくれるか?」
「うん」
俺は食材の大半をアイに渡し、帰路についた。
*
「魔物にも会わんかったし、食料も手に入ったしで万々歳やな」
「うん、よかったね。ワタル」
小川に沿って来た道を戻る。クレソンに似た葉を見つけたあたりで、ぬかるんだ地面に大きな足跡が残っているのが目に入った。浮かれていた気持ちが一気に冷えていく。
「……アイ、これ」
「これって、前に見た……?」
「ああ。あん時のやつかもしれん。さっきこの辺見てた時はなかったはずや……」
俺は周囲を見回した。姿は見えない。けど、近くにいる可能性はある。
「あの嫌な気配はせんけど、どこに潜んでるかわからん。アイ、急いで帰るで!」
「う、うん!」
俺たちは慌てて泉へ向かって走り出した。
ぬかるんだ道に足が取られ、思うように進めない。先ほど通ったはずの道のりがやけに遠く感じる。
そのとき、アイの背負い籠が張り出した木の枝に引っかかった。
「あっ!」
アイは慌てて籠を下ろし、枝から外そうとした。しかし、枝先が籠の網目に深く食い込み、いくら引っ張っても抜けそうになかった。
「アイ、何してんねん! 早よ行くで!」
「でも、籠が……!」
「ええからほっとけ!」
俺はアイの手を引いて、その場を離れた。
*
「はぁ、はぁ、はぁ、結局なんもおらんかったけど、無事戻れて良かったわ」
俺たちは泉のほとりで座り込んでいた。視線を上げると、アイがうなだれていた。
「アイ?」
「ワタル、ごめんなさい。うちのせいで……せっかく集めたのに……」
そう言いながら顔を上げたアイの目には、涙が浮かんでいた。
「何ゆうてんねん。食料はまた探せばええ。二人が無事なんが一番大事や」
「でも……」
「でももヘチマもないねん。お前になんかあったら俺が嫌やねん。だから、もう……泣くな」
「泣く……? あ、うん。もう泣かんとくな。ありがと、ワタル」
アイはそう言ってぎこちなく笑った。




