第30話 第三者視点:Sr.ヒスリック(2/7)
アクジョレーテが転入してきてから数週間。
彼女はすぐに学園中の話題になった。
平民でありながら成績優秀者として編入してきた事もそうだけれど、それ以上に彼女自身が目を引く存在だったからだ。
明るくて。
人懐っこくて。
誰に対しても分け隔てなく接する。
それを『礼儀がなっていない』と言う人もいたけれど、私は彼女なりに学園に馴染もうとしているのがわかっていた。
彼女はとにかく頑張り屋さんだったから。
放課後。
教室に残って勉強をしている姿を何度も見た。
ダンスやマナーの時間。
細かいところまで教師に質問している姿を見た。
会話。
とにかく丁寧に喋ろうと、語尾に「ですわ」をつけて変な言葉遣いになっている彼女を見た。
貴族社会では珍しい性格だった。
目が離せなくて、ほっとけない。
だからこそ。
反感を買うのも早かったのかもしれない。
「平民のくせに」
「身の程を弁えなさいよ」
そんな陰口を耳にする事も増えた。
私はそれを聞く度に胸を痛めた。
努力して学園へ入っただけなのに。
彼女は何も悪くないのに、と。
それは、ある日の昼休みの事だった。
中庭へ向かおうとしていた私は、人目につかない校舎裏から微かに聞こえてきた声で足を止めた。
「返してください……」
震えた声。
視線の向けてみると、そこにはアクジョレーテがいた。
数人の令嬢達に囲まれている。
「平民が同じ教室にいるだけでも不愉快ですの!」
「本当に図々しいわ!」
令嬢の一人がアクジョレーテの鞄を掲げる。
地面には泥塗れになった教科書が散らばっていた。
『おやめなさい!』
私が声を掛けようとした──その時だった。
「お前達、何をしている」
先に声をかけたのはシュクリーム殿下だった。
その後ろには、ノゥキンナノディス様とナナシュタイザー様の姿もある。
令嬢達の顔色が変わった。
「しゅ、シュクリーム殿下……」
「理由を聞こう」
静かな声だった。
ただ、怒っている事は誰の目にも明らかだった。
「そ、そこの平民が、生意気でして……」
「それが虐めて良い理由になるのか?」
令嬢達は何も言えなくなり、顔を伏せたまま立ち去っていく。
「まったく、女ってのは怖いな」
「不謹慎ですよ、ノゥキン」
「立てるか?」
シュクリーム殿下はアクジョレーテへ手を差し伸べた。
「……はい」
怯えた声だった。
それはそうだろう。
取り囲まれるだけならまだしも、一方的に心無い言葉を浴びせられたのだから。
「今後このような事があれば私へ報告してくれ」
「ありがとうございます……」
シュクリーム殿下の民を蔑ろにしない姿を見て、それを当たり前だと思っているノゥキンナノディス様とナナシュタイザー様の姿を見て、私はとても誇らしい気持ちで皆のところへ駆け出した。
その後。
彼女は少しずつ私達の輪へ加わるようになった。
「わぁ! これが貴族のお茶会なんですね!」
「そんなに珍しいか?」
「だって平民だとこんなお紅茶飲めませんもん!」
「これ、そこらの市販品だぞ?」
「えぇ!?」
「平民は普段、何を口にしているのですか?」
「えっと……雑草を煮たやつ?」
「ふふ、なんで貴女が首を傾げるの」
屈託なく笑うアクジョレーテに。
シュクリーム殿下も。
ノゥキンナノディス様も。
ナナシュタイザー様も。
そして、私も。
自然と笑顔を向けるようになっていった。
彼女が学園に馴染めるのなら。
それは良い事だと思っていた。
平民だからと孤立するより。
誰かと笑っていられるほうがいい。
だから私は、まだ気づかなかった。
アクジョレーテが少しずつ。
少しずつ、少しずつ、少しずつ。
私達の関係を変え始めている事に。




