第2話 前世の記憶を思い出した日(後編)
鮮明に覚えている、最後の記憶。
それは、横断歩道を渡る僕にプリウ〇ミサイルが猛スピードで突っ込んで来る、絶望の光景だった。
生前。
アモレーヌ様にお会いする前の僕は、多神教国である日本で生まれ育ち、宗教の寛容性と適当さに冷笑する無神論者であった。
なのに……いや、だからこそ。
祈ったのかもしれない。
縋ったのかもしれない。
都合良く、意地汚く、死に際で、神様に。
「どうせ死ぬなら異世界転生させてくれ」、と。
──次に目を覚ましたとき、僕はアモレーヌ様の御前に立っていた。
正直、意味がわからなかった。
頭がどうにかなりそうだった。
『これって新手のドッキリだったりする?』なんて、頓珍漢な事を考えるほどに。
ただ、その混乱も束の間。
気づけば僕は、まるで印籠を突きつけられた悪代官のように、その場で平伏していた。
アモレーヌ様のまとっていたオーラが、言葉では言い表せないほど篦棒に凄かったからである。
そんなちっぽけな存在である僕に対し、アモレーヌ様は優しさを含んだ威厳のある声でこう仰った。
「あなたに決めました」、と。
アモレーヌ様曰く、神々の住まう聖域では最近、死者の魂を輪廻に還さず、自身の管理する惑星に異世界転生させる遊びがブームになっているのだそうだ。
で、異世界転生経験豊富のご友神に散々マウントを取られたアモレーヌ様は「未経験だと恥ずかしいし、私も勇気を出して一度経験してみる事にしました」と、顔を赤らめながら教えてくれた。
……その話を聞いて『神様も案外俗っぽいんだなぁ』なんて思ったのは、内緒である。
閑話休題。
僕はアモレーヌ様の質問に従順に答えてみせた。
「異世界転生に興味はお有りですか?」と聞かれたときは、全力で「はいッ!」と答え。
「どんな恩寵が欲しいですか?」と聞かれたときは、即座に「チートが欲しいですッッ!」と答えてみせた。
だいぶ内容は端折ったけど、こんな風になんだかんだあって、僕はこの世界に転生させてもらえたのである。
……少し前世の記憶を思い出すのに時間がかかった気はするけど、それは脳の負荷を考慮したアモレーヌ様のそれっポイ配慮だったと信じる事にした。
そうですよね、アモレーヌ様?
忘れていたとかではないですよね?
(さてと、アモレーヌ様にお願いしていたチートは無事実装されてるかな──……)
パンパン。
乾いたような破裂音に、ハッとして気を戻す。
これはSr.ヒスリックが子供達の注目を集めるときに行う、手を叩く音だ。
「午前の清掃の時間はこれでお終いです。各自、片付けを済ませて食堂に集まりなさい」
「「「はい。Sr.ヒスリック」」」
他の子供達と足並み揃えて返事をし、掃除道具を所定の場所に片付ける。
(急げ、急げ)
廊下は走らず、されど急いで。
他の子供達と競い合うようにして食堂に向かう。
原則、ご飯は皆で集まって食べるのでそこまで急ぐ必要は無いのだが、グズでノロマな奴は肩身の狭い思いをする。
共同生活だからね、しょうがないね。
ちなみに、肩身の狭い思いをすると言ってもあくまで白い目で見られる程度で、ここでは虐めなんて皆無である。
なぜなら粗暴に振舞ったり、秩序を乱したり、そんな馬鹿な事をするヤツはたちまち懲罰室にぶち込まれて教育されてしまうからだ。
(……ワルイコト、ダメ、ゼッタイ、ヤクソク)
──アモレーヌ様を信仰する一大宗教、アモレーヌ教は三つの誓願を立てている。
一つ、私欲を捨て質素を是とする【清貧】。
二つ、結婚せずに生涯純潔を保つ【貞潔】。
三つ、女神様と修道院の教えに従う【服従】。
簡単に言えば、贅沢すんな、性交すんな、アモレーヌ様を崇め奉れ、である。
そのアモレーヌ教の中で、王国の最北端に位置するフィッシの修道院は、王国一過酷な環境と規律に厳粛な場所として広く知られている。
ここを【最果ての監獄】【貴婦人の墓場】なんて揶揄する人もいるそうで、事実修道女達の中には表舞台で生きられなくなった元ご令嬢も多くいた。
Sr.ヒスリックとかね。
(監獄ねぇ……)
たしかに、あまりの規律の厳しさに弱音を吐く奴はたくさんいるけど、だからと言って逃げ出すヤツはほぼいない。
その厳しさが、不条理ではないからだ。
正直、自由無き修道院での暮らしは不便で、窮屈で、退屈で、理不尽な世界なのは間違いない。
ただ、規律の上には道理があり、道理の上には庇護があり、ひいては絶対的な安寧が得られるのである。
それに比べ、規律無き外での暮らしは、自由とは名ばかりの弱肉強食の世界なのだ。
人道主義? なにそれ美味しいの? である。
そもそも、この世界の人達は礼拝堂に祈りに来るくせに道徳の欠落している人が多過ぎるんだよね。
いや、道徳が欠落しているからアモレーヌ様に赦しを乞いに来るのか。これもうわかんねぇな。
兎にも角にも。
死が身近にある世界だからこそ、無法者共が跋扈する外の世界のほうが、よほど不条理だと僕は言いたいわけだ。
……とはいえ。
それはそれ、これはこれである。
前世の記憶を取り戻した僕なら外の世界に出ても上手に立ち回れるだろうし、今は鳥籠から円満に卒業する方法を密かに思考するのだった。
「ふぅ……粥みたいなメシだったな」
昼食後。
礼拝堂にある女神像の前で小一時間祈りを捧げたら、あとは自由時間である。
自由時間と言っても、修道院の敷地から勝手に外に出る事は許されていない。
なぜなら外に出る為には修道士長と修道女達から外出許可を得る必要があるからだ。
買い出しを頼まれたとき、何か届け物をするとき、町で奉仕活動をするとき、町で祭事があったとき等々……子供達が外に出る機会なんて精々その程度である。
ちなみに、僕はSr.ヒスリックから中々外出許可をもらえないので、ほとんど外に出た事がないです。グスン。
「にげろー!」
「まてまてー!」
「あー、つかまっちった!」
キャッキャキャッキャと子供達が庭を走り回る。
午前中の清掃の時間とは打って変わって、みんな年相応に楽しんでいた。
わかる、わかるよ。
掃除って大切だけど楽しいものではないもんね。
「みんな、おいでなさい」
Sr.ヒスリックが絵本を片手に子供達に呼びかける。
Sr.ヒスリックは厳しい人だけど、決して子供が嫌いなわけではない。
それは子供達もわかっているので、こうして呼びかけられれば自然とSr.ヒスリックの近くに集まって、絵本の物語に一喜一憂し始めるのである。
(平和だ)
少し離れた場所で、僕は空を見上げていた。
考えるのは、今後の事だ。
(やっぱり、このままここで暮らすのはキツイなぁ)
前世では、人間関係において適度なパーソナルスペースを保つ事が推奨されていた。
なのに、ここでの暮らしは人間関係が過密だ。
プライバシーも、プライベート空間も、一人の時間も、ここには存在しないのだから困ったものである。
(外の世界にツテがあればなぁ……)
手頃な枝を拾って、地面にカキカキと絵を描く。
犬とか猫とか身近な動物を、デフォルメして。
「ねぇねぇ、次はうさぎさんを描いて?」
「うん」
いつの間にか、僕の隣で絵を覗き込んでいた女の子のリクエストに応えて、うさぎさんを描く。
キャラクター調で。
(アモレーヌ様の慈悲で素敵なチートを貰ったけど、このチートをどう活かせば楽して生きていけるかなぁ……)
「次はね! 次はね! お馬さん!」
「うん」
興奮した様子の女の子の再リクエストに応えて、お馬さんを描く。
リアル寄りに。
(あー、働きたくないなぁ……これってブラック企業で働いていた前世の影響なのかなぁ……? 今世はニートになって引きこもっていたいけど、孤児院に迷惑はかけたくないし、誰か僕を養ってくれないかなぁ……)
出来れば衣食住が充実していて、甲斐甲斐しくお世話をしてくれる人がいると、なお良し。
(そんな都合のいい場所、無──……)
「……──あ」
「? どうしたの? お馬さん、むずかしい?」
「ちょっとね」
止まった手を動かして、筋肉モリモリの馬を書き上げる。
キャッキャと喜ぶ女の子を尻目に、僕はニヤリと悪戯な笑みを浮かべるのであった。
(丁度いい場所、あるじゃん!)




