第32話 第三者視点:Sr.ヒスリック(4/7)
アクジョレーテが私達の輪へ加わってから更に数ヶ月。
季節は巡り。
彼女と出会ってから1年が経過していた。
学園にもすっかり慣れた彼女は、学園きっての有名人から学園では知らない者がいないほどの有名人になっていた。
「ヒスリックさん!」
「はい?」
廊下で声をかけられる。
振り返ってみると、そこには満面の笑みを浮かべるアクジョレーテがいた。
「聞いて下さい! 今度のお休みの日にシュクリーム殿下達とみんなで街へ行くんです!」
嬉しそうに話す彼女に、笑顔を返す。
「そうなのですね」
みんな。
私はそこに入っていない。
もちろん、エリザベス様もアントンコリン様も。
「楽しんできてください」
……私はいつから作ったような笑顔で彼女と会話をするようになったのだろう。
「はい!」
──彼女の背後。
少し離れた場所に、ナナシュタイザー様がいた。
熱に浮かれたような顔で。
私ではなく、ずっと彼女を見つめていた。
胸の奥から、何かが軋んだ音がした。
「最近、酷過ぎませんこと?」
エリザベス様が紅茶を置く。
陶器がカチャンと音を立てた。
「酷過ぎ、とは?」
「アクジョレーテさんと殿下達ですわ」
空気が重苦しいものに変わる。
「ここ1年、アクジョレーテさんの為だと目を瞑ってまいりましたが、度が過ぎて擁護出来なくなってまいりましたわ」
アントンコリン様も頷く。
「婚約者がいる他のご令息の方々も侍らせていますからね。被害者は増えるばかりです」
「……」
私は何も言えなくなる。
前だったら「アクジョレーテは悪くない」と自信を持って言えていたはずなのに。
学園の中で彼女に対する不満が高まっている。
それは主に、婚約者のいる女子生徒から。
このままでは、エリザベス様を中心とした高位貴族の女性達と対立してしまうかもしれない。
お友達として、私がなんとかしないと。
「シュクリーム殿下」
私は早速、行動に移す事にした。
「ん?」
シュクリーム殿下が私に顔を向ける。
久しぶりに見たその目は、昏く濁っているように見えた。
「アクジョレーテさんの件で、ちょっと」
「アクジョレーテの件?」
シュクリーム殿下が眉を顰める。
見た事のない剣呑とした雰囲気。
それでも勇気を出して話を続けた。
「最近、少しアクジョレーテさんと距離が近いのではありませんか?」
「どういう意味だ?」
「あらぬ誤解を招くかもしれません」
慎重に、慎重に言葉を選ぶ。
「シュクリーム殿下には婚約者であるエリザベス様がいらっしゃいます」
「だからなんだ?」
「ぇ……だから、ではなく──」
その時。
「シュクリーム殿下ぁ! たいへーん!」
慌てて声のしたほうへ視線を向けると、そこには満面の笑みを浮かべるアクジョレーテがいた。
「またか」
シュクリーム殿下が苦笑する。
その表情があまりにも優しくて、私はもう何も言えなくなってしまった。
違和感は日増しに大きくなっていった。
勉強会。
舞踏会。
お茶会。
休日も、平日も。
いつでも、どこでも。
彼女のそばには殿下達がいて。
殿下達のそばには彼女がいる。
それが当たり前のようになっていた。
おかしい。
おかしい。
おかしい。
彼女に、それはおかしいって教えてあげないと。
「アクジョレーテさん」
放課後。
教室に残る事もなくなった彼女を、私は急いで呼び止めた。
「はい?」
いつもの、満面の笑み。
少しだけ声が震えた。
「少しお話があります」
空き教室に入ってすぐ。
私は早速切り出した。
「最近、よくない噂が出ているのは知っているかしら?」
「よくない噂ですか?」
「ええ、貴女が婚約者のいる殿方を誑かしてると」
その言葉を、彼女は笑顔で否定する。
「誑かしてないですよ! 皆さん凄くよくしてくれてるので、きっとそう見えるだけですって!」
「それはわかっているのよ? でも、距離感が──」
「距離感?」
彼女が不思議そうに首を傾げた。
「私は普通にしているだけですよ?」
「でもね──」
「平民ではこれが普通ですよ?」
言葉が、次々と遮られる。
「殿下も言ってたけど、貴族って窮屈なんですね」
満面の笑み。
いつもの笑顔のはずなのに。
その目だけは、笑っていない気がした。
「私は皆と仲良くしているだけ」
彼女は私を見つめたまま、口元を歪める。
「……そんなに気に入らないんですかぁ?」
初めて見せた顔だった。
人を見下したような、醜悪な顔。
「ナナシュタイザー様が寝盗られた事」
ドクンッと心臓が跳ねた。
「ヒスリックさん」
一歩、二歩と彼女が近づく。
私を呼ぶ声が、明らかに違う。
「あなた──目障りなんですよね」
背筋が凍った。
感情を削ぎ落としたような無表情。
どこまでも冷酷で、どこまでも残忍な声。
私の知ってる彼女はそこにはいなくて。
私の知らない何かがそこにはいた。




