第3話 デザートアマイン
「ついに着いた……王都、デザートアマイン……!」
高さ10メートルは超えているであろう外門と、その外門の何倍もある巨大な外壁を見上げながら、僕は声に疲労感を滲ませてそう呟いた。
──前世の記憶を思い出してから早1ヶ月。
たった1ヶ月と言えば良いのか。
されど1ヶ月と言えば良いのか。
この1ヶ月という時間の大半は、孤児院を出る為の説得にかかった時間ではなく、馬車移動で費やした時間である。
遠路遥々の馬車移動。
とある計画を実行する為とはいえ、ここに来るまでの道程は中々に大変なものだった。
当然、楽な旅になるとは思っていなかったけど、それでもこの鬱憤は素直に吐き出してしまいたいと思う。
「もう絶ッ対、馬車には乗らない!」
以前この世界を『中世ヨーロッパのような世界』と評したように、主要な移動手段として未だに馬車が使われている。
フィッシは王国の最北端に位置する港町なので、内陸部にあるデザートアマインまで足を運ぶとなるといくつもの町村を経由し、いくつもの乗合馬車を乗り継がなければならず、「3週間はかかる」と乗合所のオッチャンは言っていた。
『3週間は長いなぁ』なんて思いつつ、前世でも今世でも馬車に乗った事がなかった僕は、少しだけ期待に胸を膨らませながら乗合馬車に乗ったわけである。
最初は良かった。
外に出られた事で妙に興奮していたし、それで数日乗り越えられたんだから。
ただ、結局のところ。
交通インフラなんて整備されていないから、馬車はガタガタ揺れてケツは痛いし、時折轍にはまって脱輪するし、客席は詰め詰めで息苦しいし、天候不良の日は馬の様子を見て進まないといけないし、野盗と魔獣の襲撃に気を配る必要もあるしで、快適とは程遠い有様だったのだ。
だから道中「新幹線でもあればなぁ」なんて、何度不満をこぼしたかわからない。
便利に慣れ過ぎてしまった現代病だ。
どうやら僕は、まだこの世界の不自由を楽しめるレベルにまで達していないらしい。
「通行料は銀貨1枚だ」
「高ッ……わかりました」
ペラッペラの小布袋をひっくり返して、コロンと出て来た銀貨1枚と銅貨2枚のうち、銀貨を摘んで渋々門兵に渡す。
「よし、通れ」
「……へへへ、あざっす」
交通の面でもそうだけど、前世では世の中の大半の事象は科学で証明・解決されてきた。
不便を、便利にする。
わからないを、わかるようにする。
科学とは人類の叡智の結晶だから、それをただ享受していた僕は今になってそのありがたみを痛感した、というわけだ。
それでも僕は、アモレーヌ様にこの世界に転生させてもらった事を微塵も後悔していない。
住みやすさ・生きやすさが雲泥の差だとしても、この世界には浪漫があったからだ。
浪漫とはすなわち、ファンタジー。
さっき、サラッと魔獣という言葉を口にしたように、この世界にはファンタジーでお馴染みの魔獣も実在していた。
魔獣まで実在するんだから、もちろん魔法だって存在する。
閑話休題。
そういえば、大事な事を忘れていた。
僕が孤児院を円満に卒業した件である。
あの日、僕のツルツルの脳味噌をフル回転させて導き出した回答は「冒険者に憧れたので卒業します」と伝える事だった。
まず、前提として。
僕は前世の記憶を思い出した事、魔法を手に入れた事、それを誰にも教えていなかった。
変に目立ちたくなかったし、変に目をつけられたくなかったし、そもそも魔法士は希少なので、平穏な生活を壊したくなかった、というのもある。
だからこそ、冒険者。
野盗と魔獣の跋扈するこの世界において、討伐・護衛・輸送・採取・雑用等々を担ってくれる冒険者は、そこそこ人気のある職業として認識されていた。
命の価値が軽過ぎる世界だからこそ、冒険者達を管理する組織──ギルドに加入する為の条件は緩く【12歳以上】と、たったこれだけ。
12歳以上でさえあれば、国籍も、出生も、性別も、年齢も、外見も、過去も、何もかも関係なく受け入れてくれるので、言い訳としてはまさにうってつけであった。
まぁ、離職率はメチャクチャ高いけど、僕は別に本当に冒険者に憧れたわけでも冒険者になりたいわけでもないので、そこは問題無し。
……とはいえ、修道士長達にはそんな事わからないわけで。
みんなの前で卒業の話をした時、修道士長は「冒険者は危険な仕事だよ?」なんて言って引き留めようとしてくれたし、修道女達も同様だった。
そんな中。
「わかりました」
話を黙って聞いていたSr.ヒスリックだけは、賛成してくれたのである。
いつもの、無表情で。
「え、いいの!?」
外出許可すら出してくれないのに、やけにあっさり納得してくれたものだから、僕は思わず聞き返してしまった。
「あなたの決めた事ですので」
淡白な返答。
これも、らしいと言えばらしい言葉。
「……いいのかね、Sr.ヒスリック君?」
「ええ」
修道士長の気遣いに、Sr.ヒスリックはソッと視線を外して一言。
「子供はいずれ、巣立つので」
──その後、卒業当日の朝。
修道士長と修道女達、それに子供達は全員寂しそうな顔で別れを惜しんでくれたけど、Sr.ヒスリックだけは普段と変わらず、あの氷のように冷めた目をしたままであった。
ただ、別れ際に一言。
「達者で過ごすのですよ、ナナ」
そう呟いたSr.ヒスリックのあの表情と声だけは、今も妙に頭の中に残っている。
(最後まで不器用な人だったなぁ……本当に)
そんな別れを思い出した僕は、無性にセンチメンタルな気持ちになるのであった。
「さて、と。行きますかね」
小さな手提げ袋を肩に担ぎ直して、せかせかと足を進める。
ここはもう、王都の中。
要は戦場だ。
油断は禁物。
近づく者は全員敵だと思え。
笑顔で話しかけてくるヤツは詐欺師だと思え。
都会は恐ろしいところだと、前世で嫌というほど学んでいるのだ、僕は。
だから、たとえ相手が女子供でも容赦はしない。
このなけなしの銅貨2枚だけは絶対に死守するのだ!
「おじちゃん、その美味しそうな果物買うから搾ってジュースにしてくれ!」
「あいよ!」
……残金、鉄貨8枚になっちゃった。
もうダメぽ。
「ふぅ……王都はどこに行っても人がいるなぁ」
僕は今、平民達の憩いの場となっている噴水広場に足を運んでいた。
ここは果物屋のオッチャンにあれこれ質問して聞き出した場所だ。
「あとは歩いて調べな」なんて、最後らへんは野良犬でも追い払うようにシッシと手を振られたけど、銅貨1枚と鉄貨2枚を犠牲にした甲斐はあったと思う。
……そう、実は果物屋でジュースを買ったのも、情報収集を円滑に進める為の作戦だったわけだ!
決して「喉が乾いたから」とか「美味しそうな果物があったから」という、変梃な理由による衝動的な行動ではなかったのだ!
嘘じゃないよ、本当だよ?
アモレーヌ様には誓えないけどね。
「このまま日向ぼっこでもしようかな」
デザートアマインは地図記号で言うところの◎の中に⛯を入れたような形をしている。
⛯の真ん中の黒点は王族の住む王城。
その近くの余白は貴族達の居住区。
◎の外側の円はちょっと前に見たあの外壁で、◎の内側の円との間にある余白は平民達の区画だ。
で、王侯貴族の居住区と平民の居住区は大きな河川で遮られているんだけど、⛯のトゲトゲは河川を渡る為の大橋になっていて、そこを通る事で行き来出来るようになっていた。
……オッチャンの話をある程度まとめると、大体こんな感じだと思う。
「こっちの大橋の近くにはいっぱいいたなぁ、兵隊さん。他の大橋も同じようなもんなのかな?」
僕の目的地は大橋の向こう側だ。
なので他の大橋の下見にも行きたかったけど……インドア派の僕は早々に匙を投げた。
王都なだけあって広過ぎるし、足がパンパンになるまで歩くなんて非効率だしね。
「とりあえず、あそこの警備が手薄になるまで噴水広場で時間潰そーっと」




