第5話 シェアハピ
「確認しました。どうぞ、お通り下さい」
城門前に立っていた門番達に対し、僕はペコペコと頭を下げた。
「失礼しまーす、へへへっ……」
王様からの手紙を検めた兵士達の目は、その丁寧な言葉遣いとは裏腹に『どうしてこんな薄汚いガキが……?』と、存外に語っていた。
とはいえ、王様の招いた相手に下手な対応を取るわけにもいかず、皆一様にモニョモニョ顔をしているもんだから、ついつい笑いそうになってしまう。
「──失礼。迷子になられないよう、待合室まで先導致します。私のあとに着いてきて下さい」
どうやら一人で城内を歩かせる気はないらしい。
それは手紙に書いてあった指示なのか。
はたまた門番故の警戒心から来たものなのか。
「あ、ありがとうございます!」
兎にも角にも。
ここで歯向かっても時間の無駄なので、無害な平民Cを演じながら、黙ってついて行く事にした。
「なんだ、あの薄汚いガキは! 吾輩よりも先に城内に通されるなど──〇✕〇△※□ッ!」
登城予定であろう貴族達の馬車から、たくさんの視線と罵詈雑言が飛んで来る。
正直、昨日のように不法侵入で王様に会いに行っても良かったけど、こうしてVIP待遇という優越感に浸れるんだから、やっぱり昨日のうちに直接アポを取っておいて正解だったかもしれない。
「お呼び出しがあるまで、こちらでお待ち下さい」
待合室の一つに案内してくれた先導役の兵士は、その一言と僕を残して部屋を出ていった。
「ふぅ……堅苦し過ぎて息が詰まるね」
表情と姿勢を崩しながら、溜息をつく。
物珍し気にキョロキョロと視線を巡らせていたのがよくなかったのか、すれ違った人達や部屋に給仕に来たメイドさんにまで不審者を見るような目で見られてしまった。
「表情管理の一つも出来ない人達が王城勤めなんて、教育が甘過ぎるんじゃなーい?」と、王様に皮肉を言うべきか、迷う。
……まぁ、ツギハギだらけのボロを着た子供が城内を歩いていたら僕だって警戒するし、逆に教育が行き届いていると言えなくもない。
「──美味っ!? 何これこの紅茶美味過ぎる!」
高そうな白磁器製のティーカップに注がれた、これまた高そうな香りの紅茶を飲んで、感嘆の声を上げる。
「砂糖もミルクも使い放題なんて……王宮サイコー!!」
やっぱりQOLを上げるのは大事なんだなって思いました。
「準備が整いました。ご案内します」
紅茶を飲み終えたタイミングで、ここまで先導してくれた兵士とはまた違った兵士が僕を呼びに来た。
もっと待たされるかと思っていたのに、ずいぶんと早いものである。
(それだけ僕を警戒しているって事なのかな?)
可愛い可愛い子供に対して警戒し過ぎだと思うけど、昨夜不法侵入をされているわけだし、この対応は当然なのかもしれない。
(「紅茶を飲み溜めしたいので、遅れて行きます!」……とは言えないよねぇ)
ちょっぴり損した気分になったのは、内緒である。
「こちらで陛下がお待ちです。頭を下げたまま御前までお進み下さい」
その言葉を合図に、荘厳な扉のそばに立っていた兵士達が、ゆっくりと扉を開いていく。
背中を押されるようにして一歩足を踏み入れると、僕だけ室内に取り残される形となった。
(王様と……家臣2人ね)
「頭を下げて進め」と言っていた兵士の助言を無視して、赤い絨毯の上をそのまま真っ直ぐ歩く。
「やっほ、王様。昨日ぶり!」
ある程度距離を保った場所で立ち止まり、玉座に座った王様に対して片手を上げ、ニヘラと笑みを向ける。
側近2人は人を射殺せそうなほど厳しい顔をしていたけど、あらかじめ王様に何も言わないように言い含められていたのか、そのまま口を噤んでいた。
「あぁ、昨日ぶりだな」
(おやぁ?)
王様の言動から、余裕が感じられた。
少ない時間で僕の情報を集めたからか。
はたまた家臣2人がそばにいるからか。
それはわからないが、昨日のような緊迫した雰囲気ではない事は明らかだった。
(左側にいる人、筋肉モリモリでいかにも軍団長って感じがするもんね。名前は確か……ノゥキンナノディス)
僕を睨みつけたまま、ビキビキと顔に青筋を浮かべるノゥキンナノディスに対し、ニヘラ顔を向ける。
──一旦、話の主導権を握る事にした。
「ッ、貴様! 陛下の御前であるぞ! 今すぐ跪いて頭を下げろッ!!」
クワッと顔を怒らせ、ノゥキンナノディスが吠える。
敬語も話さず、遜らず、王と対等であるかのように接する者を家臣として見過ごせるわけがない。
ただ、僕は王様から招待されたお客様なのである。
「よい、許す」
「ッ、ですが!」
「止めなさい、ノゥキンナノディス」
王様の制止の声になおも食い下がろうとするノゥキンナノディスを、冷えた眼差しで諌める、王様の右側に立つ男。
(こっちは宰相だったかな? 名前は……ナナシュタイザー)
見た目は長身痩躯の優男。
モノクルの奥に見える瞳は、僕の些細な機微も一切見逃すつもりがないと存外に語っていた。
「失礼。昨夜の事で彼は少しピリピリしているのです。ご了承を」
ナナシュタイザーの皮肉に気付いていないフリをして、プラプラと手を振る。
「もちろん! ノゥキンさんは家臣として当然の反応をしているだけだし、気にしないよ。僕は」
そう言うが早いか。
すぐさま王様に言葉を投げた。
「そんな事よりさ、ひどいよ王様」
「……ひどい? 何がだ?」
「えー、約束忘れちゃったの? ほら昨日、一緒に昼食食べようねって言ったでしょ」
「せっかくお腹空かせて来たのにさぁ」と、お腹を押さえて恨めしそうに呟く僕に、王様は顔色を変えずに軽口で返した。
「そうだったな。なに、どうにも昨日は寝不足で、そこまで話を覚えていなかったのだ。許せ」
「おっけおっけ。どうせ明日から毎日食べられるし、今日は特別に許してあげる!」
ナナシュタイザーの眉がピクリと跳ねる。
かすかに引っ掛かった言葉の違和感を追求しようとした瞬間、僕はパンッと手を叩いた。
「そうそう、早速なんだけどね王様。僕と取引しよう!」
「取引だと?」
王様が疑問を投げかける。
「うん、取引! 今日はその話をしに来たんだよ」
僕はそこで指を1本ピンッと伸ばすと、揚々と声を上げた。
「僕ってばこう見えて女神アモレーヌ様の敬虔なる信徒でね。その信仰心に心を打たれたアモレーヌ様から、素敵な魔法をたまわったってわけ」
楽し気に、歌う様に、ペラペラと。
一から十まで嘘で塗り固められたような話に、シュクリーム達は顔を難しくしながらも、沈黙を持って続きを促した。
「僕一人でその魔法の恩恵にあやかるのはもったいないなーって思ったんだよね。単刀直入に言うと、この魔法を王様の為に使ってあげるから、僕を養ってって提案をしに来──……」
「さきほどから黙って聞いていれば、何をごちゃごちゃと言っている、小僧!」
またしても、ノゥキンナノディスが吠える。
これ以上、難しい話はごめんだと言わんばかりに。
「ノゥキンナノディス」
ナナシュタイザーが、平坦な声で名前を呼ぶ。
それだけで、たちまちシュンとした顔をしたノゥキンナノディスの様子に、2人の力関係を察する事が出来た。
「僕ってさ、働きたくないんだよね。出来るだけ家から出たくないし、ずっとベッドでゴロゴロしていたいし、自堕落に生きていたい。なのに、時にはちょっと贅沢もしたいし、美味しい物は腹いっぱい食べてみたいし、楽しそうな事には首を突っ込みたい困ったちゃんなわけ」
恥ずかしそうに頬を搔く僕に、3人の眉間の皺がより一層深くなるが、気にせず話を続ける。
「そこで僕は気付いちゃったわけ。そんな生活許されるのは王様だけじゃんって。だったら王様に養ってもらおうって! ……どう、名案でしょ?」
何言ってんだコイツは。
とち狂っているのか。
それが3人の総意であった。
「……陛下に養って貰いたいという事は、プリンティー王女殿下と婚姻関係を結びたいという事ですか?」
「へ?」
いち早く正気を取り戻したナナシュタイザーの問いかけに、僕は間の抜けた声を漏らした。
「プリンティーは嫁にやらん!」
シュクリームが吠える。
そう、シュクリームは親バカだった。
可愛い可愛い末娘なのだ、さもありなん。
「ノゥキン、こやつを斬れ!」
「はっ! 喜んで!!」
「落ち着いて下さい。2人共です」
カチャリとモノクルの位置を直しながら、努めて冷静にナナシュタイザーが諌める。
それだけで、2人は揃ってシュンとした。
3人の力関係が判明した瞬間であった。
「そこまで考えていなかった、という顔ですね」
「あ、えと……ごほん。食客? お客さんとして城の使っていない一室に住まわせてもらうとか、別邸に住まわせてもらうとか……そんな感じでどうです?」
本当に、バツが悪そうに頬を搔く。
「なるほど、そちらの要求は何不自由ない衣食住の提供という事ですね」
「うん。そうだね」
「で、あれば。王城でなくても、それを提供出来る場所なら構わないという事ですね?」
「うん? え、どゆこと?」
ナナシュタイザーの口角が、少しだけ上がった気がした。
「陛下の御座す王城に住まわせる事は許可出来兼ねます。ただ、私かノゥキンナノディスの家であれば、その要望を受け入れましょう」
「なんだと!?」
「ほう?」
思わぬナナシュタイザーの提案に、ノゥキンナノディスがギョッとした顔で声を上げ、シュクリームが面白そうに声を弾ませる。
「私もノゥキンナノディスも侯爵位を賜っています。つまり、貴方一人を養うくらい問題ない」
「ちょちょ、ちょっと待てナナシュタイザー! 問題はある! 俺を置いて話を進めるな!」
「これは貴方にとっても利のある提案のつもりです。王城は勤める者も多く、人の出入りも激しい。貴方の事が噂になる可能性が高いでしょう」
「おい聞いているのかナナシュタ──」
「うるさいですよ」
「──すまん」
騒がしかったノゥキンナノディスを一言で黙らせてから、ナナシュタイザーは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「どうですか?」
「うーん……」
眉を寄せ、腕を組み、いかにも『悩んでいますよ』といった体で唸り声を上げた僕は、ゆっくりと頭の上に両手を持って行くと、それを交差させ、✕を作った。
「却下で!」
「……理由を、お聞きしても?」
「理由も何も簡単な事なんだよね」
そこで言葉を区切った僕は、顎を少しクイッと出して、ニヒル顔を作ってみせた。
「お城に住むって、素敵やん?」
「はぁ?」
素の声に近いような、呆れを含んだナナシュタイザーの低い声に、僕は〖落ち着いて〗のジェスチャーをしながら言葉を発した。
「別に衣食住が安定しているなら2人のとこでお世話になるのも吝かではないんだけど、利点を放棄したくないんだよね、僕は」
「……貴方の言う、その利点とは何ですか?」
「ほら、王都の一番高い場所から城下を見下ろして『人がゴミのようだ!』とか言ってみたくない? それに王城の料理ってこの国一番の美食だと思うから食べてみたいし、王城を我が物顔でうろついて『あの者は一体何者なんだ!?』なんて謎の人物ムーヴもしてみたいでしょ?」
「貴方、頭がイカれているんですか?」
ナナシュタイザーの冷静なツッコミが存外面白くて、腹を抱えてカラカラと笑う。
「よかろう」
変な空気になりそうなところで、王様が一言呟いた。
「お前の要望はわかった。だがそれは、お前の魔法が有用である事が前提の話だ」
「うん、そうだね」
「であれば、お前はその有用性を説明する必要がある。我々3人のうち、一人でも有用だと認めれば、お前の望みを叶えてやる」
──ただし。
「取るに足らない魔法だと判明した場合、この場でお前の頸を刎ねる」
王としての威厳か。
狼藉者に対する警告か。
これまでとは一転、圧が一気に高まった気がした。
「もちろん、それで良いよ。逆に、僕の魔法の有用性に気づけない人に仕える気はないし、ちょっと名残惜しいけど、故郷を捨てて他の国に行くよ」
ただ、そのプレッシャーを受けてなお、僕は嬉しそうに笑ってみせた。
「もったいぶるのも面倒臭いし、早速教えちゃうね」
そう言ったくせに、もったいぶるように数秒間を置いてから、僕はその魔法名を口にした。
「僕はこれを──【配信魔法】って呼んでるよ」




