第9話 第三者視点:国王シュクリーム②
「………規格外だな」
生き生きと配信しているナナシを遠巻きに見つめながら、シュクリームは囁くように呟いた。
『僕はこれを──【配信魔法】って呼んでるよ』
約一週間前。
シュクリーム達3人の前で、ナナシはもったいぶってそう言った。
配信。
それは初めて耳にする魔法名であった。
ノゥキンナノディスとナナシュタイザーが、困惑した表情で僅かに首を振る。
だからきっとそういう事なのだろう。
未知の魔法。
そう結論付けてシュクリームが続きを促すと「遠くの場所を見れたり、声を聞いたり、それを皆で共有して楽しめる魔法」だと、ナナシは言った。
単純明快。
それだけなら似たような魔法があった。
遠い場所を見れる魔法。
対象に声を届ける魔法。
他にも多種多様の魔法が存在しているのだから、被る事もある。
「つまらん魔法だな」
そうシュクリームが吐き捨てると、ナナシはニヤリと笑って見せた。
「これは……っ」
目の前にあるソレに、シュクリームは我が目を疑った。
今、国民達が味わっているのと同じように、【百聞は一見にしかず】をされたのである。
「………………」
「なんだぁこれはッ!?」
ナナシュタイザーは絶句し、ノゥキンナノディスは頭を抱える。
それは実にわかりやすい常識の崩壊だった。
「……今のはなんだ?」
「配信魔法ですよー?」
ナナシは笑う。
楽しそうに。
まるでこうなる事をわかっていたように。
「……そうか」
シュクリームは目を瞑り、大きく息を吐き出す。
正直に言えば、どんな結果になろうとナナシを殺すつもりであった。
王の私室に不法に侵入した侵入者だから。
王に対する礼儀がなっていないから。
他国からの諜報員かもしれないから。
理由は多々ある。
だからノゥキンナノディスを同伴し、暗部を手配し、魔力を封じる結界を張った。
それを、覆された。
覆されてしまった。
シュクリームは知っている。
魔法の歴史を。
魔法とは完全には解明されていない分野であり、だからこそ魔法士達は気の遠くなるような年月をかけて研究し、解析し、分類し、体系化してきたのである。
それなのに。
ナナシの魔法は、その歴史を嘲笑うかのような異質さを放っていた。
現存の魔法の域をはるかに超えた魔法。
規模が違う。
魔力の流れが違う。
発動の理屈そのものが違う。
そんな魔法を、シュクリームは知らなかった。
「……それは、本当に人間の魔法なのか?」
思わずそう尋ねたシュクリームに、ナナシは大真面目な顔をして答えた。
「女神アモレーヌ様からたまわった魔法だよ!」
「…………そうか」
つまらん冗談だと切り捨てる事も出来た。
だが、そのチカラを目の当たりにした後では無理だった。
女神アモレーヌ。
この世界で古くから信仰されている創世の女神。
本当にアモレーヌの寵愛を受けていると信じてしまいたくなるような、神のごときチカラ。
デタラメな広域範囲魔法。
それを長時間維持する無尽蔵の魔力。
少なくともシュクリームは納得出来た。
冗談だと断ずるより、ずっと。
「──僕はね、王様」
少し強張ったようなシュクリームに、ナナシは言う。
「この魔法で、この世界に娯楽を提供したいんだ」
娯楽。
予想だにしなかったその言葉で、シュクリームの思考が止まる。
「この世界には遊びがないと思うんだよね。魔獣で死ぬし、盗賊で死ぬし、病気で死ぬし、寒さで死ぬし、飢饉で死ぬ。身分の低い人ほど顕著になる」
ナナシは続ける。
「だからみんな死なないように必死になって、必死になるから他人を思いやる余裕がなくなる。余裕がなくなれば争いが生まれる。争いが生まれれば誰かが傷つく」
ヘラヘラしていたナナシが、いつの間にか大真面目な顔で語っていた。
「だからね、みんなが楽しめるようなものがあったら、世界はもっと優しくなれるんじゃないかなーって」
──それは、国王であるシュクリームですら考えた事のない発想だった。
国を豊かにする。
民を飢えから救う。
魔獣と盗賊の被害を減らす。
より良い暮らしを与える。
国王として考えるべき事ならいくらでも思い浮かぶし、実行してきた。
娯楽など、余計なものだと思っていた。
「なーんて、本音は僕がただ楽しみたいだけなんだけどねっ!」
ナナシは最後にそう言って、照れ臭そうに笑った。
シュクリームはナナシの提案を受け入れた。
配信魔法の無限の可能性に気づいた事も理由の一つであるが、それだけではない。
あの話を聞いて、ナナシ自身に興味を惹かれたのだ。
規格外のチカラを持っている。
なのに、それをもっと大それた事に使わない。
誰に対しても物怖じせず。
贅沢で優雅な暮らしを望み。
働きたくないと堂々と言う。
実に勝手で。
実に自由で。
実に人間らしく。
──実に面白い。
「配信は毎日する予定です。よろしければ、明日もまた同じ時間に空でお会いしましょう」
配信が佳境に迫る。
目に映るのは、真っ黒いローブを羽織った初代魔導師。
(魔導師だの拝命だの好き勝手な事ばかり言うとは……まったく、しょうもない奴だ)
シュクリームは小さく口元を緩める。
「こいつは本当に、世界を変えてしまうかもしれんな」
その言葉に込められていたのは、期待なのか、畏れなのか、自分でもわからなかった。
「──最後に、デザートアマイン王国国王シュクリーム陛下より、お言葉を頂戴したいと思います。皆様、静聴のほどお願いいたします」
「………………………………」
シュクリームの笑みがピシリと固まる。
(そうだった……!)
完全に忘れていて何を言うか考えていなかった。
(ナナシめ……っ!)
今頃黒いローブの下で、ほくそ笑んでいるに違いない。
シュクリームは静かに立ち上がる。
そしてかたわらに立つ、2人の側近へと目を向けた。
「ナナシュタイザー、ノゥキンナノディス」
「はい」
「はっ」
「私の後ろに立て」
「「?」」
「何も喋る必要はない。良いな」
「はい」
「はっ」
威厳。
これは王に必要不可欠なものだ。
ナナシには通用していないようだが、国民には立派な王で安泰だと認識してもらう必要がある。
「親愛なるデザートアマインの民達よ──……」
王都に歓声が轟く。
子供も。
老人も。
平民も。
貴族も。
誰も彼も空を見上げて微笑んでいる。
何かが変わり始めている。
そんな予感を感じながら、シュクリームは歓声の中で言葉を紡ぎ始めた。




