第4話 第三者視点:国王シュクリーム
「ふぅ……」
デザートアマイン王国の王、シュクリーム=デザートアマインは私室に着いて早々、溜息をついた。
ここのところ激務続きで身体を労る時間がなかなか取れず、最愛の末娘にもしばらく会っていないのだからなおさらであった。
「余も歳をとったな」
まだ齢34だというのに、ついつい自虐が口に出る。
急に独り言が増えたのは疲労によるものか、はたまた歳によるものか。
「はぁ……」
時刻はすでに、夜の帳も降りた時間。
シュクリームは一人掛けのソファに腰を落ち着かせると、ランプの揺らめく灯りを肴に、持ち込んだ赤ワインをグイッと呷った。
ここはシュクリームの私室の一つであり、何人たりとも立ち入る事が許されていない、完全なるプライベート空間──そのはずだった。
「何者だ」
微かに、カーテンがサラリとそよぐ。
異変を敏感に察知したシュクリームは、声を荒らげる様子もなく、低い声で問いかけた。
「怪しい者ではないですよー」
飄々とした返答。
想像よりも幼げな声に、シュクリームは怪訝な表情で侵入者に目を向けて……ギュッと眉を顰めた。
「初めまして、王様。僕の名前はナナシ。親しみを込めてナナって呼んでね」
黒髪黒目。
まるで夜を溶かしたようなその容姿に、一瞬息をするのも忘れたシュクリームであったが、それを気取られないように言葉を投げた。
「……余の私室にまで侵入するとは、幼いながら間者としては優秀なようだな」
「やだなぁ、そんなに警戒しないでよ、王様。僕はただ、王様とお話がしたかっただけなんだから」
手のひらを開いて、両手を上げる。
どうやら敵意がない事をアピールしているつもりらしい。
「王様ってばなかなか一人にならないから、こんな深夜の訪問になっちゃったけどね」
ヤレヤレ顔で補足する姿はたしかに、シュクリームを害する意思はないように思えた。
「そうか。だが、余は貴様なんぞに用はない」
そう吐き捨てると、シュクリームは赤ワインのビンを荒々しくテーブルに叩きつけ、ドンッという物音を立てた。
「あ、音を立てても大声を出しても、誰も異変に気づけないし、この部屋にも入って来れないよ」
「……なに?」
「だから僕と少しだけお話しようよ、王様。そんな怖そうな顔していないでさ、ね?」
「…………いいだろう」
思考を放棄したわけではない。
ただ現状、扉の前に立っているはずの見張り番が、物音に気づいていないのは事実。
それに、暗殺者であれば今の時点で殺されていないのは不自然という点から、シュクリームは一旦様子をうかがう事にしたのである。
「それで、わざわざ余の私室に侵入してまで話したかった内容はなんだ?」
「王様ってば、せっかちさんだねぇ」
カラカラとからかうように笑ったナナシは、トンと窓枠に腰を下ろした。
「明日のお昼くらいに、僕の為に時間を作ってくれない? 優雅に昼食でも食べようよ」
その言葉に、シュクリームが怪訝な顔をする。
「明日? 今では駄目なのか?」
「僕ってばこう見えて夜更かしは苦手なんだ。まだ12歳だからね」
ナナシがわざとらしく肩を竦めて見せる。
「王様一人じゃ心細いって言うなら、適当に2〜3人連れて来てもいいよ」
「……断る、と言ったら?」
「えー、それは困っちゃうなぁ……王様が」
「…………良かろう」
そう言って、シュクリームは便箋と羽ペンを取り出すと、サラサラとなにかをしたため、それをナナシに向かってピンッと放った。
「明日、昼の鐘が鳴る頃に城に来い。それを見せれば、すぐに通すように言っておく」
「おっけおっけ、ありがとう王様!」
「用が済んだのなら、さっさと去れ。精々兵に見つからんようにな」
「あははっ、心配してくれてありがとう! じゃあ、また明日ね」
瞬き一つ。
その間に、侵入者は煙のようにその姿をくらましていた。
まるで、始めからそこにいなかったように。
「何者だ……?」
シュクリームは風にたなびくカーテンと半開きの窓を見つめ、顎に手を添えながら考えを巡らす。
暗殺者であったならば、私室に侵入された段階ですでにこの命は無かっただろう。
だからこそ、解せなかった。
たとえ子供の姿をしているとはいえ、見た目に見合わぬ実力者というのは、それなりに雰囲気をまとっているものである。
ただ、あれは──。
「私室にまで侵入されたのは、これが初めてだな」
あれは魔法を使っていた。
魔道具による厳重な結界が幾重にも張られているこの部屋に、気配をさとられる事なく容易に侵入出来るような、不可思議な魔法を。
あれは涼しい顔で突破してみせたのだから、ただの魔法士ではないはずだと、シュクリームは更に思考を深めていく。
「余と秘密裏に密約を交わしたい者が遣わした間者であれば、納得出来るか? どこの?」
声に出す事で、選択肢を絞っていく。
「魔法共和国の者としか考えられん。だか、黒髪黒目といえば極東にある島国出身者の特徴……違うな、あれの訛りはこの国の北部のものだった」
考えれば考えるほど泥沼にはまりそうで、シュクリームの眉間の皺がどんどん深くなる。
「明日の昼までに調べる必要がある、か」
シュクリームは重々しく溜息を吐き出すと、パンパンと手を鳴らした。
さきほど赤ワインの瓶で立てた物音より小さい音だった為、外の見張り番に聞こえていないかもしれないと懸念したものの、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「陛下、お呼びでしょうか」
「……ナナシュタイザーを執務室に呼べ」
「はっ!」
扉越しに問いかけてきた兵士に要件を伝え、伝令を走らせる。
ナナシュタイザーはこの国の宰相だ。
奴もついさっき職務を終わらせて屋敷に帰れたばかりだというのに、こうしてまたすぐに城に呼び出される事になるとは思ってもいないだろう。
ただ、シュクリームとナナシュタイザーは幼馴染で気心の知れた間柄。
チクチクと嫌味は言われるだろうが、それは大事の前の小事である。
「ふぅ……今日も寝れそうにないな」
シュクリームは寝間着を脱ぎ捨て上着を羽織ると、執務室へと移動する。
そしてそのまま疲れた身体に鞭を打ち、夜通し作戦会議を敢行するのであった。




