第7話 配信魔法
──僕がパチンッと指を鳴らした瞬間、視界の先に水面のような半透明の膜が現れた。
これは【魔法画面】。
前世で言うところの配信者画面のようなものだ。
両手を広げれば収まる程度の大きさをしたソレは、はたから見れば純度の高い硝子窓のようにも見えるかもしれない。
ただ、ここには僕の浪漫が詰まっている。
(さてと。初配信、始まり始まりー)
僕は自身の姿が映っている魔法画面をポチリと押すと、気負う事なく言葉を発した。
出来るだけ厳かに。
出来るだけ丁寧に。
出来るだけ真剣に。
「──デザートアマインで暮らす、親愛なる国民の皆々様、ごきげんよう。私の名前はナナ。陛下の忠実なる家臣、ナナと申します」
人の第一印象は3秒で決まる。
だからこそ、混乱に乗じて畳みかける事にした。
「まず始めに、一言おわび申し上げます。突然空に現れたこの光景は、天変地異ではなく私の魔法によるものです。誠に申し訳ございませんでした」
ペコリと頭を下げる。
殊勝な態度で、害意はないと伝わるように。
「さて。この光景を見ている皆様は、きっとこう思われた事でしょう、『お前は誰だ』と。『名前ではなく正体を言え』と」
早口にならないように気をつけながら、言う。
「私の正体を一言で言うならば王宮魔導師でございます」
突然飛び出た謎のワードに、後ろの3人が怪訝な顔をしたのがわかる。
「こうして皆様の前に姿を見せましたのも、陛下が新たに魔法士の頂点である魔導師の称号を制定した件と、私が初代魔導師を拝命した件、その2つの発表を兼ねての事」
……後ろで「ぶふーっ!」と、誰かが何かを噴き出す声がした。
まぁ、それは当然である。
なぜなら王様は魔導師なんて称号も作っていないし、僕をそれに任命してもいないのだから。
これは僕が勝手に作った設定。
実はちょっとした計画がありましてね、へへへ……!
って事で、王様は犠牲になったのだ。
「つきましては、私の力をわかり易くお伝えする為、このような形でのご紹介となりました。ここからは私が王宮魔導師として何を行うのか、何を成そうとしているのか、それを説明させて頂きます」
……少しだけ、後ろがうるさい気がする。
王様ってば、僕の好きにしていいって言ってたのに、だいぶ想定外だったのかな?
「ただ、説明に入る前に。私がどんな魔法を使っているのか気になる人もたくさんいる事でしょう。魔法士とは自身の魔法を秘匿するものですが、私は女神アモレーヌ様の敬虔なる信徒として、正直にお答えいたします」
前世の世界だったら、ここでCMないしは広告が入るタイミングだ。
ただ、僕は焦らされるのが苦手なので矢継ぎ早に言葉を続けた。
「私の魔法は配信魔法と言って、簡単に言えば〖その時、その瞬間を、産地直送でお届けする魔法〗でございます」
この映像を見ている人達が、頭に疑問符を浮かべているのがわかる。
「ご覧になっていてわかるように、この光景は王都のみならず、デザートアマイン王国で暮らす全ての国民の皆様へ空からお届けしております」
「なぜ空から?」という疑問が出る前に、あらかじめ伝えておく。
「空には私の姿が映っているかと思います。早い話が、その光景は今、王城の一室から、リアルタイムで見せている現実なのです」
ここで一拍間を置いてから、言葉を続ける。
「百聞は一見にしかず、という言葉があるように、この魔法の素晴らしさをぜひ皆様に体験していただきたいと思います」
魔法画面の前に左手を伸ばして、パチンッと指を鳴らす。
──その瞬間。
僕の姿は魔法画面から消え、次に映し出されたのは、深い深い森の中であった。
鬱蒼とした木々。
踏み固められていない獣道。
そこを、3人の冒険者達が全力で駆けていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふっ、ふっ、ふっ……」
「くっ、そ……しつけぇ、うっぷ……っ」
3人の息遣いと、緊迫感と、疾走感と。
汗と、血と、臭いまで伝わってくるような映像に、国中のいたるところから息を飲んだ音がした。
「ここはチュトリーの森。調査依頼を受けた3人の冒険者達は、現在進行形でピンチを迎えているようですね」
画面右端に顔を出した僕は、今の状況を簡潔に説明した。
「ッ、また来るぞ! 避けろ!」
最後尾を走っていた、ゲロを吐きそうだった青年が叫ぶ。
直後。
ドンッという音と共に薮の奥から飛び出してきたのは、猪型の巨大な魔獣であった。
「※※※※※※※※※※!」
魔獣は狂ったように声を上げ、ゲロを吐きそうだった青年に牙を剥いて襲いかかる。
迫りくる巨体。
魔獣の純粋な殺気。
まるで現場にいるような臨場感に、国中のあっちこっちで悲鳴が轟いた。
「舐めんな猪風情がぁぁああッ!」
牙を弾いて、身を翻して。
ゲロを吐きそうだった青年は、地面を滑るようにして距離をとる。
「俺が前に出て引きつける! お前は下がって息を整えろ!」
「すまん!」
「なんとか隙を作って!」
先頭にいた大柄な青年が真正面に盾を構えてグッと腰を落とした。
ドンッ!
鈍い衝突音。
人間の何倍もある巨大な魔獣のぶちかましを盾で受けた衝撃が、大柄な青年の身体に直に響く。
「デカい図体しやがって……ッ!」
歯を食い縛り、魔獣の動きを制限する。
魔獣が鬱陶しげに頭を振って、地面を掻く。
突撃したいのだ。
本能のままに、衝動のままに。
「させるかッ!!」
それでも大柄の青年は退かなかった。
「※※※※※※※※※※※※※※ッッッ!」
魔獣が再度、咆哮を上げる。
首を上げて、かすかに前足が持ち上がる。
「隙あり!!」
横合いから、紅一点の女冒険者が飛び込んだ。
ロングソードが魔獣の脇腹を斬り裂き、鮮血が舞う。
「ダメ! 毛で滑った!」
「※※※※※※※※!!!」
それでも魔獣は怯まない。
むしろ標的を女冒険者に定め、頭の向きを変えた。
「まっず……!」
牙が迫る。
避けきれない。
誰もがそう思った瞬間。
「俺を忘れてんじゃねぇッ!」
剣戟が煌めく。
頭上から、大剣が降ってくる。
ゲロを吐きそうだった青年の一撃が、深々と魔獣の首に叩き込まれた。
「※※※※※※※※※※※※※※※※※ッッッ!」
断末魔が轟く。
血を噴き出して、地面に倒れる。
ズシンという、重量のある轟音。
もうもうと土煙が舞う。
荒い呼吸。
睨みつけるような目。
次第に呼吸が浅くなる。
そして……一瞬の静寂。
数秒前まで暴れていた巨体が、鼓動を止めた。
誰も口を開かなかった。
誰も武器を下げなかった。
油断するとまた襲いかかってくる気がしたから。
そんな錯覚を振り払うように──3人は地面へと崩れ落ちた。
「……勝った?」
「……みたい、だな……」
「私、死ぬかと思った……」
三者三様に呟く。
血だらけで。
泥だらけで。
汗に塗れて。
満身創痍で。
それでも彼らは生き残った。
そして──国中のいたるところから歓声が上がる。
見知らぬ誰かの勝利を。
見知らぬ誰かの頑張りを。
見知らぬ誰かの生き様を。
皆魔法画面の向こう側から応援し、共鳴し、共感し、歓喜したのである。
──パチンッ。
「皆様、お楽しみいただけましたか?」
魔法画面の向こう側へ語りかける。
「人には一人一人、違った人生がある。ただ椅子に座って魔法を使っている者もいれば、今の冒険者達のように命を賭して魔獣と戦っている者もいる」
僕はまるで舞台俳優のように、芝居がかった様子で訴えかけた。
「私は配信魔法を使って、この国に更なる発展と繁栄を齎したいと考えております。皆様一人一人の人生を、命の輝きを、配信魔法で共有する事で」
本音を建前で隠して思ってもいない事を言う自分に、笑いそうになる。
少しでも誤魔化せるように、フードから出ているであろう口角を、かすかに上げた。
「配信は毎日する予定です。よろしければ、明日もまた同じ時間に空でお会いしましょう」
キマった!
そう思いながら、今度は歪な笑みを浮かべる。
「──最後に、デザートアマイン王国国王シュクリーム陛下より、お言葉を頂戴したいと思います。皆様、静聴のほどお願いいたします」
そう言って、恭しく頭を下げる。
背後から、ガタンッと物音がした気がした。
「あー、楽しかった!」
身体の緊張を解すように、軽く伸びをする。
今日の配信は大・大・大・大・大成功だった。
配信魔法を周知出来たし、チュートリアルとして適任の冒険者もいたし、何より凄く楽しかったし!
国民の皆がどう思っているか知らないけど、やっぱり人生には娯楽っていう彩りが必要だよね!
「はー……、いっぱい喋ってお腹空いたし、モカさんに何か作ってもーらお!」
──王国のいたるところで、歓声が上がる。
それは王の姿を一目見れた事に対する歓声なのか、はたまた冒険者達の激闘を讃える歓声なのか。
人々は、語り合う。
すでに魔法画面の消えた空を見上げたまま。
そして最後は、誰もが同じ言葉で会話を〆る。
「明日もまた空を見よう」、と。
これが後に、王国中を熱狂させる事になる配信の第一歩であった──。




