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異世界の森で、今日もふたり暮らし  作者: なお。


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第4話 はじめての美味しい

 目を開けると、木々の隙間から朝の光が差し込んでいた。身体を起こす。


「痛たた……やっぱ布団ちゃうからしんどいな」


 それでも、昨日の夜に比べれば、気持ちは幾分か落ち着いている。


 隣では、アイがまだ横になっていた。


「……アイ。起きられるか?」


「ん……。うん、起きてるで」


 アイはゆっくりと身体を起こした。


 寝起きのように目をこすり、それから周囲を見回す。


「……朝やね」


「せやな」


 たったそれだけのやり取りだった。


 けれど、目を覚ましたとき、隣にアイがいる。そのことに、俺は知らず知らずのうちに安心していた。


 この森で生きていけるのか。食べ物は見つかるのか。夜を越せるのか。


 ただ、少なくとも朝を迎えることはできた。


「……さて、と」


 俺は立ち上がり、身体についた草を払った。


「まずは食べもんやな」


「うん」


 アイが頷く。


 昨日食べた黄色い果実は、まだ少し残っている。


 けれど、いつまでもそれに頼る訳にはいかない。


「アイ。昨日調べてくれた食べ物の中に、魚はおったか?」


「うん。泉や川みたいな水場にも、食べられる生き物がおるみたいやで」


「泉ってことはここの泉にもおるかもしれんな……ほんなら、今日は魚を狙ってみよか」


「魚……。捕まえられるんかな?」


「やってみなわからん。とりあえず、方法を調べてもらえるか?」


「うん。ちょっと待ってな」


 アイは目を閉じ、両手をこめかみに当てた。


 しばらくして、目を開ける。


「釣りっていう方法があるみたいやね。糸の先に針をつけて、魚が食いつくのを待つんやって」


「いや、釣りくらいわかるけど、針がないやろ。そうやなくてこの木とか草しかない状態でできる方法はないんか?」


「あー……そういうことか。いくつかあるで。ゴージ、置きカゴ、銛漁、手掴み、このあたりかな?」


「カゴはええけど、今日の今日にはならんな。銛漁も手掴みも俺にはたぶん無理やろう……。ゴージってなんや?」


「細い木片を糸に結びつけた道具。餌をつけて魚に呑ませ、糸を引くと木片が横向きになって引っかかるみたいやね」


「それなら道具さえ作れば、いけそうやな。試してみるか」


 俺たちは、釣りに使えそうな材料を探し始めた。



*



 まず、糸の代わりになるもの。アイに調べてもらった知識を参考に、植物の繊維を使えないか試してみた。


 繊維を取り出し、何本かをより合わせる。


 慣れない作業で、思うようにはいかなかった。


「……これ、すぐほどけるな」


「繊維をもう少し細く分けてから、より合わせたほうがええみたいやで」


「なるほど、材料が良くなかったんやな。もう一回やってみるか」


 俺はアイの助言に従い、草から取り出した繊維を、さらに細くほぐしていった。


「これで少しはやりやすくなるかな?」


 今度は、驚くほど素直に繊維が撚れていった。


「お、思ったより簡単にできたな」


「うん、綺麗な糸になったね」


 次は仕掛けに必要な枝の準備だ。


「尖ってたら、それでええんか?」


「餌の虫で隠さなあかんみたいやから、結構小さくせなあかんと思うよ」


「爪楊枝みたいな感じか?なら、削らなあかんやん。どないしたらええねん」


「ちょっと、待ってな」


 アイはいつも通りの動作に移る。


「薄い縁がある石を使うとええみたい。横から見ると分かりやすいで。持ちやすいもんがええね」


「石か。まるで石器時代やな」


 俺は苦笑しながら、アイが倒れていた岩の方へ目を向けた。


「あの辺りに割れた石が落ちてるかもしれん。見てくるわ。アイは餌になりそうな虫を探しといてくれるか?」


「うん、わかった」



*



 運良く手頃な石を見つけ、枝を削る。


「お、思ったよりも簡単やな」


 枝はみるみるうちに、仕掛けの形へと変わっていった。


「よし、真ん中に糸を結んで……アイ、虫はおったかー?」


「うん、見つけたで。はい、これ」


「うお、ようこんなん見つけたな」


 俺はアイから受け取ったミミズのような青い虫を仕掛けに取り付けた。


 そこで、ふと手が止まった。


 枝の部分は日本の爪楊枝より少し太いが、形は均等に整っていた。


 糸の撚りも均一で、買ってきたものかと思うほどだ。


 元々物作りが好きで、器用な方ではあった。それでも、何度か失敗して、もっと不格好なものになると思っていた。


「……なんや、えらいきれいにできたな」


「ほんまやね。ちゃんと釣り道具になってるで」


 アイが手元をのぞき込んだ。


「いや、まあ……使えるかどうかは、これからやけどな」


 俺はゴージを持ち直した。


 偶然、うまくできただけかもしれない。


 今はそう考えることにした。


 気になることはある。でも、今は魚を捕まえるほうが先だ。


「よし。試してみよか」


「うん!」


 アイの返事を聞き、俺たちは泉へ向かった。



*



 泉の水面をのぞき込む。


「あ、今なんかおった!魚ちゃうか!?」


「うん。魚おるね!」


 俺はゴージを手に、魚の影が通った辺りへ仕掛けを垂らした。


 しばらく待つ。


 魚が近づいてきたように見えたが、すぐに離れていった。


「……あかんか」


「まだこれからやで」


「せやな。もうちょい試してみよか」



*



 それから、何度か魚は寄ってきたが、素通りするか餌を取られて逃げられてしまった。


 問題があるとすれば、餌の付け方か。それとも、何かコツがあるのだろうか?


「アイ、餌の付け方はこれでええんか?」


「えっと、餌を付けたゴージが、糸に対して真っ直ぐになるようにしとかなあかんよ。魚が餌と一緒に飲み込んだあと、糸を引くとゴージが横向きになって引っかかるんやって」


「いや、お前それ先に言うてくれや……」


「ごめんな?」


「まぁ、ええけど……」


 少し納得はいかなかったが、仕掛けを付け直して泉に垂らした。


 水の中で、魚影が動いた。


 糸が、かすかに揺れる。


「……ん?」


 手元に意識を集中させた。


 もう一度、小さく糸が引かれた。


「今や……!」


 俺は慎重に糸を引いた。


 水面が跳ねる。


「うおっ!」


 魚が暴れ、糸が手から逃げそうになる。


 慌てて手繰り寄せると、小さな魚が水辺に姿を現した。


「よっしゃ!」


 逃げられないように押さえ、ようやく息を吐く。


「捕まえたんやね!」


 アイが駆け寄ってきた。


「おう。なんとか一匹や」


 手の中の魚は小さい。


 これだけで腹が満たせるとは思えなかった。


 それでも、自分たちで捕まえた食料や。


「よし。これを食べられるようにせなな」


「うん!」



*



「……さて、次は火か」


 俺は集めた枝を見下ろした。


 アイにサーチしてもらった結果、この魚は生では食べられないらしい。焼いて食べるには火がいる。


 乾いた木を選び、火種を作ろうとする。


 草縄を張って弓状にした枝を前後に動かし、縄を巻きつけた棒を回す。


「はぁ、はぁ、はぁ……これ、ほんまに火がつくんか?一生擦っても点く気せえへんぞ」


「調べた方法ではできるみたいやけど……」


「念のため、もっかい聞くけど、あの魚はほんまに生で食べられへんねんな?」


「うん、寄生虫がおるから生食は向いてないって」


「しゃぁない、やるしかないか」


 何度も手を動かす。


 やり方を変え、息を整え、また試す。


 やがて、木の粉の間から細い煙が立ち上った。


「……っ!」


 俺は動きを止めた。


 乾いた草をそっと近づけ、慎重に息を吹きかける。


 煙が濃くなる。


 その中に、小さな赤い点が見えた。


「頼む……消えんといてくれよ……」


 もう一度、息を吹きかける。


 小さな炎が立ち上がった。


「……ついた!」


 思わず声が出た。


「ついたで!アイ!」


「ワタル、火ついたんやね!」


 枝を足しながら、火が安定するのを待った。


「なんとか、なったな……」


 火を起こしただけやのに、妙な達成感があった。


 これで、魚が食べられる。



*



 魚を火にかざし、じっくりと焼く。


 しばらくすると、香ばしい匂いが漂い始めた。


「……ええ匂いやな」


「うん。なんか、楽しみやね」


 アイが焼けていく魚をじっと見つめている。


 やがて、十分に火が通ったのを確かめ、俺は魚を火から離した。


「よし。食べてみよか」


 まずは俺がひと口。


 香ばしさと、魚の味が口に広がった。


「……うまい」


 塩も何もない。それでも、昨日の果実とは大違いや。


「アイ、食べてみ」


「うん」


 アイは魚を受け取り、小さくかじった。


 口を動かし、ゆっくりと飲み込む。


 そして、もうひと口。


「……どうや?」


「うん。昨日の果実とは全然違うんやね。なんか……もっと食べたいって思う」


「そっか、旨かったんやな。よかった」


「美味しい……これが美味しいなんやね」


 アイは手の中の魚を見つめていた。


 やがて、顔を上げる。


「ワタル。これ、また食べたいな」


「せやな。次はもうちょい多く捕まえられるようにせなあかんな」


「うん!」


 アイが嬉しそうに笑った。


 俺も、つられて笑う。



*



 今日取れた魚は、結局一匹だけだった。


 明日も食べられる保証はない。森には、まだ危険もある。


 それでも今日は、魚を捕まえ、火を起こし、自分たちで食べることができた。


「……なあ、アイ」


「ん?」


「ここで、なんとか生きていけるかもしれんな」


 アイは少し考えてから、頷いた。


「……うん。また、おいしいもの食べたいな」


「せやな」


 泉の水面には、午後の光が揺れていた。


 俺たちの生活は、まだ始まったばかりだ。


 けれど、昨日よりは少しだけ、この先のことを考えられる気がした。


本文の一部表現と道具の描写を見直し、段落・改行を整えました。物語の展開に変更はありません。

2026.10.31

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