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異世界の森で、今日もふたり暮らし  作者: なお。


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第13話 乾燥と塩味

 翌日、俺とアイは燻製小屋の前で肉の様子を確認していた。


「さあ、どうなってるかな?」


「上手くいってるとええなぁ」


「せやな」


 俺は衝立をのけて、中に吊るした肉を1枚取り出した。


「お、表面の色変わってるやん。ほんのり煙っぽい香りもするな」


「おお〜、ちゃんとできたんかな?」


「食べてみなわからんな。どれ……」


 俺は肉を切り分けた。


「あ……これ、中はまだ水分が残ってるな」


「ほんまやねぇ。生やん」


「う〜ん、もう少し日にちをかけなあかんのかな」


「サーチでも条件次第で日数変わるって出てたもんね」


「なんとなく1日でやってみたけど、そんな甘ないな……もうちょい様子みよか」


「うん。このお肉どうするん?」


「そりゃ、このまま焼いて食うてみるよ。勿体無いしな」


「せやね」


 そのまま焚き火のそばまで行って火を起こす。もちろん火打ち式だ。


「よし、点いたな」


「ワタル、ほんま火打ち上手なったなぁ」


「せやろ! コツは火口までの距離と……」


「いや、最初に点いた時聞いたから、もうええよ」


「語らせろや!」


 そんなやり取りをしながら、枝に肉を通し、焚き火の周りに突き刺していく。


 肉の焼ける匂いが漂った。どこか深みのある香りがする。


「なんかめっちゃ雰囲気ある匂いするな」


「うん、もうできてるかな?」


「ちょい待ちや……うん、良さそうや」


 俺は一口かじって焼け具合を確かめた。


「独特の香りして旨いわ」


 俺はもう一本の枝をアイに手渡した。


「ありがとう……う〜ん、うちは甘酸っぱいタレのお肉の方が好きかも……」


 アイは眉を少しひそめながら言った。


「はははっ、アイはお子ちゃま舌やな」


「なんやて!?」


「悪い悪い、でもあれやな。肉の加工としては使えるけど、保存となるとまだまだやな」


「うん、切ったとこ完全に生やったもんね」


「もう何日かおいて、どうなるかやなぁ。ほんま一筋縄ではいかんわ」


「そうやねぇ」


 俺たちはため息交じりに頷き合った。



*



 数日後、俺とアイは再び燻製小屋の前に立っていた。


「今日はどうやろうか……」


 上手くいっていることを願いつつ、肉を取り出して切ってみた。


「あかんか……」


「言うほど変わってへんね」


 アイの言う通り、中の方はまだ水分が残っていた。


「ペラペラの所はかなり乾いてるけど、分厚いとこが全然やな」


「ほな、もっと薄く切ったらええんちゃうの?」


「今の道具じゃこれ以上綺麗に切られへんねん。あのナイフが折れてへんかったら、切れたかもしれんけど」


「あー、あの切れ味極振りナイフ」


「極振りて……まぁ、そうやけど。あれはバランス考えて作り直すつもりや。ただ時間かかるから一旦後回しやな。それよりも……」


「燻製はうまくいったの?」


 唐突に後ろから声がした。


「うぉお!? ビックリしたぁ……なんやリシェルかいな。気配消して近付くんやめてくれるか……」


「うちはワタルの声にビックリしたわ……」


「ごめんなさい。それで燻製はうまくいったの?」


 謝っているはずなのに、悪びれもない感じで尋ねてきた。


「あー……中々上手いこといってへんわ。味付けってことなら成功っていってもええけど、保存となると、恐らく全然やな。水分が残ってるとこが多々あるし、これ以上時間かけても水が抜け切る前に腐ってまうと思ってる」


「手伝うわ」


「え?」


 リシェルの突然の申し出に思わずポカンとした。


「手伝うと言ってるの。水分を抜きたいなら私が魔法で抜くわ」


「そりゃ、助かるけど……ええんか?」


「構わないわ。どうしても気になると言うのなら、その肉をご馳走してくれる? 味付けは上手くいったのでしょう?」


「ああ、勿論や! アイ、この肉焼いといてくれるか? 俺はリシェルと作業を続けるわ」


「うん、わかった」


 アイは今切った肉を持って焚き火の方へ駆けて行った。


「それじゃ、ここの肉半分だけ残して、あとは全部お願いしてもええかな?」


「全部じゃなくていいの?」


「ああ、比較したいから半分でええ」


「わかったわ」


 そう言うと、リシェルは一つずつ肉に手をかざして水分を抜いていった。


 そのうちの一つを取って切ってみる。肉は硬くなっていて、刃が通りにくかった。


「おお、カラカラやな。この前リシェルが魔法の実演で作ってくれた肉も食べたけど、カラカラでカッチカチやったもんな」


「……あれを食べたの?」


「そりゃ、食うやろ。炙りながら食べたけど、かむん大変やったわ」


「あれは本来、お湯に入れてふやかしてから食べるものよ」


「あ、そうなんや。なるほどなー、まだアゴ痛いもんな」


「二人とも、お肉焼けたで〜」


 アイが呼ぶ声がした。


「焼けたみたいやな。ほな先に食べよか」


「ええ。楽しみね」



*



「焦がした様な……でも、不快じゃない匂いだわ」


 リシェルは燻製焼き肉を受け取ってそう言った。


「独特の香りやろ? 燃やす枝の種類でその香りも変わるらしいわ。まだこれから実験やけどな」


「へぇ、面白いのね……いただきます」


 リシェルは一口かじってゆっくりと咀嚼した。


「不思議な味ね……普通に焼いた肉とは全然違うわ。美味しいと言うより、なんだか癖になりそうな……」


「そうか、良かったらもう一本どうや?」


 俺は肉を刺した枝をリシェルの方へ差し出した。


「ええ、いただくわ」


「リシェル、このタレ付けても美味しいで」


 アイがリシェルに甘酸っぱい果実のペーストを勧めた。


「お前、ほんまにそれ好きやな」


「甘酸っぱいも、美味しい」


「ふふ、そうね。美味しいわ。これはどうやって作ったのかしら?」


「あの黄色い実やで」


 アイは泉の近くに生えている木を指差した。


「あれが? 渋すぎて誰も手を出さない、あの実が?」


「うん。潰して干しといたら渋みが抜けて、こんな甘酸っぱい味になってん」


 リシェルは木へ目を向け、それから手元のタレを見下ろした。


「ま、何事も工夫やな」


 和やかな雰囲気で食事の時間が流れていった。



*



 食事が終わって俺たちは燻製小屋に戻ってきた。


「さっき乾燥してもらったんは経過観察するとして、あとは残りの半分やな」


「どうするのかしら?」


「こっちはこれを使ってみようかと思ってる」


 俺は手に持った袋から、丸味を帯びた楕円形で赤褐色の木の実を取り出した。


「この前リシェルにもらった袋に入ってたんや。これ、やたらとしょっぱいから塩の代わりになるんちゃうか、と思ってな」


「干してたやつ持ってきたんやね。まだ、乾いてへんよ?」


「わかってる。そこでリシェル先生の出番や。こいつを乾燥させてくれへんか?」


「わかったわ」


 リシェルは一粒ずつ手をかざし、乾燥させていく。木の実はみるみるうちに萎びてカラカラになった。


「これをどうするの?」


「こいつを、石ですりつぶして粉にするんや。アイ、準備はええか?」


「うん、手頃な石、持ってきたで」


「ありがと。ほな始めよか」


 俺たちは円座になって平たい石の上に木の実を置き、別の石で叩き始めた。


 何度か叩いて実を砕き、今度は石を押しつけるようにしてすり潰していく。粉になったものをひと舐めしてみた。


「うわ、しょっぱっ! 乾燥する前よりしょっぱいな。凝縮されとる」


 思わず舌を出した。


「まさかこんな方法で塩を作ろうとするなんて……大変な作業ね」


「思ってる塩になるかはわからんけどな。魔法でなんとかしてくれるかなー? なんて甘いこと考えてたんは秘密や」


「秘密になってないと思うけど。魔法もそれほど万能じゃないわ」


「乾かせるだけでも、御の字やわ」


 和気あいあいと作業を続けていると、先に作業を終えたアイが俺とリシェルのあいだに割り込んできた。


「ワタル、うちの分終わったで」


「おう、こっちももう終わるわ。わざわざこっちこんでも、聞こえるで?」


「それもそうやな。なんで来たんやろ? うち」


 アイは不思議そうな顔をしていた。


「んじゃ、やっていきますか」


 肉を取り出して木の実の粉を塗り込んでいく。しばらくすると表面に水分が滲み出てきた。


「ワタル、表面が湿ってきたで」


「思いの外、上手いこといったな。一度拭って何度か繰り返すで」


「凄いわね。魔法も使わずに、こんなことができるなんて」


「そうか? 今回はたまたまやけどな」


 草縄で表面に残った木の実の粉をこそぎ落とし、また塗り込んでいく。


「こんな作業をしてると、ええ加減に布が欲しくなるな」


「せやねぇ、縄じゃやりにくいわ」


「布なら、森にいる虫の繭が使えるって聞いたことがあるわ」


「虫の繭か。気になるな」


「詳しい作り方までは知らないけれど……」


「ま、今は燻製肉やな。あちこち手ぇ出したらわけわからんくなるわ」


 そんな話をしつつ、何度か続けると水分の滲みがなくなってきた。


「こんなもんかな。後は何日か様子見やな」


 俺たちは小屋に肉を吊るしていった。


「楽しみやね」


「リシェルも、ありがとうな。助かったわ」


「こちらこそ、面白いものが見れたわ。また来るわね」


「おう、またな」


「またね、リシェル」


 俺たちは夕陽に染まるリシェルの背中を見送った。



*



「じゃ、発表会といきますか」


 数日後、リシェルが訪れたタイミングで燻製肉の状態を確かめることにした。


 焚き火を囲んで思い思いの場所に座る。


「じゃ、まずはリシェルに乾燥してもらった肉」


 あまりの硬さに苦労しつつ切り分けた。


 炙りながらかじる。


「やっぱかったいよなぁ。燻製の香りと肉の旨みが凝縮された感じで俺は好きやけど」


「うち、アゴ外れてまうかも……」


「ふやかして食べるものって言ったでしょ?」


 そう言いながら、リシェルは魔法で水を出して肉をふやかし始めた。


「水まで出せるんか……」


「水を出す、火を起こす、乾燥させる、これらが生活魔法と言われてるものよ」


「便利なもんやな……で、ふやかしてのお味はどうですか?」


 俺が少しおどけて尋ねると、リシェルはふやかした肉を軽く炙って口にした。


「……正直、この前食べたものの方が美味しいわね。当たり前だけど水っぽいわ……」


「味が問題か。切った感じ腐ってそうなのもなかったから、保存は期待できるんかな?」


「普通の乾燥肉は軍の携帯食でも使っているらしいから、日持ちはすると思うわよ」


「うちはあんま好きくないなぁ」


「アイはお子ちゃまやからな」


「まだ言うか!?」


「ふふ、アイの気持ちもわかるわ。私もあまり好みじゃないもの」


「やっぱ、リシェルはわかってるやん」


「へーへー、俺が悪うございました。じゃ、木の実の粉漬けの方いこか」


 俺は木の実の粉漬けの方を切り分けていった。先程とは違い、切りやすい。


「お、切った時の感触は悪くないな……げっ、これ腐ってるんちゃうか」


「ほんまや、なんか変な色してる」


 断面の一部が灰色がかった茶色に変わっていた。鼻を近づけると、酸っぱいような嫌な臭いがする。


「こいつはあかんな……他のはどうやろ」


 結果、3割ほどが腐ってしまっていた。


「保存に問題あり……か。大丈夫そうなのだけいただこか」


「そうね」


「しっかり火をとおした方がええかもしれんな」


「そうやね。ワタルはあんま火ぃとおさんから気ぃつけや」


「はいはい、気をつけますよ」


 しっかりと火を通して、口に運んだ。


「燻製の香りがええな。塩気はちょっと強いけど肉感もあって旨いわ」


「う〜、うちにはちょっとしょっぱ過ぎるわ」


「美味しいけど、喉が渇きそうね」


 リシェルはそう言いながら、また水を生成した。


「リシェルはともかく、俺らは水飲むんも泉から汲まなあかんからな」


「ご飯のたびに何往復もしてられへんよ」


 アイが半ば呆れながら答えた。


「……はぁ、先は長いな」


 味も保存も塩の加減もまだまだ一筋縄ではいかないようだ。


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