第5話 もう一度、森へ
「どれどれ、今日は収穫あるんかな……っと」
俺は泉に仕掛けた置きカゴを引き寄せた。
「おっ……!」
中をのぞき込むと、魚が三匹入っていた。
「おおっ、今日は大漁や!」
思わず声が弾む。
魚を見て喜ぶアイの顔が、目に浮かんだ。
初めて魚を釣ってから数日がたった。俺たちは置きカゴを作り、この草地で食べられる植物を探しながら、少しずつ食料を確保してきた。
「アイ、魚獲ってきたで。今日は三匹や!」
「ほんまに? やったやん!」
「そっちはどんな感じ? うまいことできたか?」
「うん、今、葉っぱにくるんどるとこやで」
「じゃ、くるみ終わったら焚き火のそばに埋めとこか。芋みたいな感じやったから、その方がうまく焼けると思うわ」
「うん、美味しくなるのは賛成!」
昨日、泉の底で見つけた水草の球根は、アイのサーチで食べられるとわかった。
魚に、球根。それに、あの渋い実もまだ残っている。
少なくとも、食べるものが何もない、という状況は抜け出せたのかもしれない。
食事の支度をしながら、アイに問いかけた。
「ある程度、腹は満たせるようになった。次は寝床の問題をどうにかしたいんやけど、ええ方法はないか?」
「はーい、ちょっと待ってな」
アイが目をつむり、両手をこめかみに当てた。
「なぁ、前から思っててんけど、それなんなん?」
「ん?」
アイは手を止めて、こちらを見つめた。
「いや、頭グリグリするやつ」
「……え? うち、そんなことしてへんと思うけど……」
「え、そうなん……?」
「うん、もう調べてええかな?」
「あ、あぁ。調べてくれてんのに、すまんな」
アイは再び調べ始めた。
もちろん、いつもの動作で。
「……わかったで。木に長い枝を渡して、そこに細い枝を立てかけるんよ。その上に葉っぱを何重にも重ねたら、簡単な屋根になるみたいやね。地面にも乾いた葉っぱを厚めに敷くと、寝るときの冷えや湿気を和らげられるみたい」
「おおぅ、なんかようけ話したな。……つまり、柱を二本立てて、そこに長い枝を渡したらええんやな?」
「うん、そうやで。支柱は生えてる木を使ってもええよ」
「なるほどな。二等辺三角形になるイメージかな?」
「うん、それで合ってるけど、片流れの屋根でもええよ」
「どっちみち二人で過ごすなら、まあまあの大きさが必要やな……。柱になる木も要るし」
「ここ、そんなに木、生えてへんもんね」
「そうやなぁ……。あ、魚焼けたんちゃうか? 食べてもええで」
「うん!」
アイはさっそく魚にかぶりついた。
美味しそうに魚をかじるアイを眺めながら、周囲を見渡した。
やはり、シェルターを作れるほどの材料が落ちているようには見えない。
「やっぱ、森に入らなあかんかな……」
「森に入るん?」
「ああ、この辺りだけじゃ材料が足らん。木は少し生えてるけど、切れるような道具もないしな」
「そうやねぇ」
「前に魔物に追いかけられたやろ? あん時、後ろで木が倒れるような音がしとった。うまくすれば、それを拾えるかもしれん」
言いながら、焚き火のそばに埋めた球根を掘り出した。
「あちち」
葉を開くと、ふわりと甘い香りが広がった。一口かじってみる。
「おお、ホクホクやし甘みが出たな。アイ、昨日のよりうまいで。熱いから気ぃつけや」
アイにも一つ手渡した。
「昨日より美味しいん? 早よ食べたい」
「焦って喉詰まらせなや。……何にせよ、まずは飯を終わらせてからやな」
「うん! ワタル、これも美味しいな!」
アイの笑顔に、俺は微笑んだ。
*
食事を終えた俺たちは、カゴを背負い、魔物が去っていった森の入口に並んでいた。
「ここから見えるだけでも、抉れた木が結構あるな」
「うん。あの角で抉ったんかな?」
「わからんけど、ここに戻って来る目印にはなるな」
俺はアイに向き直った。
「アイ、一個約束してくれ」
「どうしたん? ワタル」
「もし魔物が出たら、絶対すぐにここまで逃げてくれ。俺が何と言っても、絶対サーチしたらあかんで」
「……うん、わかった」
「頼むで。ほな、行こか」
俺たちは恐る恐る森へと入っていった。
魔物が通った跡は、すぐにわかった。まっすぐ続く道に、枝葉が散乱している。
改めて見ると、木々が密集しているせいか、かなり薄暗い。遠くから、狼のような遠吠えが聞こえた。
「あの時、あの猪みたいなやつから感じた嫌な気配はせえへんけど、周りを警戒しながら進もか」
「うん」
俺たちは周囲に気を配りながら、森の奥へと進んでいった。
落ちた枝葉を拾い、背中の籠に入れていく。
屋根に使えそうな長い枝や、隙間を埋めるのに使えそうな葉っぱも集めておきたい。
「うわ!」
「どうしたん?」
「これ……犬みたいな足跡やけど、大きさが……」
「うわ、うちの顔くらいあるね」
俺は足跡のそばにしゃがみ込んだ。
湿った土が深くえぐれている。周りの落ち葉も踏みつぶされていて、どれくらい前についたものなのかはわからない。
「……もしかしたら、さっきの遠吠えのやつかもしれん」
「この森、あの猪みたいなんの他にもこんな大きいのがおるんかな……」
「考えてもしゃあないけど、気ぃつけるに越したことはないな」
俺は立ち上がり、周囲を見回した。
木々の向こうは薄暗く、少し先までしか見通せない。
「アイ、俺から離れんといてな」
「うん、わかった」
森の中をさらに進むにつれて、湿った匂いが強くなっていった。それでも、なかなか手頃な木は見つからなかった。
そんなとき、少し先に幹が途中から折れた木が横たわっているのが見えた。
「これは……」
「今折れたって感じやね」
「いや、何の音もせんかったから、今ってわけちゃうと思うけど……」
倒木の折れ口はまだ白く、折れてからそれほど時間がたっていないことを物語っていた。
「……」
俺は思わず息を潜め、アイを庇うように立った。
「アイ、なんかあったらすぐ逃げるで」
「うん」
俺は周囲に目を凝らし、物音がしないか耳を澄ませた。
しばらくして、どこかで鳥の鳴き声が聞こえた。
張り詰めていた気持ちが、ほんの少しだけ緩む。
「……」
もう一度だけ周囲を見渡してから、倒木に目を向けた。
幹の太さは十センチほど。長さも三メートルくらいはありそうだ。枝もまだ残っているが、これなら余計な枝を落とせば使えるかもしれない。
「……これ、ちょうどええんちゃうか?」
「ほんまやね。探してたくらいの大きさやん」
「せやろ。これなら寝床の柱に使えそうや」
「ちょっと持ち上げてみよか。アイ、こっち側頼むわ」
「わかった」
俺たちは倒木の両端に回り込んだ。
「思ったより長いな。アイ、いけるか? せーの!」
二人で力を合わせ、倒木を持ち上げようとした。
「……んっ!」
なんとか持ち上げ、運び始めた。
一歩、二歩……。
三歩目を踏み出したところで、アイが手を滑らせた。
「わっ!」
倒木が傾き、俺も慌てて踏ん張った。
「アイ、大丈夫か!?」
「うー……。ごめん、ワタル。これ、重いわ」
「いや、俺もきついな。このまま担いで、この森歩くんはさすがに無理やわ」
俺は一度、倒木を地面に下ろした。
「どうするん?」
「うーん……」
俺は近くに落ちていた石を手に取り、試しに倒木へ打ちつけてみた。
ゴッ、と鈍い音が響いた。
何度か叩いてみたが、表面に傷がつくだけで、切れる気配はなかった。
「あかんわ。こんなんしてたら、日ぃ暮れてまうわ」
「どうするん?」
「木を切れる道具が要るな……。一回戻って荷物置こか。籠もいっぱいやし」
「うん。せっかく見つけたのに、残念やね」
「しゃあないわ。道具さえあれば、なんとかなるやろ」
俺は倒木を振り返った。
この危険な森で、ようやく見つけた寝床の材料だ。これが持って帰れたら、シェルター作りも一歩進むはずだった。
けれど、今の俺たちには、これを運べる大きさにする手段がない。
「……くそ」
俺は向き直り、アイに声をかけた。
「よし、戻ろか。長居は禁物や」
「うん、そうやね」
俺たちは集めた枝や葉を持って、泉へと戻った。
誤字と一部表現を修正し、段落・改行を整えました。
2026.10.31




