第12話 森に立ち昇る煙
リシェルが帰ったあと、俺たちは残った肉をどうするか考えていた。
「……さて、こっちはどうするかな」
「まだあるねぇ」
「せやねん。せっかくの肉や。腐らせるわけにいかんで」
生の肉を長く置いておくわけにはいかない。
「こいつは一旦天日干しにするとして、もっかい燻製を試してみるか。今度は、この前みたいに煙を当てるだけやなく、ちゃんと小屋も作ろう。燻製小屋の作り方、調べられるか?」
「うん。調べてみるね。けど、前も言ったけど燻製だけで、どれだけ保存期間が延ばせるかは、うちにもわからへんで?」
「塩も無い今の状況やったら、それ以外方法ないやろ」
「わかった。ちょっと待ってな」
アイは目を閉じて、両手をこめかみに当てた。
その間に俺は残った肉を切り分け、日当たりと風通しのいい場所に吊るした。
*
それから、また何日か経った。
俺たちはシェルターのそばに、小さな燻製小屋を作っていた。
骨組みは枝を組んだ簡素なものだ。壁もシェルターと同じように、枝や葉を使っている。地面を掘り下げて火床を作り、そこから小屋まで煙道を掘った。その上に木の板を並べて蓋をしてある。
小屋の中には肉を吊るす場所を作り、下から上に煙が流れていく作りだ。
「臭っ!……くそ、いくつか腐ってもうたな……」
「天日干ししてただけやもんね。しゃあないよ」
俺たちは匂いを確かめながら、肉を吊るしていった。
「……よし、こんなもんかな」
肉を吊るし終え、俺は火床に薪を置き、火をつけた。
「……何をしているの?」
不意に、背後から声がした。
振り返ると、リシェルが立っていた。
彼女は俺たちを見ると、次に燻製小屋へ目を向けた。
「あぁ、リシェル。これか? 肉を燻製にしてるんや」
「燻製?」
「燻製を知らんのか? 煙に当てて、燻すんや。うまいこといったら、今より長く保存できるはずやねん」
俺は焚き火の調整をしながら答えた。
炎が大きくならないように気をつけながら、煙が出るのを待つ。
「アイ、ちょっと扇いでみてくれるか?」
「はーい」
アイは枝葉を手に取り、火床のそばにしゃがんだ。
ゆっくりと枝葉を動かす。
火が揺れ、煙が立ち上った。
「もうちょい弱めでええよ。急がんでええから」
「これくらい?」
「うん、そんな感じや」
俺は煙道の板を一枚ずらし、溝の中を覗き込んだ。
煙は流れていた。板を戻し、燻製小屋へ向かう。
小屋の中を覗くと、下の方から入った煙が、吊るした肉の間を抜けていた。
「お、来てる来てる」
「ほんま? よかったぁ」
アイがほっとしたように笑う。
「後は煙が勝手に来るように火床の調整やな」
「煙に当てると、保存できるの?」
「たぶんな。風味や香りなんかも変わるはずや。もっとも、今の状況じゃ、どこまでちゃんとできるか、わからんけど……。少なくとも、試してみる価値はあると思ってる」
「そう……」
彼女は少しの間、何も言わずに作業を眺めていた。
しばらくすると、小屋の壁際から煙が漏れ始めた。俺はそちらへ回り、葉の重なりを少し直す。
今度は煙道の途中で板をずらし、煙の流れを確かめた。少し流れが悪くなっている。
「……うーん。思ったより難しいな」
「煙、ちゃんと通ってるんやろ?」
「通ってはおるんやけどな。もうちょい安定させたいねん」
俺は火床に戻り、薪の位置を調整した。
アイも枝葉を置き、煙の出方を見ている。
二人で何度か確認を繰り返すうちに、煙は少しずつ安定して小屋の中を流れるようになってきた。
「よし。しばらくこれで様子見やな」
俺は衝立をのけ、吊るした肉を見上げた。
リシェルも隙間から小屋の中を覗き込んだ。
「……不思議なことをするのね」
「そうか?」
「ええ」
リシェルは短く答えた。
そのまま燻製小屋を眺めていた。
森の中には、火がはぜる音と、葉の擦れる音だけが響いていた。
*
一旦作業を終えた俺たちは、リシェルも誘い、食事を取ることにした。
「そういえば、これを渡そうと思っていたの」
リシェルは腰に付けた袋を外して、こちらに寄越した。
「森の木の実や果物よ。この前のお肉のお礼」
「いや、お礼ってもらったん俺らやろ」
「あ、それもそうね。じゃあ、今日の食事のお礼でいいわ」
「じゃあって……まあ、ええわ。助かるし貰っとく。ありがとな」
俺は笑顔で受け取った。
「ワタル、そろそろ焼けてきたで」
「お、ほんじゃいただこか。包み焼きばっかで悪いけどな」
俺は葉にくるんだ肉を一つ、リシェルに手渡した。
「ありがとう……え、以前のものとは香りが違う。同じ肉よね?」
「せやで、果実を塗り込んでん。めっちゃ美味しいわ。うちこれ甘酸っぱくて好き」
アイが肉を頬張りながら答えた。
「いただきます」
リシェルが肉を口に運ぶのを見届けてから、俺も自分の分を手に取った。
そうして肉を食べながら、ふと思いついてリシェルに尋ねた。
「そういや、こっちではどうやって保存食作ってんの?」
「こっち? あなたたちと変わらないと思うわよ。生活魔法の水分操作で干物にしているの」
「ほー、そうなんか。魔法なー……魔法!?」
俺は思わず身を乗り出して叫んだ。
「な、何をそんなに驚いているの?」
「いや、魔法て! 魔法があるんか!?」
「当たり前じゃない。何を言ってるの?」
「ほぇ〜……悪いけど、ちょっと使ってみてくれへん?」
俺は次に焼くつもりだった肉をリシェルに渡した。
「変な人ね……これでいい?」
リシェルは渡した肉をたちまち乾燥させて、こちらに返した。
「うお! なんやこれ!」
「へー、こんな感じなんやねー」
アイが俺の手元を覗き込んで感心していた。
「ん? アイ、なんか反応おかしないか?」
「何が? 普通やん」
「いや、普通もっと驚くやろ。魔法があんねんで」
「そんなん言うても、うち魔法あるん知ってたし」
「なんでお前知ってんねん! 聞いてへんで! いつからや!」
「えーっと……ワタルが最初に『ほんま、どこやねん、ここ』って聞いたとき、かな?」
「なんで、言わへんねや?」
「ん? 重要やと思わんかったし」
「重要やろ!」
「だってワタル、魔法使われへんやん」
「いや、そうやけど! そうやけども……なあ!」
なんとも言えない気分で頭を抱えた。
「変なワタルやなぁ。な? リシェル」
ポカンとしていたリシェルが、アイの呼び掛けに反応した。
「……あなたたち、魔法が使えないの?」
「そうやな。魔法なんて今初めて見たわ」
「え? そんな事あり得るの?」
「……なあ、リシェル。ひょっとしたら知ってるかもしれんから聞くんやけど……俺ら、こっちの世界の人間とちゃうねん」
「……え?」
リシェルはわずかに眉を寄せ、俺とアイの顔を交互に見た。
「もし帰る方法とか知ってたら、教えてもらえると助かるわ」
「……ごめんなさい。わからないわ。そんな話自体、初めて聞いたもの」
「そうやんなぁ。そんな甘ないよな」
俺は小さく息を吐いた。
「うちが調べてもわからんかったしね」
俺は頭を掻きながら、言葉を続けた。
「ま、気にせんとって。なんとか生きてるしな。こっちのこと、いろいろ教えてもらえたら助かる」
「ふふ、前向きなのね」
リシェルは柔らかく微笑んだ。
「わかったわ。今日は帰るけど、また来るわね」
「おう、またな。木の実もありがとな」
「またね、リシェル」
リシェルを見送ってから、俺は燻製小屋へ目を向けた。
「さて、火ぃ見てこよか」
「うん。上手くできるとええね」
「せやな。せっかく作ったんやし、頼むでほんま」
小屋からは、細い煙が立ち昇っていた。




