第7話 屋根の下で
朝食を済ませ、俺たちはシェルター作りに取りかかった。
集めておいた枝や葉、それに昨日切り倒した木。材料は揃いつつあるが、何から手をつけるのか、まだ細かいところまでは決まっていない。
前にアイに教えてもらった作り方を思い返しながら、俺は周囲を見渡した。
「テントみたいに両側から屋根を作るんは、やっぱり難しいかな?」
「できると思うけど、長い枝がたくさんいるんちゃうかな?」
「木はあんま切りたぁないな……。ほんなら、片流れにするか。片側を高くして、そっから斜めに屋根を下ろす形やな」
「それなら、材料も少なくて済みそうやね」
「よし、それでいこう」
「ん〜。どんくらいの大きさにするかな」
「必要な広さを教えてくれたら計算できるよ?」
「そんなんもできるんか……。最低でも二人が並べる幅、足を伸ばして横になれる奥行き。立ったまま中に入れる高さが欲しいな」
アイは周囲を見渡した。
「じゃ、あの辺りがええんちゃうかな? 柱の片方は木を使うんやんね? ちょっと泉に近いのが気になるけど」
「せやな。これ以上、木ぃ切るんはできるだけ避けたいし……この際しゃあないやろ」
目的の場所まで移動すると、アイは枝を並べて地面に目印を作っていった。
「広さはこのくらいで、高さはあの枝の根元に横木を渡せばええんちゃうかな。足元は低くなるから、奥行きは少し広めに取ってるで」
アイは木に生えた一本の枝を指差した。
「おお、ちょうど良さそうやな。じゃ、縄で長さ測るか。アイ、こっち押さえといてくれるか」
「うん」
あらかじめ作っておいた縄を使い、必要な長さを測っていく。
アイが縄の端を押さえ、俺が反対側を引っ張る。何度か位置を調整して、柱や横木に使う長さを決めた。
これで骨組みの基礎は用意できそうだった。
「ほな、木を使える長さに切り分けていくか。切ってる間にアイは屋根に使えそうな枝をまとめといてくれ」
「うん、わかった」
俺は石斧を手に取った。
「下手したら今日も一日がかりやろうな……」
ぼやきながら、木材に刃を当てた。
ゴッ。乾いた音が響いた。刃は、思っていたよりも狙った場所に深く食い込んだ。
「……ん?」
もう一度、斧を振り下ろす。
ゴッ。今度も、ほぼ同じ場所に刃が入った。
「なんか、昨日よりええとこいくな。経験が身についたんかな……」
独り言を漏らし、木材を見下ろす。確かに、昨日よりは斧の扱いに慣れたのかもしれない。
でも、それだけでこんなに違うもんやろか。
「ワタル、どうしたん?」
枝をまとめていたアイが、手を止めて尋ねた。
「いや、なんでもない。ちょっと思ったより調子ええなって」
俺は首をひねりながら答えた。
「調子ええなら、ええやんか。変なワタルやな」
「まぁ、そうやな。調子乗ってるうちに終わらせてまうわ」
「調子乗りすぎて失敗したらあかんで」
「わかっとるわ!」
軽口を叩きながらも作業を進めていく。
「柱に使う分はこんなもんか……。上手いことええ長さに切れたな。こっち側を尖らすんは後でええか」
「ワタル、こっちの枝は長さごとに分けといたらええ?」
「おう、頼むわ。長いのは屋根の骨組みに使いたいから、別にしといてくれるか」
「了解やでー」
アイは枝を長さごとに分け、使いやすいように並べていった。
「次は横木の分やな。アイ、切る場所を決めるから縄持っといてくれ」
「うん、ここでええ?」
「おう、大丈夫や。先に印してまうわ」
尖った石で傷をつける。
「よっしゃ、離れときや」
「うん。そうや、枝の仕分け終わったで」
「じゃ、先に運んどいてくれるか」
「うん」
アイが離れたのを確認して、斧を振り下ろす。
印をつけた場所に、綺麗に刃が入った。
「なんやろ……まぁ、早よ終わるに越したことはないか」
今は余計なことを考えるより、シェルターを完成させるのが先だった。
*
「材料の加工、思ってたより早よ終わりそうやな」
「うん、ワタル凄いやん。昨日あんな苦労してたのに」
俺たちは昼食休憩をとっていた。
「いや、俺もよぅわからんけど、やたら上手いこと体が動くねん。なんや気持ち悪いわ」
「そうなん? でも、上手く動くんやったらええやんか」
「まぁ、そうやな……って、さっきもこのくだりやったやろ!」
「そうやね。ほな、早よ作ってまお?」
「はぁ……まぁええわ。今はシェルターが先やな。これ食ったら再開しよか」
「うん、頑張ろな」
*
「支柱の場所はここでええんやな?」
「うん。枝を交差させて目印作ってるとこに突き刺して」
「了解」
先端を尖らせた支柱を地面に突き刺した。反対側は枝を残して二股になっている。
「結構しっかり刺さるもんやな」
「念のため、周りを石で固めといた方がええみたいやね」
「なるほど。倒壊したら洒落ならんもんな」
「次は横木やね。渡したら縄で縛った方がええね」
横木を支柱に預けようとして、俺は気づいた。
「……アイ、今更やけど、横木を乗せるとこが高すぎて縛られへんわ……」
「あ、ほんまやね。できあがりの高さしか考えてへんかったわ。ごめんな。低くする?」
「立ったまま入りたい言うたん俺やからな。なんか方法ないか?」
「一回、地面で縛ってから持ち上げる方法なら取れるかも?」
「なるほど、それでいってみよか」
一度、支柱を地面から抜いて横倒しにした。
二股になった先端に横木を渡し、草の繊維を撚った縄で何重にも巻いて固定する。
「よっしゃ、アイ。支柱が倒れんように支えてくれるか? 俺が横木を持ち上げるわ」
「うん」
「先に木の枝に横木を預けてから、支柱を地面に差し直すからな」
「わかった」
俺は横木を両手で握り、ゆっくりと持ち上げた。アイが支柱を支えてくれているが、横木と支柱を一体にした分、重さが腕にずっしりとかかる。
「せーの……よっ!」
力を込めて持ち上げる。けど、横木は胸の高さまで上げるのが精いっぱいだった。これでは木の枝に届きそうにない。
「ワタル、ぷるぷるしてるけど大丈夫?」
「い、いや、これはあかんわ……。アイ、こっち来て。一緒に下ろしてくれ……」
二人で支えながら、ゆっくりと横木を地面に下ろした。
俺は手を離すと、その場で息をついた。
「……あっぶな。無理したら怪我するとこやったわ。アイ、すまんな」
「ううん。どうするん? やっぱ低くする?」
「せやな、それしかないか。残念やけど」
「仕方ないね」
俺は改めて、シェルターを作る場所を見渡した。
「支柱の加工しとくから、横木を預けられそうな木を探してくれるか?」
「うん、わかった」
「はぁ、一筋縄ではいかんな」
*
横木を低い位置で支えられそうな木を、アイが見つけてきた。
「都合よく生えてたもんやな。助かるけど」
「うん、泉との距離も程々に空いてるし、ちょうどええやろ」
「まぁ、怪我の功名やな」
まずは支柱を地面に打ち込み、周りを石で固める。
横木を支柱の二股に載せ、縄で何重にも縛った。アイに反対側を支えてもらいながら、横木を木の幹に当てる。太い枝の根元に引っ掛けるように位置を調整し、縄を幹に回して固定した。
「さっきの苦労は何やったんや……」
「立って入れるお家はまた今度作ろな」
「せやな。まずは雨をしのげるだけでも十分や」
アイに慰められながら、作業を続ける。
「次は屋根部分やな」
「うん。長い枝だけやと足りんと思うから、短いのもつながなあかんよ」
「わかった」
横木から地面に向かって、枝を斜めに立て掛けていく。
長さが足りないところは、短い枝を十分に重ね、縄で何か所か縛ってつないだ。一本ずつ結び目を締め直し、枝がずれないか確かめる。
さらに、その上に細い枝を横向きに渡していった。斜めの枝と交わるところを縄で固定し、葉を載せても隙間に落ち込まないようにする。
地面に接する枝先も、ずれないように石で押さえた。
「……こんなもんかな」
骨組みができたところで、俺は一度手を止めた。
「うん、ええと思う」
アイは屋根の骨組みを見上げ、それから周囲にまとめておいた葉を運んできた。
「あとは葉っぱ並べるだけやな」
そう思って葉を置いてみたが、これがなかなかうまくいかなかった。
隙間ができる。重ねた葉がずれる。形を整えても、次の葉を置くとまた隙間ができる。
「……あかんな。なかなか難しいぞ。これじゃ雨が入ってくるわ」
何枚か置き直してみたが、どうにも要領がつかめない。
「アイ、そういや葉っぱの並べ方、ちゃんと聞いてへんかったな。どう並べたらええんや?」
「あ、そうやね。葉っぱはな、雨が流れていく向きに重ねるんやって。下にある葉っぱの上の部分を、上から重ねる葉っぱで隠すようにするんよ」
「雨が流れる向き……。ああ、上から置いたらあかんのか」
「特に一番下は雨が滴るから厚めにせなあかんって。あと、一番上の葉っぱは大きめなんがええみたいよ」
「あー、そういうことか。瓦のイメージやな。わかったわ」
「うん、それで合ってるで」
頭の中で形がつながった。
もう一度、葉を手に取る。さっきまで何度も置き直していたのが嘘みたいに、葉の位置が決まった。
一枚置いて、その上にもう一枚。隙間ができないように重ね、次の場所へ移る。
「……おっ、ええやん」
手が止まらなくなった。
葉を置く場所も、重ねる向きも、次にどうすればいいのかも、自然とわかる。
「ワタル、上手くなったねぇ。うち、葉っぱ渡してるだけになってるで」
「まぁ、理屈がわかったしな。渡してもらえるだけでも全然楽やで」
そう答えながらも、俺は少しだけ引っかかっていた。
さっきまでは、どうやっても上手くいかなかった。それが、仕組みを理解した途端、急に作業が進むようになった。
……まあ、考えてもしゃあないか。
俺は手を動かし続けた。
*
どれくらい時間が経っただろう。
最後の葉を重ね、俺はようやく手を止めた。
「……できた」
「ワタル、できたやん!」
床には枝を並べ、その上に葉を敷いた。屋根にも葉を重ね、骨組みを縄で固定してある。壁はない。それでも、頭上には雨をしのげる屋根があった。
「壁はないけど、屋根はある。やっと野晒しやなくなるんや」
俺は完成したシェルターを眺めた。
達成感はある。けれど、木材の加工も、骨組みの組み立ても、葉を並べる作業も。上手くいきすぎた。
昨日は、木を一本切り倒すだけであれほど苦労したのに。
「……出来すぎてないか、これ」
思わず口に出していた。
「何はともあれ……まあ、ひとまず完成や」
そのとき、アイがシェルターの中へ入っていった。
「おお……。すごいね、ワタル」
屋根を見上げ、床に敷いた葉にそっと触れる。それから、俺の方を振り返った。
「すごいね。安心やね」
俺は、少しだけ目を見開いた。
アイは微笑んでいた。
俺の目から、一筋の涙が流れた。
「あぁ、安心やな……」
俺も、アイに微笑み返した。




