第6話 石斧
「はぁ〜……想像以上に疲れたわ」
俺は背負っていた籠を地面に下ろし、座り込んだ。足を投げ出し、両手を後ろにつく。
「ほんまやねぇ。思ったより歩いた気ぃするわ」
アイも背負っていた籠を下ろし、肩を軽く回した。空を見上げると、太陽はまだ高い位置にあった。
「……まだ昼やってんな」
「そうみたいやね」
「森の中やと、もっと時間が経ってると思ったんやけどな」
俺は籠の中身を確認した。屋根に使えそうな枝や葉は、ある程度集まった。けれど、肝心の柱に使う木がない。
いや、正確には、あるにはある。森の中に置いてきた、あの倒木だ。
「……やっぱ、あれを何とかせなあかんな」
「さっきの木?」
「ああ。あれを運べる大きさにできたら、シェルター作りも進むはずや」
とはいえ、石で叩いたくらいでは表面に傷がつくだけだった。このまま無理に運ぶわけにもいかない。あれを切り分ける道具が必要だ。
「アイ。ここらで取れる材料で木を切る道具って、何か作れるんか?」
「ちょっと待ってな」
アイは目を閉じ、両手をこめかみに当てた。しばらくして、目を開いた。
「石斧なら、この辺りで取れる材料でできそうかな。石を刃にして、木の柄に取り付けるんやって」
「石斧か……。また石器時代に近付いたな」
「木を切るんやったら、そういう道具が使えるみたいやね」
「そんじゃ、作ってみるか。まずは材料探しからやな。いつも枝を削ってる石と似たような石でええんか?」
「うーん、ちょっと違うみたいやね。枝を削るだけなら鋭い縁があればええけど、木を切るには、叩いたときに刃先が簡単に欠けへんことも大事みたいやで」
「色々試してみるしかないか」
「そうやね」
俺たちは、泉から水が流れ出す場所へ向かった。
水の流れる辺りには砂利が多く、ところどころ岩肌も露出している。大小さまざまな石が転がっており、二人で手分けして手頃なものを集めた。
「大きさを考えると、こんなもんかな。これを割って刃にしたらええんか?」
「うん。まずは石を叩いて大まかな形を作って、あとは硬い岩に擦りつけたり、砂を使ったりして刃を整えるみたいやね」
「なかなかの作業やな。こん中のどれが適してるかわかる?」
「待ってなー」
アイが目を閉じ、しばらくして目を開けると二つの石を指差した。
「これとこれかな」
「このツヤツヤの白いのと黒いのやな? どっちも似たような手触りやな……。黒の方にしとくか」
俺は白い石を脇に置き、黒い石を手に取った。そのとき、集めた石の中に、黄色く光る石があるのが目に入った。
「……ん? なんやこれ」
黄色い石を手に取り、何気なく黒い石に打ちつけた。カッと乾いた音がして、赤い火花が散った。
「うわっ! 今ちょっと火花出んかったか!?」
「うん、出たね」
「ビックリした……。この石、何かに使えるかもしれんな。後で調べよ」
俺は黄色い石を脇に置き、作業を再開した。
アイに確認しながら、石を少しずつ割って大まかな形を作っていく。それから硬い岩に擦りつけ、砂を挟んで磨きながら刃を整えた。何度も同じ作業を繰り返すのは、思った以上に根気がいった。
ようやく刃を整え終えた頃には、日は沈みかけていた。
「……こんなもんかな?」
「うん、上手にできてると思うで。すごいやん、ワタル」
刃先は薄く、背に向かって厚みが増している。柄に挟む部分も、固定しやすい形に整っていた。
「……なんか、思ったよりずっと上手くいったな」
「上手くいったんなら、ええんちゃうの?」
「まぁ、そうなんやけど……」
俺はできあがった石の刃を眺めた。確かにアイに確認しながら作業を進めたけど、ここまで形を整えられるとは思っていなかった。
「……考えてもしゃあないか。今日はもう飯食って休もか。森行くんはまた明日やな」
立ち上がり、いつもの場所へ歩き出した。
「うん、あの葉っぱでくるんだやつ食べたい」
「なんや、あれ気に入ったんか? アイは甘いもんが好きなんやな」
「好き……うん、そうやね!」
「あ〜、今日も野宿かぁ」
「明日、頑張ろうな?」
「おう! 明日こそ野宿脱出や!」
*
翌朝、俺たちは石斧の柄を用意した。二股に分かれた枝の先端に、石の刃を挟み込んだ。刃先が柄の横から突き出すように向きを整え、草の繊維を撚った縄で何重にも巻いて固定する。きつく締め上げ、石の刃が動かないことを確かめた。
「よし、これでいけるやろ」
俺たちは石斧を手に、再び森へ向かおうとした。
「……あれ?」
ふと足を止め、振り返った。視界には草地、泉、いつもの寝床。そして、まばらに生えた木々があった。
「切る道具あるなら、ここで切ったら良くないか……?」
「そうなん? ワタル」
「果物のなる木は置いとかなあかんけど、あんな危険なとこで斧振り回すより、絶対こっちの木を切った方がええやんけ! うわー、なんで気づかんかったんや。あぶな……」
「あの倒木が絶対欲しいんやと思ってたわ」
「まぁ、そうやけども……。あそこに行かんですむなら、その方がええやろ」
「うん、それはそうやね」
「よし、良さそうな木ぃ、探そか」
*
「こいつでええか」
俺たちは、直径二十センチほどの、比較的まっすぐに生えた木に目をつけた。
「昨日の倒木よりちょっと太そうやけど、まぁなんとかなるやろ」
「ワタル、頑張って」
「まかしとき」
俺は石斧を振りかぶり、思い切り叩きつけた。カッと音がした。だが、刃は浅くしか食い込まなかった。
「あっ……くぅ……!」
手に想像以上の衝撃が伝わり、思わず顔をしかめる。
「ワタル、どうしたん?」
「いや、何でもない。ちょっと痺れただけや」
俺は柄を握り直し、何度か刃を打ち込んだ。
ゴッ。ゴッ。ゴッ。
木片が飛び、幹がわずかに抉れる。
「こんなもんなんか? 全然やんけ」
「くそ、諦めへんぞ」
俺はしばらく、一心不乱に斧を振り下ろし続けた。
*
「……あー、腹減ったな」
幹には浅い切り込みができているだけで、まだほとんど切れていない。
「ちょっとは進んだけど、まだまだやな。もうちょい頑張るか」
俺は再び石斧を振り下ろした。
「あかん、こんままやってても一日で終わらんぞ、これ」
額の汗を拭ったとき、アイがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「アイ、どっか行ってたんか? そろそろ飯に……」
「持って来たで。ごはん」
「おお、ありがとな。助かるわ」
俺は葉に包まれた食事を受け取った。葉を開くと、食べ慣れた球根が顔を出した。空腹だったこともあって、いつもよりうまく感じる。
隣では、アイも球根を美味しそうに頬張っていた。
「ほんま好きやな、それ」
「うん、やっぱり美味しいなぁ」
アイはそう答えて、また球根を口に運んだ。俺も残りを食べながら、切り込みの入った木を眺めた。
「しかし、斧の扱いがこんなに難しいとは思わんかったな」
「全然進んでへんね」
「ちょっとは進んどるわ! ……それよりアイ、斧の振り方にコツとかってあるんか?」
「使い方を調べてみるね」
アイは目を閉じ、しばらくして開いた。
「えっとな。力いっぱい振るより、刃を当てる場所を決めて、同じところを何度も狙うのが大事みたいやで。斜めに刃を入れて、逆の角度からも打つと、切り口を広げやすいんやって」
「力を入れるより同じところを狙う、か……。確かに、力入れすぎて抉れてるとこがバラバラやな」
「斧の重さで振るんがええみたいやで」
俺は幹の傷を確かめ、石斧を構え直した。今度は、力を入れすぎないように意識する。刃を振り下ろす。
ゴッ。
狙った場所から少し外れた。
「……惜しいな」
もう一度。
ゴッ。
今度は、狙った場所に近いところへ刃が入った。
「うん、まぁまぁええとこに当たってる」
何度か繰り返すうちに、狙った場所に刃が当たることが増えてきた。同じ場所に傷が重なり、浅かった切り込みが少しずつ深くなっていく。
「……なるほどな。もっと早よ聞いといたらよかったな」
「うん。もうちょっと進んでたかもしれへんね」
「じゃかぁしいわ。ともあれ、これならなんとかなるかもしれん」
口ではそう言ったものの、先は長そうだった。
*
石斧が幹を打つ乾いた音が辺りに響いていた。どれくらい時間が経ったのだろう。気づけば、辺りは赤く染まり始めていた。
「……手ぇ痛いな、これ」
「大丈夫なん?」
「今んとこはな。ちょっと休んだら、まだいけるやろ」
俺は石斧を地面に置き、手を開いたり握ったりした。正直、ここまで切れないものだとは思っていなかった。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
しばらく休んでから、俺は再び石斧を手に取り、幹の傷に目を向けた。
「正直、舐めとったなぁ」
幹についた傷は、最初に比べればずいぶん深くなっていた。
「でも、ちゃんと進んでるで?」
アイが幹を覗き込んだ。
「まあな。最初は傷をつけるだけでも精一杯やったし」
俺は刃を当てる場所を少しずつ調整し、反対側からも打ち込んだ。ただ、石の刃では一振りでつけられる傷が浅い。金属の斧ならもっと早いのだろうが、今は比べても仕方がなかった。
「よし……もうひと頑張りや! なんとか今日中に終わらすで!」
俺は石斧を振り下ろした。刃が木に食い込む。引き抜いて角度を変え、再び振り下ろした。何度も繰り返すうちに、切り口は少しずつ深くなっていった。
「おっ……!」
もう少しだ。
俺は刃を当てる場所を確かめながら、慎重に斧を振り下ろした。
「いけるか……?」
最後にもう一度、反対側から刃を入れる。幹が、わずかに傾いた。
「アイ、ちょっと離れて!」
「うん!」
俺は石斧を置き、木が倒れそうな方向を確かめた。両手で幹を押し、体重をかける。
「おらぁ!」
幹がさらに傾き、残っていた繊維が少しずつ裂けていく。
最後に、乾いた音とともに木が倒れた。
ドサッ、と鈍い音が草地に響いた。
「……よっしゃあ!」
思わず声が出た。
「やったね、ワタル!」
「いやぁ……長かったわ。ほんまに」
俺は倒れた木を眺めた。一日がかりで、ようやく一本。
手のひらはまだ痛むし、腕も重い。それでも、自分の手で木を切り倒せたことが、妙に嬉しかった。これで、シェルターの材料を手に入れられた。
「……さて。次は、これを使ってシェルター作りやな」
誤字と一部表現を修正し、段落・改行を整えました。
2026.10.31




