第10話 第三者視点:王宮魔法士ウィチン
デザートアマインの魔法学は遅れている。
これは別に、悪口を言っているわけじゃない。
厳然たる事実をただ言っているだけ。
もちろん、人前では言わない。
職場の同僚を傷つけてしまうから。
デザートアマインの魔法学は遅れている。
正確には私の心の故郷、魔法共和国マジカギャザリカに比べれば、という枕詞が付く。
この世界の人間はみんな魔力を持っている。
なのに、魔法を使える人間は極端に少ない。
私は生まれた時から魔法を持っていた。
それが当たり前じゃないと気づいたのは、初めて両親に魔法を見せた、あの日からだった。
「凄いじゃないか、ウィチン! まだ5歳になったばかりだというのに、もう魔法を使えるようになるなんて!」
「ええ、ええ、本当に! さすが私達の娘ですわ!」
──お父様とお母様の反応を見て、私は私が魔法の天才である事を自覚した。
「ウィチン様、もう魔法を自由自在に操れるようになったのザマスか! これは最年少魔法士になるのも時間の問題ザマスね!」
──家庭教師の反応を見て、私は私が魔力操作に長けている事を自覚した。
「すっごーい! ウィチンさま、もうそんなに難しそうな魔法を使えるようになったのですね!?」
貴族の交流会で魔法を披露した時、他の子供達が誰一人魔法を使えなくて驚いた。
それがとても不思議で、不可思議だった。
「ウィチン嬢、君は我が校始まって以来の天才だ。君さえよければ、魔法共和国にあるシンイェン魔法学園に留学の推薦状を出したいと思う。行ってくれるかね?」
学園長の強い要望で、私は魔法共和国に留学する事を決めた。
「凄いですね、ウィチン。実は僕、魔法学で次席になったのは初めてなんです。良ければ魔法学について君の見解を聞いてみたいんだけど、どうかな?」
魔法共和国に留学してからも、私は一番だった。
正直ガッカリしたけれど、それでもデザートアマインにいた頃よりはそれなりに楽しかった。
魔法共和国は魔法士達が集まって出来た国。
だから魔法に対する見識も、魔法に対する考え方も、魔法に対する取り組み方も、全てが高水準で居心地が良かった。
「ウィチン、留学期間が終わったらデザートアマインに戻ってしまうのですか? もしよければ、僕と一緒に国家魔法研究所に所属しませんか?」
よく一緒にいた学友の誘いに、乗る事にした。
私より優れた魔法士じゃなくても、同じ景色を見ている人だったから。
それが、私にはありがたかった。
『ウィチン、そろそろ家に戻って来る頃だろう? パパもママもウィチンの帰りを心待ちにしているよ。《追伸》 魔法もいいけど貴族の娘として花嫁修業も頑張るように』
お父様からの手紙で、すぐに帰国する事になった。
「ウィチン。君に、ずっと聞きたかった事があります」
出国の朝。
私の前には、よく一緒にいた同僚がいた。
その同僚が、真剣な顔で私に問う。
「……魔法は、好きですか?」
「別に」
私の返答に、彼はなぜか辛そうな顔をしていた。
デザートアマインに戻ってすぐ、私は王宮魔法士として出仕した。
そこで私は現実を知る。
ここには最高の環境も、切磋琢磨する同僚も、知識のある魔法士も、何一つなかった。
私が論じれば感嘆するだけ。
私が実演すれば驚嘆するだけ。
誰も何も知らないし、知ろうとしない。
だから私は、この国に期待する事を諦めた。
私は私以上の魔法士なんていないと、確信してしまったから。
『──デザートアマインで暮らす、親愛なる国民の皆々様、ご機嫌よう。私の名前はナナ。陛下の忠実なる家臣、ナナと申します』
その声は突然、空から降ってきた。
同僚達が騒がしく空を見上げるものだから、誰か空を飛ぶ魔法でも手に入れたのかと、初めは思っていた。
けれど。
空を飛んでいる人間なんてどこにもいない。
そこにあったのは、何かを映した何かだった。
「……………………………………………………」
私は黙って空を見上げる。
こめかみを一定のリズムでトントンと叩き、つぶさに情報を拾っていく。
黒いローブを羽織り、フードを深く被った人間。
声からして男性。
それも、まだ若めの。
口調は妙に仰々しくて、チグハグな印象。
トントンとこめかみをまた叩く。
追加情報もどんどんインプットしていく。
陛下の忠実なる家臣。
つまり、お城で働いている。
魔導師。
……魔法士の頂点?
そこで私は眉を顰めた。
「何だ、あれは?」
隣にいた同僚が呟く。
「何なんすかね?」
「魔法って言ってましたよ、凄いですね」
「幻影? それとも投影?」
「あんな広範囲に? 王都全体に届いてるぞ」
「魔導師って言ってましたし魔力が多いのでは?」
騒がしい。騒々しい。
同僚達の声を聞き流しながら、私は空に映る光景から目を離さなかった。
魔法の発動点。
見当たらない。
魔力の供給源。
探れない。
魔法術式。
わからない。
魔力の流れ。
見えない。
他にも詠唱・予備動作・触媒・構築手順……全てが謎だった。
私は目を細める。
「おかしい、こんなの」
「どうした、ウィチン?」
私は、神経を集中させる。
視覚。
聴覚。
触覚。
魔力感知。
全てを研ぎ澄ませて、空を見続けた。
「……わからない」
この言葉を口にしたのは、凄く久しぶりな気がした。
『私の魔法は配信魔法と言って、簡単に言えば〖その時、その瞬間を、産地直送でお届けする魔法〗でございます』
「……ハイシン魔法?」
目にした事も、耳にした事もない魔法名だった。
私はまた、こめかみをトントンと叩く。
魔法は決まった形を持っていない。
それでも必ず、系統はある。
火に関する魔法。
水に関する魔法。
土に関する魔法。
風に関する魔法。
光に関する魔法もあれば、闇に関する魔法もある。
身体を癒す、強化する、弱体化する。
物を探る、移動させる、隠す。
人の感情を欺く、操る、手に入れる。
何に関して、何に対して。
それぞれ大分類された魔法を、気の遠くなるような長い年月を掛けて人は研究し、紐解いてきた。
だからこそ、魔法名を聞けばある程度どんな効果を持つのか想像出来る。
けれど。
ハイシンが何を指すのかわからない。
……もしかして、背信?
神に背くという事だろうか?
(確かに、神の定めたルールから逸脱した魔法──……っ)
取ってつけたような解釈。
憶測を憶測のまま、納得しかけた事に驚く。
今までも、わからない事はたくさんあった。
わからないは、恥じゃない。
でも、私はわからないが気持ち悪い。
だから調べる。
自分なりに。
そうすれば自然と答えは出てきた。
すぐに、簡単に、手に取るように。
言いようのない違和感。
それを否定したくて、一層目に力を入れて空を見た──その瞬間。
『百聞は一見にしかず、という言葉があるように、この魔法の素晴らしさをぜび皆様に体験していただきたいと思います』
──私の中で、何かがひび割れた音がした。
「ウィチン。俺達は先に帰るけど……まぁ、なんだ、あんまり無理しないようにな? あんな凄い魔法、誰だって理解出来ないって。だからそう気を落とすな」
「……ありがとうございます。お疲れ様でした」
「……ああ、お疲れ様」
空が暗くなり、同僚達が帰って行く。
何を言われたか覚えていない。
返した言葉も覚えていない。
数秒前の事なのに、私の脳味噌はそれを不要なモノとして、すぐさまゴミ箱に捨ててしまった。
ガリガリと、羽根ペンを動かす手が止まらない。
流れるように、求めるように、没頭する。
脳にこびりついたあの光景を思い出すように。
結局、私は何一つとして解明できなかった。
そんなの初めての事だった。
そんな事ありえないと思っていた。
それはとても気持ち悪くて。
だからこそ、笑みが浮かぶ。
「──ふふ、楽しいなぁ」
この日。
私は私が、魔法の天才じゃない事を自覚した。




